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 成り行きで、俺とアンナは、後ろから、一連の行動を見届けることにした。  というか、アンナが悪ノリして「ねぇ、あの二人。いい感じだって、ミーシャちゃんから聞いたよ☆ 応援してあげようよ☆」と提案したからだ。  だから、今の俺たちは、大きな柱の裏で姿を隠している。  首だけ出して。  上からアンナ、俺の順番で、目の前のソファーをのぞきこむ。  完璧ストーカーじゃん。 「あの、千鳥くん……。話ってなに?」  どことなく、ぎこちないほのか。  それに対して、リキは前のめりで興奮した様子だ。 「わ、わりぃな。ほのかちゃん。こんな夜中に呼び出してよ」  ツルツルのスキンヘッドが汗ばんでいて、蛍光灯の明かりに照らされる。  ピカピカでよく目立つ。 「いいけど……」  いつものほのかとは、どこか様子が違う。  なにか警戒してるように見える。 「いけいけっ! 今だよ、リキくん☆」  頭上でめっちゃ楽しそうなアンナちゃん。 「しかし、この感じ。まだ時ではないんじゃないか?」 「ダメだよ、タッくん! そんな弱気じゃあ! この恋、絶対に死んでも、相手を殺してでも成就させないと!」 「え……」  それ、もう心中じゃん。  死んだら相思相愛になれないでしょ。  彼女の発言に呆れはしたが、俺も見ていてドキドキしてきた。  他人が告白するシーンなんて、滅多に拝めないからな。 「あの……そのよ。俺、実は一ツ橋高校に入ってさ。あんまり、自信なかったんだよ。この高校にずっといれるかってさ。前の高校はケンカで中退しちゃって……」  うわぁ、なんか思ったより、重めな感じの告白だわ。  てか、ケンカで退学かよ。マジでヤンキーじゃん。 「うん」 「でも、ほのかちゃんと出会って、学校が楽しくてさ。ちょっとずつだけど、勉強とかスクリーングもやる気出てさ。卒業まで頑張れそうなんだよ……だからさ、だから……」  男らしくねぇな。バシッと言っちまえよ。 「うん……」  ほのかのテンションはどこか落ちているな。  嫌な予感がする。 「ああ、ごめん! 俺、ちょっとなに言っているか、わかんねーよな……」 「私も中退したから、気持ちはわかるよ」  真剣な顔でリキを見つめるほのか。  だが、彼も負けじと、じっと見つめ返す。 「シンプルに言うわ! 俺、ほのかちゃんが好きだ! もし良かったら、付き合って欲しい!」 「……」  静まり返るロビー。  なんだ? こっちにまで重たい空気が漂ってくる。  真夏だというのに、急に寒気が。  リキの男らしい告白に、黙ってうつむくほのか。 「どうかな? ダチからでもいいんだ?」  沈黙が続くためか、彼は場を和ませようと必死だ。 「……あのね、嬉しいんだけど」  視線は床に落としたまま、喋り出すほのか。 「う、うん! お、俺じゃ、やっぱりダメかな?」 「この際だから、千鳥くんにもハッキリ伝えておくね……」  そう呟くと、何を思ったのか、彼女は急に立ち上がる。  ソファーに残されたリキは、驚いた顔でほのかを見上げていた。 「え?」 「私ね……ずっと黙っていたの。宗像先生。琢人くんやミハイルくん。あの人たちには、なぜか自然と本当の自分をさらけ出していられるけど。普段は、隠しているの」 「な、なにを?」  グッと拳を作ると、ソファーに座っているリキを鋭い目つきで睨みつけた。 「私は……今。夢で忙しいの! 絡めることしか、考えてないの!」 「か、からめる? えっ? えっ……」  言葉の意味を理解できてないリキ兄貴。  柱の後ろで聞いていた俺も思わず……。 「ブフーーーッ!」  大量の唾を吹き出してしまった。  なに言ってんだ、ほのかのやつ。  あれじゃ、断ったことに気がついてないぞ!  俺とは違い、アンナは至って冷静で。 「チッ! 失敗しやがって、リキめ」  おいおい、ミハイルくんが漏れてるよ。  腐女子をカミングアウトしたほのかの目に、生気が湧き出す。 「千鳥くんには悪いけど、私。ショタっ子とおじさんでめっちゃ忙しいの!」  そう言い残すと、彼女は満面の笑みで、その場を去っていった。 「え、え、え? どういうこと?」  一人取り残されたリキは、困惑した様子で、やんわり断られたことに気がついてない。  ほのかがこちらに近づいてきたので、俺はアンナの手を引っ張って、別の柱にコソコソと逃げ移る。  エレベーターに向っていくほのかを、確認し終えると、リキの後ろ姿が目に入った。 「からめる? キャラメルのことか? しょうた? おじさん? なんなんだ?」  リキ兄貴、かわいそう!  だが、ここで俺が声をかけるのも、なんだか彼のプライドを傷つけそうだ。  そっとしておこう……と、思ったら、隣りにいたアンナが、ずいっと身を乗り出す。  なにを思ったのか、リキの方向へとツカツカと音を当てて、歩き始めた。 「ねぇ、リキくん」 「え……だれ?」  真っ青な顔したリキに対して、アンナは優しく微笑む。  てか、マブダチのくせに、女装がバレてない。 「はじめまして。私、古賀 アンナって言います。ミーシャちゃんのいとこです」  ファッ!?  あいつ、自ら墓穴堀りに行きやがった。  予想外の行動に俺もソファーに駆け寄る。  急いで止めないと、アンナの正体がバレてしまう。 「おい、アンナ! リキとは初対面だろ? 失礼じゃないか……」  設定を守れよ、と彼女の肩を掴むが、逆に冷たい視線で睨みかえされた。 「タッくんは黙ってて」 「は、はい」  こ、怖えぇ……。 「俺、フラれたのかな……」  ツルピカ頭を抱え込む剛腕のリキ。 「ううん! まだフラれてないよ☆」  ファッ!?  嘘つく気かよ。そこまでして、あの二人をくっつけたいのか! 「え、マジなの。アンナちゃん?」 「同じ女の子だから、あの子が言っていた意味がわかるよ☆」  お前は男だろ! 「ほ、本当に?」  すがるようにアンナの手を掴む、リキ。 「大丈夫、安心して☆ あの子が言いたいのは『絡めたい』てこと、つまり男同士の恋愛マンガを描きたいから、今は忙しいってことなんだよ☆」  間違ってはないけど……。 「つまり、どういうことなんだ?」 「リキくんが取材をすればいいんだよ☆ あの子が喜ぶこと」 「やるよ、なんでもやるから、頼む! 教えてくれ!」 「それはね……リキくんが知らないおじさんと仲良くなることだよ☆」  もうやめてあげてよ、俺のマブダチなんだからさ。
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