更衣室を出て、とぼとぼと歩く。 俺は肩を落とし、目の前の小尻を眺める。 「タクトぉ~ 早く早くぅ~☆」 振り返る天使(♂) だが……、なぜ上半身を裸体にしない!? 残念だが今日はおケツを堪能するしかないのだな。 「ああ……今行くよ」 覇気のない声で返事をしたせいか、ミハイルが立ち止まって、俺の胸を指で小突く。 「ねぇ、タクト? なんでそんな顔してんの?」 上目遣いで、グリグリと指を回す。 「あ、ああ……」 どうせ回すなら、もうちょっと左がいいです。乳首があるので……。 「ひょっとして、オレの水着のせい?」 頬を膨らませて、不服そうだ。 「いや、断じて違う。個人的な……そう小説のことを考えていた」 ちゃんと作品に、ヒロインの乳首の色を書かないとダメだもんね♪ 「しょーせつ? あ、そっか。今日の旅行も取材なんだな☆」 急に態度を変え、目をキラキラと輝かせる。 「そ、その通りだ」 ヒロインの乳首を見たいという、ただの欲望だが。 「なら、オレも手伝うよ☆」 じゃあ、今すぐ裸になれ! ※ 松乃井ホテルの敷地内になる別館。 通称、『波に乗れビーチ』 売りとしては、屋内に作られた南国風の海水浴場らしい。 二階の更衣室から出ると、ヤシの木に覆われたプールが目に入る。 「うわぁ~ 海みたい~☆」 身を乗り出して、下を眺めるミハイル。 「おい、危ないぞ」 と注意しつつ、俺は桃尻をガン見しているのだが。 一階には、波が出る大きなビーチ。 プールを囲むようにたくさんのデッキチェアが設置された。 まるで、ハワイに来たような感覚を覚える。 俺とミハイルはさっそく、一階に降りようと小走りで向かおうとした……その時だった。 「アアアッ! イッちまうぜ~!」 どこからか、男の叫び声が聞こえてきた。 二階にはフードコートがあるのだが、その隣りに小さなのぼりが立っている。 『ドクターフィッシュ ご利用できます! これであなたも美肌に!』 ビニール製のプールにタトゥー姿の男が、両脚を浸けている。 白目を向いて、口元からは泡を吹き出す。 確かにイッちゃてる……。 「あぁ~ お、俺りゃあの、か、角質が! 皮膚が!」 いや、解説せんでもいいよ。 というか、夜臼先輩がドクターフィッシュでリラクゼーションしているせいか、周りの人たちが怖がって、近づけない。 「パパ、あの人変だよ?」 「見ちゃダメだよ! あの人は絶対危ないお薬に手を出してる悪い人だからね!」 「あなた、早く通報しなさいよ!」 おいおい、人を見た目で判断しちゃダメですよ。 あの人はごく普通の一般市民ですので。 「アアアッ! こいつはキメちまいそうだな……」 彼の言い方はさておき、なんだか気持ちよさそうだ。 「なあ、タクト。太一がやってるのってなあに?」 「あれはドクターフィッシュって言うんだ。魚が人間の悪い所を食べてくれて、綺麗なお肌になれるらしいぞ」 「ホントか!? なら、オレもやってみたい!」 偉く乗り気だな。 「まあ、俺も未体験だし、やってみるか?」 「うん☆」 夜臼先輩の隣りにお邪魔する。 ビニールプールの中には、無数の小さな魚たちがうようよと泳いでいた。 俺たちが足を入れると、すぐに寄ってくる。 そして、小さな口で肌に触れる。 ちょっと、こそばゆいが、なんだか気持ちが良い。 「おう、お前らもコイツらでキメちまう気か?」 「ま、まあ俺たちやったことないんで……」 俺がそう言うと、夜臼先輩は不気味な笑みを浮かべた。 「琢人。コイツらよ。小さいガタイのくせして、ヤルことやっちまう奴らなんだぜ? 俺りゃあよ、アトピーが酷いんだが、コイツらに皮膚を食ってもらって、何度もイッちまったぜ……」 健康的に昇天されて何よりです。 「そ、そうなんですか……あれ、じゃあ夜臼先輩の身体中にある紫色のプツプツって……」 「おうよ! アトピーだ」 症状が良くないから、いつも健康に気を使われてたんですね。 「んっ、んんっ! あ、ああん!」 俺と夜臼先輩が雑談していると、左隣りから何やら女性の喘ぎ声が。 視線を隣りにやると、ミハイルが荒い息遣いで、頬を紅潮させていた。 時折、ビクッビクッと身体を震わせて。 「ミハイル? どうしたんだ?」 そう尋ねると、なにを思ったのか、俺に抱きつく。 「あ、ああん! こ、このお魚ちゃんたちが……はぁはぁ……止まんないよぉ!」 なんて声を出してんだ。 俺の腕にしがみついて、悶えている。 なるほど、ミハイルは感じやすいタイプなのか。 それにしても、エロい。 「ハハハッ! ミハイルも俺りゃあみたいにデリケートな肌なのかもな。たくさん、イッちまえよぉ。ツルツルお肌になれるぜぇ~」 あのさっきから、『イクイク』ってどこに行くんですか。 「大丈夫か、ミハイル? 出るか?」 「イヤッ……ま、まだ、入ってたいかも……く、くすぐったいけど……あああん! なんか、気持ちいい☆」 どうやら、ハマったようだ。 「あああん! す、すごいよぉ、タクト~! オレ、なんか頭が変になっちゃう~!」 たかだか、小魚どもで感じやがって。 ちょっとだけ、嫉妬を覚えちゃう。 「くっ! 俺りゃあもまたイッちまいそうだぜぇ~!」 そう言って、泡を吹くアトピー患者。 「はぁはぁ……すごく、いいよ。これぇ……」 変な声で喘いだり、騒いだりしている人たちに挟まれて、俺は一体どうしたらいいんでしょうか? 「タクトぉ~ この子たち、止まらないよぉ~ 気持ち良すぎるから、どうにかしてぇ~!」 このプールから出ればいいだけだよ。
コメントはまだありません