バスの中に入ると、普段なかなか登校しない奴らがたくさんいた。 遅刻が多い、千鳥 力と花鶴 ここあも既にシートの上で、ゲラゲラ笑っている。 もちろん、変態女先生こと北神 ほのかや自称芸能人の長浜 あすかまで。 ほのかは別として、他の奴らは真面目にスクリーングしてないだろ。 遊びの時だけ、本気になるなんて……。 俺がそう呆れていると、近くの席から声をかけられた。 「よう~ 琢人じゃねぇか」 柄の悪いおっさん……じゃなかった、無駄に健康オタクな夜臼先輩じゃないですか。 「あ、夜臼先輩も旅行に参加されるんすか?」 この人、確か今36歳だったよな。 10代の若者と旅行とか、抵抗ないの。 「おうよ! 別府でなら俺りゃあのアイスも売れるかもしれないだろぉ~」 そう言って、クーラーボックスを取り出す。 「そ、そうですか。売れるといいですね……あの、気になったんですけど、ひょっとして、夜臼先輩って、今期で卒業されるんですか?」 だって36歳だよ? もう良くない? 「バカ野郎! 俺りゃあ、まだ単位10ぐらいしか、取れてねーよ。恥ずかしいこと言わせんなよ」 えぇ……。 確か、一ツ橋高校を卒業する必須単位は最低でも60単位ぐらい必要だった気が。 新入生の俺ですら、今期で20単位ぐらい取得する予定なのに。 「夜臼先輩って入学して何年目っすか?」 「俺りゃあか? へへへ、5年目だよ。けどよ、一回退学してっから、まあ合計すると13年目かな。まあ売人しかできねーからさ。カミさんが卒業しろってうるせーんだよ」 ファッ!? 13年生の高校生なんて、初耳だ! 「ちょ、ちょっと待ってください。退学って宗像先生にされたんですか?」 「バーカ、蘭ちゃんは優しいからそんなことしねーよ。それに蘭ちゃんとは先輩、後輩の仲だったんだぜ? 俺りゃあがバカだからよ。8年経っても単位が取れなくて、一回てめぇから退学をして、再入学したのよ」 泣けてきた……。 後輩だった宗像先生が、今では教える側になっちゃったのか……。 てか、この人生きていくスキル持ってんだから、もう中卒でいいだろ。 「おい、なーに湿っぽい話をしているんだ? 新宮!」 振り返ると、バスガイドのコスプレをした宗像先生がニッコリ笑っていた。 「あぁ、夜臼先輩の経歴を聞いてました……」 聞いちゃいけないことだったのかな。 「だぁはははっははは!」 なにがおかしい! 人の不幸を笑うな! 「うっひゃひゃ! マジウケるよな! 蘭ちゃんが先生で、俺りゃあが生徒でよ」 あなた、もうこの高校やめろよ。 「あー、おかしい! 私が一ツ橋高校に教師として赴任して来た時、夜臼がまだいやがって、クッソ笑ったわ!」 「だよな、蘭ちゃん先生」 あんたら、そんなんでいいの? 「ま、そんなことより、今から終業式を始めるぞ! 席につけ、新宮!」 「あ、はい……」 俺が立ち去ろうとした際、夜臼先輩が「琢人、あとで上物の“野菜”をやるからな」と囁く。 周辺にいた生徒が野菜という言葉を隠語として、捉えたようで、震えあがっていた。 俺の座った席は、後ろから二番目のシート。 窓側には既にミハイルが座っていて、「こっちこっち」と座席をポンポンと叩き、促す。 ※ バスが出発し、しばらく国道を走った後、高速道路に入る。 そこで、宗像先生が立ち上がって、マイクを手にする。 「あーあー、テステス。これより、春期終業式を始める。この前の試験とレポート。それからスクリーングの出席回数を見合わせて、単位を与えている。テストの答案用紙と一緒に取得単位結果表を配布するから、各自席で待っていろ」 そう言って、前から順番に書類をひとりひとり、渡し始める。 だが、宗像先生は生徒に渡す際、一声かける。 「おし、夜臼は今期もてんでダメだな。取得できた単位はたったの3だ」 「あちゃ~」 夜臼先輩をこれ以上いじめないであげてください。 もちろん、マイクで話しているから、スピーカーから丸聞こえ。 その後も次々、生徒の欠点ばかり言いやがるから、落ち込む奴らが大半だった。 最後の方で、俺とミハイルの番になった。 「うむ。新宮はパーフェクトだ。テストも満点だし、単位も全単位取得できた。さすがはこの私が見こんだルーキーだな!」 そう言って、書類を受け取ったが、何も嬉しくない。 このレベルで、満点とか逆にディスられた気分。 「あ、あざっす……」 「そして、最後は古賀だな。ちょっとレポートの答えが意味不明なことばかり書いてあって、『マジこいつバカだわ』と感じたが……」 ひでっ! 「ご、ごめんなさい……」 泣き出すミハイル。 「だが、しかしだ! 後半からほ~んのちょっとだが、成績もあがってきた。この前の期末試験もまあ酷いもんだったが、がんばったから、新宮と同じく全単位取得だ! よくがんばったな、古賀!」 ニカッと歯を見せて笑う宗像先生。 それを見て、パァーっと顔が明るくなるミハイル。 「宗像センセ! ありがとう!」 喜びのあまり、宗像先生に抱きつく。 泣きながら、「ホントーにありがと~」と感謝していた。 対して、宗像先生は、彼の頭を撫で回す。 「よしよし、古賀は男のくせに可愛いし、ちっこい尻を叩くのも先生は大好きだからな! この調子で卒業までがんばれよ! お前は新宮と同じく私が見込んだ、期待のスパンキングボーイ……じゃなかった。ルーキーだ! 多分」 絞め殺すぞ、こいつ! えこひいきじゃねーか。 しかも、俺の大事なダチを、性のはけ口にしやがって! だが、ミハイルはそんなことお構いなしで、泣いて喜ぶ。 「うん☆ オレ、宗像センセについてく!」 「よし! 私に任せろ! さ、くっだらねぇ終業式はもう終わりだ。高速に入ったし、別府に着くまで、ハイボールをキメるか!」 もうお前、教師やめちまえ! 「なら、オレが作ってきたジャーマンポテトでも食べるっすか☆」 リュックサックからネッキーがプリントされたタッパーを持ち出す。 「おお、こいつは酒が進みそうだ。古賀はいい婿さんになるなぁ~ ヴィッキーのやつ、こんな洒落たつまみで、晩酌してやがるのか……」 「ハイ☆ ねーちゃんはあんまり料理しないんで☆」 虐待だよ、それ。 ※ 高速で走ること、二時間ぐらい。福岡県を抜けて大分県の別府温泉にたどり着いた。 俺たちが泊まるホテルは、松乃井ホテル。 高い山の上に高層ビルがいくつも連なって出来た温泉ホテルだ。 バスから降りると、ロビーに集まり、部屋割りをすることになった。 俺は千鳥と一緒の部屋になった。 「タクオ! 今夜はよろしくな!」 えぇ……ミハイルの方が良かったよ。 「ああ、よろしくな」 続々とペアが決まっていく中、ミハイルだけが一人残された。 「よし、じゃあ、これで部屋割りは決まったな。各自、好きに遊んでいいぞ。夕方の6時になったら食堂に集まれ! それまで解散!」 みんな歓声を上げて、散り散りに去っていく。 「ちょ、ちょっと! 宗像先生!」 エレベーターに向おうとする先生の腕を掴んで、止めに入る。 「なんだ、新宮? 私と同室して童貞を捨てたいのか?」 「違いますよ! どうしてミハイルだけ、1人なんすか!」 フロアで1人ぽつんと立つ彼を指差す。 頬を赤くして、どこか恥ずかしげにしている。 「ああん? 古賀のことか。あいつは家族と一緒に泊まるって言うから、事前に部屋を決めておいたぞ」 「家族……?」 「まあそういうことだから、心配すんな」 先生はそう言うと、ハイボール片手にエレベーターに乗って、どこかに行ってしまった。 「タクオ、ミハイルなら大丈夫だろ」 笑顔を見せるハゲ。 「うーむ。まあ本人の望みなら仕方ないな……とりあえず、部屋に荷物を置きに行くか」 「おお! プールがあるから、そこで遊ぼうぜ!」 「了解した」 去り際、ミハイルに声をかける。 「またあとでな。ミハイル」 俺がそう言うと、なぜかビクッとして、顔を真っ赤にする。 「え!? う、うん。プールでね……」 なんか様子がおかしいな。 エレベーターのドアが閉まる際、彼は床をじーっと見つめていた。 別府にまで来て、床ちゃんを友達に追加するとはな。 千鳥が8階のボタンを押すと、こう言った。 「そう言えば、タクオって着替えとか持ってきてないんだろ? 水着どーすんだ?」 「あ……」 「しゃーねから、ブリーフで泳げよ」 絶対に嫌です。
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