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 アンナはドレスとティアラを手に取ると写真スタジオの中へと入る。  靴を脱いで、俺にも「ほら、一緒に来て」と手招きする。  言われるがまま、絨毯の上に足を運ぶ。  スタジオの中はわりと広く、バルバニアファミリーのバルちゃんとニアちゃんの人形が飾ってある。  二匹の後ろには花々に覆われたお城の写真が背景となっている。    そして、左奥に更衣室があった。  アンナは「ちょっと待っててね」と言い残し、浮かれた様子で中へ入っていった。  ~10分後~  更衣室のカーテンが開く。  俺は言葉を失っていた。  そこには俺がこの世で一番理想とする花嫁……いやお姫様が立っていたからだ。  アンナは純白のドレスを纏い、頭には銀のティアラ。そして手元には花束まで。  どこから持ってきたの? 「へ、変かな?」  チラチラとこちらを恥ずかしそうに伺う。 「変じゃない! 断じて変じゃないぞ!」  なぜか語気が強まる。  だってカワイイんだもん! 「タッくんって、こういうのが好きなの?」  首をかしげる姿も可愛い。  いますぐ婚姻届を出したいです。 「好き好き! 大好き!」  事実上の告白である。 「ふふ、タッくんたらおかしいんだ☆」  いたずらな笑みを浮かべる。 「じゃあアンナの写真撮ってくれる?」 「も、もちのロンだ!」  俺はスマホを手に取ると、レンズを彼女に向けた。  アンナはバルちゃんとニアくんの間に挟まれる形で、どこか清ました顔でこちらを見つめる。  ああ、なんか泣けてきた。  手のつけられないヤンキーがこんなに可愛く育っちゃって……。  早く結婚しよう。 「いくぞ、アンナ~」 「うん☆ 可愛く撮ってね☆」  俺は連射モードでバシバシ撮りまくった。  今日のアンナはなぜかポーズに変化がない。  別に恥ずかしいとかじゃなく、ドレスを着用しているため、きっとお姫様気分なのだろう。  それがまた愛らしく映る。 「いいぞぉ~ 可愛いぞ~」  俺は様々な角度から彼女を取り続ける。  その姿はまるでコミケのコスプレイヤーを撮りまくるカメラ小僧のように俊敏な動きだ。 「もう、タッくん。撮りすぎなんじゃない? データなくなるよ☆」 「問題ない! こんなこともあろうかとSDカードは1TB搭載だ!」  あとクラウドサービスのプレミアム会員だから、バックアップは万全の態勢だ。  俺たちがキャッキャッと写真を撮って遊んでいると、近くの女性スタッフに声をかけられた。 「あの……」  ヤベッ、悪ノリが過ぎたかな?  まさかアンナが男だとバレたか……。 「え、なんすか?」 「良かったらお二人の写真をお撮りしましょうか? せっかく彼女さんもドレスを着てるので、寂しそうじゃないですか」 「やだぁ☆ 彼女だなんて……」  頭を獅子舞のように左右にブンブン振り回すアンナちゃん。  しかし嬉しそうだね。 「じゃあ、お願いしていいですか?」 「もちろんです」  女性スタッフにスマホを渡すと、俺はアンナの隣りに立つ。  アンナは隣りに来た俺を見てすごく嬉しそうだ。 「はい、じゃあ一枚目いきますよ~」  スタッフがそう言うと、なにを思ったのかアンナは俺の左腕に自身の細い腕を絡める。  ドレス越しだが、彼女の胸の膨らみが肘に伝わる。  俺はピシッと背筋を正した。  そう、まるで結婚式のような気分だった。  シャッター音が鳴り、俺は引きつった笑顔でフラッシュをたかれる。 「もう一枚、撮りますよ~」  ふとアンナの横顔を見ると彼女は満足そうにカメラ目線で微笑んでいる。  よっぽど、このスタジオが気に入ったようだ。  俺も彼女の期待に応えるべき、次は真剣な顔でシャッターを待つ。  バシャッ!  なぜか最後の一枚を撮り終えると、寂しい気持ちが俺の胸を覆う。  アンナも俺から腕を離すと、しゅんとしている。  そう、俺たちの関係は偽りのカップル。  どこまで頑張っても所詮は男同士。  いつか、本当に恋愛関係に至るところなんてない。  ましてや、結婚なてもってのほかだ。  儚い夢……わかっていた。  それでも、この一瞬は少しでも長く続いてほしい。  俺は間違っているのだろうか?  でも、この胸の痛みは本物だ。 「じゃ、じゃあアンナは着替えを済ませてくるね」 「お、おう」  アンナはそそくさと更衣室へ向かった。 「素敵な彼女さんですね」  そう言ってスマホを返すスタッフ。 「そ、そうですか?」 「はい、大変お似合いだと思いますよ」 「俺たちが?」  意外だった。 「ええ、彼女さん。きっと彼氏さんにゾッコンだと思いますよ」 「なんでわかるんですか?」 「女なら誰だってわかりますよ」  スタッフはウインクして去っていた。  いや、ちょっとだけ突っ込んでいいかな?  アンナは男じゃ、ボケェ! 「お、お待たせ……」  顔を真っ赤にしたアンナさんが再登場。  わかった、さっきの話を聞いていたな。 「うむ、さあ次いくか」  俺はスタジオから出て靴を履く。  すると背後から声をかけられる。 「あの……タッくんってさ」  振り返ると、不安げにこちらを見つめるアンナが。 「どうした?」 「好きな子とか……いないの?」 「え?」  それ聞きます!? 「んー、気になる子はいるかもな」  返答は敢えて濁した。 「ふ、ふ~ん、そっか」  何かを察したのか、彼女は笑みを浮かべる。 「じゃあいくぞ」 「あ、待ってよ、タッくん! 恋人を置いていく彼氏とか最低な設定だよ!」  ええ!? もう付き合っている取材関係なんすか?  どういう設定だよ! 「ああ、悪い」  俺は彼女に手を差し伸べる。  アンナは俺の右手に左手をそえると、ローファーに小さな足を入れる。 「ありがと☆」  紳士的対応する必要あんのかな?  だって相手も男だし。  俺とアンナは『森の洋服屋さん』から出ると、バルバニアガーデンに戻った。  スマホの時刻を見れば『11:45』 「もうこんな時間か……」  腹が減るわけだ。 「そろそろお昼にしない?」 「だな、じゃあ店を探すか」  ポカーンとする前に。 「その必要はないよ☆」 「え?」 「だってこれがあるもの!」  彼女は手に持っていたピクニックバスケットを掲げる。  そう言えば、園内に入ってからずっと持っていたよな。 「なんだそれ」 「えぇ、忘れたの?」  頬を膨らますアンナ。  ハムスターみたいで可愛いなちきしょう。 「なんのことだ?」  さっぱり記憶にない。 「お弁当作るって約束したじゃん☆」  そう言えば、そんなこと言っていたような。 「ほう、それは嬉しいな。なら俺が持つよ」 「え? 重たいよ?」 「構わん、こういうのは男が持つというルールがあってだな……」 「じゃあお言葉に甘えて☆」  アンナからバスケットを渡された瞬間、凄まじい重圧が俺を襲う。  手に持った瞬間、あまりの重さから地面に落としそうだった。  10キロ以上はあるな、これ。 「なにが入ってんだ?」  こんなもんを平気で持ち歩いてるとか、さすが伝説のヤンキーだな。 「ん~、ナイショ☆」  そう言って、人差し指を小さな唇に当てるアンナ。  へぇ、可愛いじゃん。 「ふむ、じゃあどこで食べる?」 「あそこの原っぱで食べよう☆」  アンナが指した方向はたくさんの木々に覆われた草原。  きっと桜の木だろう。  今はもう散ってしまったが、代わりに緑の木漏れ日がお出迎え。  家族連れも既にブルーシートを引いて、食事を楽しんでいた。  俺たちも空いている場所を見つける。  アンナはバスケットの中から可愛らしいネッキーとネニーのハートがふんだんにデザインされたビニールシートを取り出す。  こんな可愛いのに野郎二人で座るのかよ。    俺の戸惑いとは裏腹に彼女は鼻歌交じりで、バスケットからお皿を取るとシートの上に置く。  重たい原因その一、皿が紙製じゃなくて陶器。  そして大量のサンドイッチが出るわ出るわ。  胃袋は彼女じゃないね。

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