昼食を済ますと、俺たちはかじきかえんの一番奥へと向かった。 今日は日曜日ということもあってイベントが開催されていた。 その名も『ボリキュア スーパースターズショー』 ニチアサで長年大人気の少女向けアニメだ。 と言っても、視聴者の9割は成人男性……という都市伝説もある。 「ああ、ボリキュアだぁ☆」 看板を見てテンションあがる少女じゃなくて少年。 15歳だから実質、大きなお友達だよな。 「ボリキュア見てんのか?」 俺は少し冷めた目でアンナの横顔を見る。 「うん、小さなころから憧れてたんだ☆ 幼稚園の時、ボリキュアになるのが夢って卒園式で叫んだなぁ」 いや、痛すぎる黒歴史じゃないすか。 だって、男の子でしょ? 「へぇ……」 俺は『マスクライダー BLACK』ぐらいしか見てないなぁ。 「そうだ、せっかくだから観ていこうよ☆」 ファッ!? 「そ、それはちょっと……」 だって会場見たところ、家族連ればっかじゃん。 しんどいわ、中に入るの。 「なんで? 好きなものを好きだっていうことは悪いこと?」 アンナは首をかしげて不思議そうな顔をする。 「悪くはないが……ボリキュアは幼児向け、それも女の子向けだろ? 抵抗を覚えるな」 すると彼女はムッとした。 「アンナだって女の子だよ!」 忘れてた女装男子だった。 「いやアンナはいいよ。けど俺は男だぜ?」 「それが何か問題? もういいから早く入ろうよ、始まるもん!」 俺は強引に手を引かれて会場の中へ入った。 会場と言っても野外ステージでそんなに大きくない。 だが、既に会場は家族連れで埋まりつつある。 たくさんのお父さんたちがビデオカメラをセッティングして、ボリキュアの登場を待つ。 俺たちはようやく空いている席を見つけると、二人して仲良く座った。 ステージ両脇に設置されたスピーカーから聞きなれたアニソンが流れだす。 「ボリッキュア! ボリッキュア! ふたりはボリキュア~♪」 あー、懐かしい。 初代か。 「かじかえんのみんな~ お待たせ~ ボリキュアのスーパースターズショー、はっじまるよ~!」 アホそうな女性の声がスピーカーから流れる。 するとスタッフのお姉さんとボリキュアの登場。 「黒の使者、ボリブラック!」 お決まりのセリフと共に、着ぐるみを着たお姉さんの登場。 しっかりポージングを決める。 これで中身がオスだったらウケるよな。 「白の使者、ボリホワイト!」 と相方の登場。 なんだろうな、身体にフィットした着ぐるみなんだけど、サイズがあってないような。 所々、布が余っている。 そして、次々に出るわ出るわ。 気がつくとボリキュアシリーズの主役級が30人ほど出てきた。 いや、飽和状態じゃねーか。 「ボリキュア~がんばれぇ!」 大声で恥も知らずに叫ぶアンナさん。 やめて、隣りにいる俺がしんどい。 すると明るい空気から一転して不穏なBGMが流れ出す。 この展開、敵さんの登場だ。 「ぐわっははは! ボリキュアどもめ! 駆逐してやるぅ!」 ステージに現れたのは長身の男。 肌色が悪く、ロン毛。 ホストみたい。 「負けないわよ! イケメンガー!」 拳を作るボリブラック。 ボリホワイトはブラックの背中に身を置く。 定番のポーズだ。 「悪い子はさっさとお家へお借りなさい!」 ビシッとイケメンガーに指をさす。 すると効果音が鳴る。 それからは「エイッ」とか「ヤッ」とか「うわっ」とか声を上げて戦うボリキュアたち。 よく見ると酷いよな。 30人対1人だぜ? いじめじゃん。 だが、イケメンガーは強い(設定) 最初は好戦していたボリキュアたちもイケメンガーのチート級な必殺技で全員、お笑い芸人のようにズッコケて倒れてしまった。 「フハハハ、これでかじきかえんも私のものだぁ!」 イケメンガーが両手を掲げて、勝利を確信する。 その時だった。 イケメンガーは何を思ったのか、ステージから降りる。 そして、客席を物色しはじめた。 「ほう、ここには『アクダマン』になりそうな、いい子供たちがたくさんいるなぁ~」 うわぁ変態ロリコンだ。 お巡りさん、ここです。 そして、イケメンガーは数人の女の子をピックアップするとステージへ上がるように命令する。 ただし、子供たちが壇上に上がる際はしっかり手を繋ぐ神対応。 優しくね? 「まだまだ足りないなぁ! アクダマンになりそうな子はいないかぁ~」 どうやら、これはボリキュアショーではお決まりの流れのようで、子供たちもイケメンガーに連れ去られることを望んでいるようだ。 だって、どうせボリキュアが助けてくれるし。 「アンナはダメかなぁ」 ボソッと何かを呟く15歳の女装少年。 やめて、大きなお友達はステージにあがったらダメでしょ。 俺の不安はよそにアンナは手を合わせて祈る。 「おお、あそこにちょっと大きいけどいい子がいるなぁ~」 嫌な予感しかしません。 イケメンガーはのしのしと会場を歩きだす。 どんどん、その足は俺たちへと近づいてくる。 「わ、わ……もしかして」 興奮しだすアンナさん。 「フハハハ、お嬢さん。人質になってもらおうかぁ~」 ええ!? 中身おっさんだろ? お前が人質にしようとしているのも男なのわかってる? 「いやぁ~!」 と演技力高めの叫び声。 だが、イケメンガーの命令に素直に従うアンナさんであった。 「タッくん、助けて~」 俺の名前を出すんじゃねぇ! 恥ずかしいだろ! 気がつくと周りのお父さんお母さんがクスクス笑っていた。 アンナは演劇部にでも入れよ。 イケメンガーに連れ去られるのを暖かく見守る俺。 アンナは依然と必死に演技を続ける。 「やめてぇ、放してぇ!」 自分から行ったくせに。 「フハハハ、お嬢さん。ボリキュア亡き今、もう私がかじきかえんを掌握したのだぁ!」 「ボリキュアは負けないもん!」 なにこの三文芝居? 一応、スマホで録画しとこう。 アンナはステージに連れていかれると、4人の女の子とステージ中央に並べられた。 「いやぁ、怖い~」 俺の方が恐怖を覚えるよ。 アンナの隣りにいる子供たちもドン引きじゃん。 トラウマになりそうでかわいそう。 役者は揃ったことで、司会のお姉さんがマイクを持つ。 「さあ! 会場のみんな、イケメンガーに女の子たちが捕まっちゃったよ! どうする!?」 一人、男性が混じってますよ。 「会場のみんな! 倒れたボリキュアにエールを送って!」 すると会場の子供たちが叫びだす。 「ボリキュア、がんばれぇ!」 「ブラック、たってぇ!」 「はぁはぁ……ブラックたんの倒れているところも可愛いよ」 ん? 最後のは大友くんでは? そして会場は熱気を放つ。 気がつけば、子供たちだけではなく、親たちも一緒に叫ぶ。 「「「ボリキュア、がんばれぇ!」」」 なるほど、子供のためだもんな。 パパさんとママさん、休日出勤、お疲れっす。 俺も一応便乗しといた。 「アンナを返せぇ! 助けてくれぇ、ボリキュア~!」 壇上にあがっていたアンナもそれに合わせる。 「タッくんとのデートを返して~ ボリキュア~!」 失笑が起こる。 恥じゃん。 俺たちのエールに呼応するかのように、ボリキュア戦士たちはフラフラと重い腰を上げる。 立ち上がって、戦闘態勢を整え叫ぶ。 「許さないわよ! イケメンガー! 私たちのお友達を傷つけるなんて!」 なんにもしてないけどね。 その後はボリキュアの必殺技を各シーズンキャラごとに連発。 イケメンガーは「ぐわっ」「ぐへっ」「うう」とうめきながら倒れる。 そして倒れたくせに、ムクッと立ち上がるとステージ裏へと逃げていった。 シュールだ。 「私たちは絶対に負けないんだからね!」 全員でボリキュアの決めポーズ。 その後、アンナはボリキュアたちと記念写真を撮っていた。 もういや、帰りたい。
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