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 ミハイルを残して、朝刊配達に向かった。  仕事あがりに、バイクを直していると店長に声をかけられた。 「琢人くん、おつかれさま!」 「おつかれっす」 「あのさ、これ。琢人くんにあげるよ」  そう言って、差し出したのは二枚のチケット。  なんじゃこれ?  可愛らしい猫がプリントされいている。   「席内に新しくオープンしたらしいんだよ。ネコカフェ」 「ネコカフェ?」  悪いが俺はワンワン派だ。  店長には悪いが、ここは丁重にお断りしよう。 「いやぁ、ガラじゃないっすよ」 「まあまあ、そう言わずに♪」  店長はニコッと笑うと、俺のズボンのポケットに無理やりねじ込む。 「な……」 「琢人くんが好みじゃなくても、噂のカノジョさんはどうかな?」 「カ、カノジョ~!?」  思わずアホな声で答えてしまう。 「そうだよ。最近の琢人くんってなんか輝いてるんだよね。カノジョが出来たんでしょ? 連れていってあげなよ」  それミハイルことアンナちゃんのことだろ……あの子とは付き合ってないよ。 「い、いやぁ……俺とあの子はそういう仲じゃ…」 「じゃあ、もうワンプッシュぐらいかな? 頑張れ、若人!」  店長はどこか満足そうに微笑むと、背を向けて店の奥にある自宅へと入っていった。 「ええ……」  どうしようかな。  タダでもらったものだし、まあとりえあず持って帰ろう。     ※  自宅に帰ってきて、リビングのある二階へと向かう。  階段を昇っていくにつれて、なにか甘い香りが漂ってくる。 「ん? 母さん、こんな時間から料理作ってんのか」  キッチンに立っていたのは、予想していた人ではなかった。  体操服とブルマ姿で、鼻歌交じりにボールを泡立て器で何かをグルグル混ぜている。 「ボニョ~ ボニョ~ おっとこのこ~」  スタジオデブリの名曲を口ずさみ、手際よく調理を進める。  腕を激しく動かしているため、自然と身体が震えている。  小さな桃のようなお尻がプルプルと踊りだす。  なにこれ? 俺の新妻ですか?  仕事上がりに、なまめかしいダンスとか、やめてください。  後ろから襲いたくなっちゃうので……。 「あっ、タクト☆ おかえり~」  俺に気がついて、振り返る天使はミハイル。  くっ、こいつ、アンナの時はあざといくせに、素の時はなんていうか、自覚がないから、尚のこと見ていると、可愛くおもっちゃうんだ。  どっちも同じヤツなのに……。 「お、おう……ただいま…」  自分の家なのに、なぜか気を使ってしまう。  目の前に、可愛い子がいるからかな。だがミハイルは男だぞ?  しっかりしろ、琢人。  頬をペシペシと叩いて、自我を取り戻す。  そして、平静を装い、テーブルに腰を下ろす。 「ミハイル。何を作っているんだ?」 「これか? ふわふわスフレパンケーキだゾ☆」  またそんな手のこんだ料理しやがって……。  俺の胃袋を掴んで、どうする気だ? 「ほ、ほう……ミハイルは本当に料理が上手いというか、好きなんだなぁ」 「うん☆ 食べてもらう人がダイスキだと、スッゲー楽しいんだ☆」  え……今、なんかしれっと告白されなかった? 「そうか……」 「もう少しで出来るから待っててな☆」  ニコリと微笑むと、また俺に向かってケツをプリッと突き出す。  そして、ボニョを歌いながら、腰を振って調理に戻る。  料理ができる間、俺はテレビでもつけようと思ったが……。    目が釘付けで、キッチンの方をガン見していた。  だって目の前に美味しそうな桃があれば、かぶりつきたいじゃないですか。  理性を保つのに精いっぱいでした。      ※  しばらくすると、酒くさい母さんと、瞼の下にくまがいっぱいできた妹のかなでがリビングに現れる。 「ふぁわあ。おはよ……あら、ミーシャちゃんじゃない」  そうか、母さんはミハイルと会うのは久しぶりだった。  前回は女装時だから気がついてない。 「あ、おばちゃん。おはようっす☆ 勝手にキッチン使ってるんすけど、良かったすか?」 「いいわよ。なんだったら、毎朝作ってくれて……」  あなたは家事をしたくないだけでしょ。  セルフネグレクトを願う母の願望を真に受けるミハイル。  頬を赤くして、モジモジし出す。 「ま、毎朝、タクトん家に来ていいの……?」 「ダメだよ。ミハイル、母さんの言っていることは冗談だ、ほうっておけ」 「なんだぁ、じょーだんか…」  肩を落として、フライパンの上で丸く膨らんだパンケーキをへらでひっくり返す。    落ち込んだ彼を励ますために、店長からもらったチケットを取り出す。 「なあミハイルって猫とか好きか?」 「かなでは大好きですわ♪」  おめーには聞いてねーよ! 「どうせ、かなではアレだろ? オス猫を擬人化させて絡めたいだけだろ……」 「テヘッ♪ バレちゃいましたか♪」  うん、妹の性癖を当てる兄もどうかと思う。 「オレ、動物はなんでも好きだよ☆ どうして?」  彼の瞳に輝きが戻る。 「新聞配達の店長がさ。ネコカフェのチケットくれてさ。よかったらこのあと、一緒にいかないか? ちょうどミハイルん家がある席内市に店があるらしいんだ」  俺がそう彼を誘うと、目を丸くして「ホントか!?」と喜んでいた。  たまにはアンナとじゃなく、ミハイルと取材ってもの悪くないだろう。  あくまでもデートではない。ダチとしてだ。  ミハイルがテーブルに大きな四つの皿を並べる。  そこには見たこともないぐらいふわふわの丸いパンケーキが3つのせられていた。  しかもホイップクリームとイチゴつき。  どんなスイーツショップだ?  相変わらずハイスペックすぎるヤツだ。早く嫁にしたい。 「うわぁ♪ ミーシャちゃんがこのパンケーキ作ったんですのぉ?」  かなでが無駄にデカい乳を揺らせて、喜びを露わにする。 「そうだよ☆ 仕事あがりの疲れたタクトに甘いものが必要かなって思ってさ☆」  なんて出来た嫁なのかしら……泣きそう。  うちの女どもはここまで俺を気づかってくれないのに。 「いただきますですわ~♪」 「じゃあ、お母さんもBLびーえるだきます♪」  おい、今なんつった?  頑張って作ったミハイルママに謝れよ、琴音。 「さ、タクトも冷めないうちに食べてよ☆」 「ああ。ミハイルは食べないのか?」  俺がそう言うと頬を赤くして、太もも辺りで両手を組み、顔を伏せてしまう。 「その……ひと口目が美味しいか不安だから、感想ききたくて……」  乙女かよ。 「そうか、ならお先にいただくな」 「う、うん」  クリームをたっぷりつけて、パンケーキにナイフを下ろす。  音とも立てず、スルッと二つに切れた。  フォークで口へと運ぶ。 「う、うまい……」  正直、こんなうまいパンケーキは初めてだ。  ちょっとしたプロより美味い。  優しい甘みとバターの香り。それに舌の上でとろけそうなぐらい柔らかい生地。  感動していた。涙が出そうなぐらい。 「ミハイル……これはうますぎる!」  俺がそう言いきると、彼はボンッと音を立てて更に顔を真っ赤にする。 「そ、そっか! よかったぁ、自信なかったから……」  いや、このレベルで自信がないとか言ったら、花嫁修業しているアラサーがかわいそうですよ。  その証拠に、ほれ。  うちの女どもときたら……。 「うめっうめっ……じゅるじゅる、グチャグチャ」 「おっ母様! ズルいですわ! おかわり狙ってるでしょ! 負けませんわ、くっちゃくっちゃ……」  ケダモノ家族で恥ずかしいです。 「みんな喜んでくれてよかったぁ☆ まだいっぱいあるから、たくさんおかわりしてね☆」  もう、あなたがお母さんでいいです……。   
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