ゼドウィックに花束を
嘘を囲むテーブル 三
私は。
『火』の使えない街に住んでいた。
とはいってもそれはほんのわずかな間で、私に知り合いと呼べる人間は居なかった。
街の名前はアルツォネルゼ。
侯国の七属州の一つにあり、四方を清涼な水に囲まれた、翆巒を臨める街だった。
いや。言い方に語弊があるかもしれぬ。囲まれた、というよりは、湖の上に造られた街だったのだ。文字通り。
そしてそれは、王都からの使者と、法によって支配された街だった。
私が今獄に繋がれているのも。すべてはそこでのできごとが、発端だった。
この国のすべての街は、鳩を用いて王都と結締している。互いを隔てる豪奢な岳嶽や、青藍には程遠い、荒廃した平野。老た森と、濃霧立ち込める湿地がその主な原因とされるが、要は兵力の分散を嫌った王都側の都合である。
そしてその鳩の存在こそが、私をここに押し込めた、奸悪の元凶である。
街を強襲したのは、化物として恐れられている、巨躯を誇る害獣であった。人々は皆、地下や湖へと逃げたが、一人の少女が、遅れた。
街の外囲に住む者だったため、道が分からなかったのだ。
私は、彼女の手を引き必死に地を蹴ったが、怪物から逃げ切るのはどだい無理な話だった。
火を。
灯した。
我が手の内に。
大陸で八人しか使い手の居らぬ『力』だった。
ほかに方法がなかった。少女は九死に一生を得、同時に私を国へ売った。
「この人は『火』を用いました」と王都へ宛てた手紙を綴り、それを脚環の付いた(王鳩の証だ)鳩の背へと預けた。
国家はすぐさま決断を下し。私は、白の主と呼ばれる高官の下、死を意味する極刑を言い渡された。ゆえに、今目の前で繰り広げられる議論の行方には、誰よりも興味があった。そう。誰よりも。
夜の統べる都とはよく言ったものだ、と私は一人ほくそ笑む。
この国の北部に位置する王都は、常に夜であると言われていた。それは、いつ、何時に放した鳩でも、必ず「こちらは夜です」という類の文面から始まる書物を持ち帰ったからである。また、実際に直接王都を訪れた者達も、口を揃えて「街に近付くに連れ、夜が空を包んだ」と言ったという。
それに引っ掛けて、民を守らぬ力、という意味を持たせ、夜の統べる都、と諸州は囃し立てた。
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