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 俺は人生で初めてクッソ忙しいゴールデンウィークを味わった。  というか、ほぼほぼ巻き込まれたといったほうが正しい表現かもしれない。  そこで、今回起こった出来事をなるべく忘れないうちに、ノートパソコンにデータ入力する作業を行っていた。  ミハイルの姉、ヴィクトリアから解放されて帰宅したのも深夜12時を超えていたのだが、この興奮をなるべく早くタイピングしておきたかった。  夢中でキーボードを打っていると、スマホのアラームが鳴る。   「もうこんな時間か……久しぶりの徹夜だな」  朝刊配達に行かないと。  俺は家族を起さないように静かに、家を出た。  毎々新聞、真島店に着くと、店長が朝もはよから元気な声で挨拶してきた。 「ああ、琢人くん! おっは~」  今日び聞かないあいさつだね。 「おはようございます」  そう言うと、店長が目を丸くして俺の顔をまじまじと見つめる。 「琢人くん、何かあった?」 「え……」 「きみ、すごく顔が赤いよ」 「お、俺が?」  配達店の中にあった鏡で自身を見つめる。  確かに店長の言うように、頬が赤い。 「熱でもある?」  心配そうに店長が俺のおでこを触る。 「ないねぇ……興奮してるの?」  ギクッ!  というか、なんでこの人は俺の心情を必ず当てにきやがるんだ。  心理学でも学んでのか? 「ちょ、ちょっと小説を書いていたら、徹夜しちゃって……」  頭の中を駆け巡るアンナちゃん。  ずっと彼女が脳内で、可愛くダンスしているのが止まらないんです。  重症ですね。 「そうなんだ。よかったね! きっといい取材ができたんだよ」  ニカッと目をつぶり、自分のように喜んでくれた。  マジでこの人の方がお父さんぽいよな。  付き合いも長いし、俺のダディになってほしいわ。 「そっすね……じゃあそろそろ配達いってきます」 「うん、興奮しすぎてスピードあげたらダメだよ~」  なんか俺が変態みたいな表現だな……。  俺は火照った身体を冷ますように、バイクを飛ばす。  もちろん法定速度で。  5月に入ったとはいえ、まだ夜明けは肌寒い日が続く。    しかし、あれだな。  もう何年も朝刊配達やっているんだけども、真っ暗な住宅街をバイクで一人走るのはゾッとする。  小学生の時なんかはおばけとか信じちゃって、そういう怖さがあったけど。  今はそんな可愛らしい恐怖じゃなくて、ひとが一番怖いよな。  だってたまに暴走族に出くわしたりしたときなんかは、からまれるんじゃないかって、ブルっちゃうぜ。  24時間営業の店の前にあいつらはたむろして、ケラケラ笑っているんだもん。    そう人間が一番この世で怖いんだよ。  とある家のポストに新聞を入れ込んだ瞬間、パンツ一丁のおじさんが出てきたりするんだぜ。  俺がビックリして「ギャーッ!」って悲鳴をあげたら、おじさんが暗闇の中でこう囁くんだ。 「若いのに偉いね。おつかれさん」  ただの優しいおじさんで草も生えそうなのだけど、心臓が破裂しそうだから、もうちょっと派手に出現してほしいものだ。  そうこうしているうちに、配達ルートの折り返し地点まで来た。  真島という地域はけっこう坂道が多くて、バイクでも坂を上るのに苦労する。 「トットット……」と音は立てるがあくまでも原動機付のチャリだからな。  狭い路地へと曲がろうとしたその時だった。 「誰かが見ている……」  確かに感じるぞ、視線を。  恐る恐る、振り返る。  電柱の後ろに人影が見えた。  心臓の鼓動が早くなる。  こういう時は落ち着いて行動すべきだ。  相手は見たところ、徒歩だ。  だが俺は原チャリに乗っている。  逃げるが勝ちだ!  とりあえず、配達は一時中断して、店長のところまで逃げよう。  俺はそう決断するとアクセルを吹かす。  エンジンの音で威嚇する意味もある。  そうして、発進しようとした瞬間、人影もササッと動き始めた。 「う、うひゃあ!」  恐怖から思わず、アホな声で叫んでしまう。  だが、マジで怖い。  殺人鬼だったらどうしよう。  まだ死にたくないぞ、俺は。  バイクを猛スピードで走らせたが、例の坂道のせいで思うように速度が上がらない。 「はぁはぁ……早く進みなさいよぉ!」  ビビりすぎてオネェ言葉になってしまう。  怖くて後ろを見ることはできないが、確かにその足音は近いづいてくる。 「タタッ…タタッ…」  と俊敏な動きでこちらへ着実に向かってきた。 「ひ、ひぃぃぃ!」  もうダメだと思い、目をつぶって死を覚悟した。  母さん、今までありがとう。  かなでも元気でな。  六弦は無視で。  最後に、一目アンナの笑顔を見たかった。 「アンナ……」  涙がこぼれおちる。 「止まってください……」 「え…」  目を開くと、時速40キロは出しているバイクに並んで走っている人間が。  俺は暴漢か何かと思っていたが。  そいつは華奢な細い身体の女性だった。  ただ、めっちゃ両手を振って、全速力でマラソンしている。 「センパ~イ……」 「ぎゃあああ!」  別の意味でホラーだった。    だって三ツ橋高校の現役JK、赤坂 ひなただったから。  こんなところにいるなんて思いもしなかった。  ひなたは真島からJRで2駅も離れている梶木に住んでいる。  なのに、こいつは今ここにいる。  奇跡という名の恐怖。  つまりはストーカーである。  とりあえず、俺はバイクを止めた。 「はぁはぁ……驚かすなよ、ひなた…」  ひなたも足をとめるが、全然呼吸が乱れてない。  こいつはバケモノか? 「センパイ。酷くないですか……この前の取材…」  ああ、そうだった。あのあと放置してたし、忘れてた。  長い前髪で目を隠し、だらんと立ちふさがる。  しかも電柱に潜んでいたという時点で通報レベルだ。 「あ、あれか……本当にすまない」  とりあえず、頭を下げる。 「いいんですよぉ。私は別に怒ってませんから」  冷たい……なんて声だ。  悪寒が走って、膝が震えだす。  この子、こんなに怖い女子高生だったけ? 「つぐない……してください」  なにそれ? まさか命で償えってこと?  ナイフとか持ってないよね……。 「わ、わかった! なんでも言ってみろ」  彼女の行為はほぼ脅迫に近かった。 「じゃあ……このまま一緒に新聞配達しましょ♪」  急に笑みを浮かべる。  声も優しくなった。  その豹変ぶりが、更にサイコパスだ。 「へ? 配達?」 「はい! 仲良く朝のデートを楽しみましょうよ♪」  デートになるの?  君には賃金発生しないよ。  俺はかなり動揺したが、追ってきた相手がひなただとわかってから、徐々に落ち着きを取り戻した。  そして彼女にこう切り出す。 「なあ俺はバイクで配達するんだぞ? お前は徒歩じゃないか……ついてこれんだろう」 「センパイったら♪ 私は水泳部のエースなんですよ。余裕ですってば♪ 梶木から走ってきたんですよ?」  夜中にランニングすな!  マジで怖いわ。 「わ、わかった。じゃあ一緒に配達するか」 「はい♪」  そして前髪をかきあげると、笑顔のひなたが確認できた。  俺はバイクにまたがり、ひなたはそれに平行して走る。  彼女の凄さというか怖さは、笑顔で「何部配達するんですか?」と全速力で走りながら質問してくるところだ。  息も乱さず。  時速30キロは出しているんだぞ……。    やっとのことで配達を終え、俺はバイクを店に返しにいった。  その間、ひなたは近くの自動販売機で待機してくれた。  震える手でバイクの鍵を店長に渡すと、「大丈夫? 興奮のしすぎじゃない?」と聞かれた。  確かに興奮したよね、怖すぎて。    自動販売機にもたれかかるひなたを呼び止める。 「待たせたな」 「ううん、全然大丈夫ですよ♪」  屈託のない笑顔で俺を迎える。  前回のひなたとのデートは、確かに俺のせいで彼女を悲しめることになった。  ズボンのポケットから財布を取り出し、小銭を自動販売機に入れる。 「なあ、何か飲まないか?」 「いいんですかぁ。じゃあ、ホットココアで♪」 「わかった」  彼女の分と俺のコーヒーを買い、二人で道を歩き出す。  朝陽がアスファルトを明るく照らす。  ひなたに暖かいココアを渡すと、彼女は「ありがとう」と微笑んだ。  頬に缶を当てて、うっとりしていた。 「あったかい……センパイが私にくれた初めてのプレゼント」  俺はコーヒーを飲みながら、思った。  この子、病んでる。    真島駅までたどり着くと、ひなたは満足したようで「JRで帰る」と別れを告げる。 「今日のデート、絶対ラブコメに使えますよね♪」  そう言って、出勤するサラリーマンたちにまぎれて去っていった。  いや、絶対に使えないよ……今日の取材は……。
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