作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 一ツ橋高校の玄関に着くと、俺とミハイルは今日の予定表を手に取る。  今回のスクリーングは、前回のようにペーパーテストと体育の実技があるだけだ。  この前、宗像先生に言われた通り、運動会で借りパクした三ツ橋高校の体操服を持参している。  罪深い学生だよな、俺たちって。  前に三ツ橋の生徒の福間 相馬が言ってたが、「一ツ橋は三ツ橋の恥さらし」ってのを最近、よく痛感する。  まあ元凶は全部、宗像先生なんだけどね……。    ミハイルが上靴に履き替えながら、こう言う。 「タクトッ! オレ、今日ちゃんとブルマ履いてきたから、楽しみにしてろよ☆」  ファッ!? 「えっ……」  言われて、彼の下半身を見るが、いつも通りのショーパンにしか見えない。 「あ、ズボンの中に履いてるんだ☆ ねーちゃんが小学校の時はそうしてたって言ってたからさ☆」 「ええ……」  困惑する俺氏。  やってること、マジで女子なんだけど。  どうせ同じ更衣室で着替えるのだから、生着替えを見せろよ。  もったいぶりやがって……。  だが、パンツじゃないから恥ずかしくないもんっ! て、いくらでも眺めても良いという結論に至るな。  うむ。確かに体育は楽しみにしてるよ、ミハイルくん。    ※  階段をあがり、事務所を抜けて曲がるとすぐに1-1の教室がある。  と言っても、これは全日制のクラスだから、俺たち通信制は基本バラバラのホームルームなんだけどね。  教室の扉の前に一人の男が立っていた。  あまり見たことのない生徒だ。  廊下から教室の中をチラチラ見ては、サッと頭を隠し、また中を覗く。とても挙動不審だ。  カメラでパシャパシャと誰かを撮っている。息を荒くして。  変態だ……。  よし、通報しよう。  そう思った時だった。  ミハイルが、なにを思ったのか、その男に声をかける。 「あーっ! お前はトマトじゃん!」 「えっ?」  振り返る豚が一匹。 「あ、これは良いところに、DO先生がいた! そして、いつぞやのミハイルくんも」  ニコッと笑ってみせるが、とても気持ちの悪い青年だ。  こいつが20代前半とか、しんどい。  びしゃびしゃに濡れたTシャツからは、黒い乳首が透けて見える。胸毛もおまけつき。  額には、萌え絵のバンダナを巻いていた。  俺の公認イラストレーター、トマトさんだ。 「トマトさん? なんでここにいるんですか?」  不法侵入だろ。 「あ、いや……これは取材ですよ。決してJKを盗撮してたわけでは……」  しどろもどろになっている。  ますます怪しい。 「取材?」 「ええ、白金さんに以前、提案されたじゃないですか。可愛い女の子の絵を上手く描けるため、一ツ橋高校へ取材にいけって……」 「ああ。そう言えば、あのバカそんなこと言ってましたね。でも、トマトさんはまだ編入できないでしょ? 少なとも秋期からじゃないと」  俺たちが今受けているスクリーングが夏期。春から夏まで。  その次が秋期で、秋から次の年度末まで。   「それならば、大丈夫です。白金さんが一ツ橋高校に許可をとってもらって、今日は一日体験入学ということになってます」 「なるほど……」 「ハハハ、トマトはじゃあオレとタクトの後輩になるんだな☆」  いや、そうかもしれないけど、年上だから敬ってあげてね。 「良きの良きですよ、ミハイル先輩。実は取材の予定が早められたのは、DO先生の短編が人気爆発して、単行本の表紙と挿絵のために、モデルさんを撮りに来たんです」 「そういうことだったんですか。俺の作品のために申し訳ないっす」 「いえいえ、僕みたいな童貞が生のJKを見れる機会は、そうそうないですからねぇ~」  キモッ。  てか、相手に許可取ってないで、取材とか犯罪だろ……。  責めて教室に入って、生徒と話したりすればいいじゃないか。 「モデルってまさか……タクトの小説のヒロイン?」  上目遣いで頬を赤らめる当のご本人。 「そうですよ。僕は基本男キャラしか描けないので……設定では、ヒロインは、ヤンキーでデートする時だけ、主人公好みになる美人さんだとか?」  目の前で褒めちぎられる。もちろん、ミハイルの顔はどんどん真っ赤になる。  爆発しそうだ。 「うう……そう、なんだ……主人公好みの美人かぁ」  照れてやがる。  そうこうしていると、背後から足音が近づいて来る。 「おはにょ~♪」 「よう、ミハイルにタクオじゃねーか」  赤髪のギャル、花鶴 ここあと、老け顔のハゲ、千鳥 力だ。  相変わらず、花鶴はパンツが丸見えの超絶ミニスカを履いている。  もちろん、千鳥もいつもと変わらず、ピカピカのハゲチュウだ。 「おう、お前ら。今日は早いな」  いつも重役出勤で、授業終わりに出席カードを教師からパクるバカ共だ。  試験だからか? 「まあな、俺もここあも単位は欲しいし。てか、後ろのおっさん誰?」  千鳥がビシッと指をさす。  年上だってわかってんのに、失礼だとは思わないの? 「あ、あの……ぼ、僕は……」  指を突きつられて、固まるトマトさん。  どうやら、ヤンキーで柄の悪い千鳥にビビっているようだ。  確かに、こいつらは見た目こそ、悪ぶってはいるが、根は良いヤツというか、ただのバカだから。  怖がるような人間ではない。  ここは、俺がフォローしておくか。 「トマトさん。こいつは俺の同級生で千鳥っていうんです。見た目はこんなんすけど、別に悪いヤツじゃないですよ」  俺がそう言うと、千鳥が背中をバシバシと叩いて来る。 「んだよっ! そんな紹介あっか、タクオのダチか。なら、俺のダチだな」  いや、なんでそうなるの? 「おい、トマト? 大丈夫か? なぁ、タクト。トマトの様子がおかしいぞ」  ミハイルが俺の袖をクイッと掴む。 「ん?」  振り返ると、彼の言う通り、トマトさんは顔を真っ青にして、震えている。  膝をがくがく揺らせて、目を見開き、あるところを凝視していた。  その視線を追うと、二つの長い脚。  というか、パンツ。  花鶴 ここあのだ。 「どしたん? おっさん、なんかウケるっしょ。あーしの顔に何かついてるん?」  いや、顔見てないよ。あなたの股間見てるだけ。 「ハァハァ……」  息を荒くし、ギャルのパンティーを眺める。 「ちょっと、トマトさん?」  試しに俺が彼の肩を揺らすが、反応はない。  返ってきたのは、べっちゃりと生暖かい汗だけ……。  きっつ。 「き、決めたぞ!」  急に大声で叫ぶトマトさん。  その野太い声が、廊下に響き渡る。  大量の唾を床に吐き出して……。 「あ、あの……あなたのお名前を聞かせてくださいっ!」  飛び掛かるように花鶴との距離を詰める。  彼女の胸の前で、拳を作り、鼻息を漏らす。  その姿は、発情したオス豚である。 「え? あーしのこと? 花鶴 ここあだけど。おっさんは?」 「ぼ、僕は、筑前 聖書ちくぜん バイブルです! 聖書バイブルって言ってください!」 「ウケる~ なにその名前、じゃあ今度からバイブって呼んであげるっしょ♪」 「それでいいです! 嬉しいです!」  よくねぇ! 神に謝れ!  ていうか、聖書ってペンネームじゃないの? トマトが本名の方が良かったかも……。 「ところで、ここあさん。僕の絵のモデルになってくれませんか? あなたが、DO先生の小説に出てくるヒロインにぴったりです!」 「あぁっ!?」  思わずブチギレてしまった。  こんなどビッチと、あの天使アンナを一緒にしてほしくない。   「DO先生って……オタッキーのことっしょ? ダチなんだから、もちろんオッケーっしょ♪」 「や、ヤタッーーー!」  ウソォ……嫌だわ。  俺の単行本の表紙が、アンナが、こんなビッチに変換されるなんて……。  ふと、気になって隣りのミハイルに目をやる。 「……グスンッ」 「泣いてんのか? ミハイル……」 「違うもん! 泣いてなんかないもんっ!」  て言いながら、鼻をすすってやがる。  かわいそうに……。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません