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 ヴィリ……なにやってんだ、こんなところで。  それにギオルグってどっかで聞いたことある名前だな。  わたしが考え込んでいると、屋根の上から飛び降りて目の前に立つ盗賊シーフの少年。   「姫様、やっと見つけたよ。ウルリクに頼まれたから探してたんだけどさー、いくら知ってる街だからってこんだけ広いと骨が折れるよ」  どうやらヴィリは騎士ウルリクの依頼でわたしを探していたようだ。さすがにこれだけ時間が過ぎれば心配もするか。  それとヴィリの知ってる街ってセリフで思い出した。ヴィリはこのグラッドサクセ出身で、そのギオルグってヤツの下で働いていたのだった。 「姫様、ツイてないなー。なんか大事なモノ盗まれたんだろ? でも安心しなよ。昔のよしみで俺が頼んだら返してもらえるからさ。姫様は先に帰ってなよ。今からギオルグのとこ行ってくるから」  ああ、この先の展開をわたしは知ってる。  グラッドサクセ奪還で第2章が終わり、ここからが第3章。マップ11はグラッドサクセ内にある盗賊団の地下アジト。    重要な都市グラッドサクセを取り戻したい帝国がこの街に潜んでいるギオルグ盗賊団に破壊工作を依頼。それを諜報活動も担っているヴィリが単身潜入をしていて知り、こちらに報せようとしたけど敵に見つかっちゃうって話。    今は盗まれたモノを取り返すっていう話になってるけど、多分それは失敗する。  ギオルグってヤツは盗賊団を抜けたヴィリのことを良く思ってなかったし、その時にモメたウルリクに痛い目にあわされた事を相当恨んでいた。    ストーリーがやや変わっているけど、盗賊団と戦闘になりそうな展開に変わりはない。厄介なのはそのマップではヴィリが仲間から相当離れた場所で初期配置になってるってこと。  助けに行くのが間に合わなくて何回も死んじゃったのを思い出す。その度にリセットかましたもんだけど、この世界じゃそうもいかない。 「あ、あのっ、盗まれたモノはたしかに大事なモノですが……ヴィリひとりじゃ危険だと思います。何人かの仲間と一緒に行ったほうが……」 「なに言ってんだよ姫様。俺以外のヤツが来たらむこうも警戒するだろ。絶対話にならないよ」 「で、でも、凶悪な盗賊なのでしょう。危ないですよ」 「凶悪って大げさだよ。盗みはしても殺しや放火はしない。盗みだって貧しい者からは奪わなかったし。そりゃ俺が盗賊団抜ける時に少しモメたけどさ。今はなんとも思ってないさ、きっと」  なんて楽観的な少年なのだ。いやー、オネーサンはキミが元仲間の盗賊たちにメッタ打ちにされるの何回も見てるからね。ゲームだけど。  ヴィリは今にもひとりでアジトに向かいそうだ。ここは放っておくわけにはいかない。 「わ、わたくしもついていきます! やっぱりヴィリだけでは心配です。わたくしひとりだけついていくのなら問題はないでしょう」 「……そりゃそうかもしんないけどさ。本気で言ってんの?」 「本気です! 盗まれたのはわたくしのモノですし……」  わかったよ、とヴィリは半ば呆れた顔で承諾する。 「それじゃあ今から案内するけど、その事も一応ウルリクに報せとかないとね。ちょっと待ってて」  ヴィリは携帯用の紙片とインク、羽根ペンを取り出して何やらサラサラと書く。そして両手を組み、手笛で一羽の鳩を呼び寄せた。  紙片を鳩の足に結び付け、空へ放つ。鳩は元気よく宿のほうへ飛んでいった。  これで心配性なウルリクが駆けつけてくれるのは間違いない。問題はそれがいつになるかということ。ヴィリはもうさっさと歩き出している。   「ま、待って、ヴィリ。そんなに急がなくても」 「んー、早いとこ行っとかないと。ジッとしてるような連中じゃないからね。その盗まれたモノも横流しされたら取り返せなくなるよ」  出来るだけ足止めしようと思ったけどダメだ。ヴィリは狭く、入り組んだ路地を次々に曲がっていく。わたしはそれについていくのがやっと。  ✳ ✳ ✳    街外れの橋の下。   排水溝から地下に伸びるハシゴを降りた場所に開けた空間。そこが盗賊団のアジトだった。  湿っぽくて薄暗くて独特の異臭のする場所。なんだか最初に囚われてた監獄を思い出しちゃったよ。  ぬかるんだ地面をバシャバシャと音を立てて歩いていくと、すぐに複数の男たちに囲まれた。  いかにも盗賊っぽい怪しげな風体のヤツら。わたしにぶつかって杖を盗んでったヤツとも恰好が一致する。   ヴィリは慌てる様子もなく、何やら一言二言話しただけで男たちは道を開けた。  奥にはさらに大勢の男たちと、中心に大柄な男。この男が盗賊団の首領ギオルグだ。  額から左目の下にかけておっきな傷がある。もう見た目からして怖い。わたし、やっぱりこないほうがよかったのかも。もう睨まれただけでオシッコちびりそうなんだもの。 「ギオルグの兄貴、久しぶり! 元気でやってた? 俺は見ての通り! あ、今日は兄貴に折り入って頼みがあってさ~」  軽いノリで話しかけるヴィリ。  おいおい、この子ぜんぜん場の空気読まないね。どう見ても歓迎されてる様子じゃないよ。ギオルグの兄貴はアンタのこともすごい顔して睨んでるよ。  そのギオルグの足元にはたくさんの装飾品やら金貨やら高そうな武器なんかが並べられている。どうやら今日の戦利品を確認していたようだ。  あっ、わたしの杖が入った箱もある。あれは取り戻したいけど、この緊迫した状況じゃ無理じゃないかな。ヴィリ君、ここはいったん戦略的撤退を……。  わたしがそうやって念を送るが通じるはずもなく──。  ヴィリはまだ軽い調子でギオルグへ一方的に話しかけている。 「ここにいるツレがさ、ちょっと大事なモノを仲間に盗られたっていうんだよ。それがないと困るらしいからさ、返してほしいんだ。あ、もちろんタダじゃないよ。金は用意してあるからさ」  ヴィリはそう言って金貨の入った袋を取り出すが、ギオルグの険しい表情は変わらない。  傍らに置いてあった斧をつかんで立ち上がる。うえ、かなりの大男だね。すごい威圧感。 「仲間……だと? よくお前の口からそんなことが言えたもんだな。俺らを裏切って騎士団の犬になっちまったお前がよ。今さら顔を見せたと思ったら盗まれたモノを返せだと。前からよく冗談言うヤツだと思ってたがよ、おい、どういうつもりだ」  ひええ、すっごく怒ってるよ。血管ビキビキだし、顔の傷押さえてて。ああ、あれがヴィリが盗賊団抜けるときにウルリクとやりあって出来た傷ってわけね。その恨みはウルリクだけじゃなくヴィリにも向けられてるよ、絶対。 「まーそうだけどさ。兄貴たちが以前騎士団に殺されなかったのも俺がお願いしたからなんだよ。今もこんなとこ騎士団に見つかったらヤバいでしょ。見逃すからチャラってことで。ねー、頼むよ」  おおお、なんたる強心臓。  交渉というか脅しまでかけてるよ。でもこれ火に油だよね。ほら、もうギオルグの兄貴はプッツン寸前だ。 「バカか、テメーをここで殺せば済む話だろーがっ! こんなとこまでついてきたマヌケな女も売り飛ばしてやるよ!」 「あらら、交渉失敗ってことね。こりゃ逃げるしかないか」  盗賊団がザザザと取り囲むが、ヴィリの動きは速かった。  抜き打ちですぐ後ろのひとりに斬りつけ、わたしの手を引きながら走る。  不意をつかれた盗賊団の包囲は不完全なものとなり、ヴィリとわたしは一気にハシゴの下まで。  だけど次の瞬間、空を切り裂く音ともに投げ斧トマホークが飛んできてハシゴを粉砕してしまった。  うわわ、ヤバい。他に出口は……ギオルグのうしろのほうに扉が見える。ああ、そうだ。ゲームでの救援部隊の初期位置があの扉の前。  あの扉のむこうが地上に繋がってるのは間違いないんだけど、わたしたちふたりでそこまでたどり着くのは不可能だ。  ここはウルリクたちの救援を待たないと生き延びることは出来ない。やっぱりゲーム通りの展開になっちゃうわけね。
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