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 夕食を腹いっぱい食べた……というか、ミハイルに無理やり食わされたのだが。  吐き気を感じながら、一旦、ホテルの部屋に戻ることにした。  エレベーターで、ミハイルと別れを告げて。  部屋には、今晩一緒に過ごすことになっている千鳥 力がいた。  テレビをつけて、ソファーの上でゲラゲラ笑っている。 「よう、タクオ! ホテルのバイキング、超豪華だったよな! 俺なんか、一生分ぐらい食っちまったかもしれんぜ? もう腹がパンパンだ」  そう言って、自身のポッコリと出た腹をさする。 「そ、そうか……よかったな。俺も豪華すぎる料理を死ぬぐらい食べてきたよ……」  これ以上、喋ると吐きそう。 「ふーん。タクオって結構大食いなんだな」  違います。あなたのお友達に、無理やり食べさせられたんです!    ※  一時間ほど、ベッドで寝込んでいた。  と言っても何回もトイレを往復していたので、身体は休めていない。  ようやく、身体が身軽になったころ、千鳥が声をかけてきた。 「なぁ、タクオ。ぼちぼち、『クーパーガーデン』に行こうぜ。今夜は花火もあがるらしいぞ♪」 「へ、へぇ……」  力なく答える。 「元気だせよ、混浴温泉だぞ?」  ヘラヘラ笑って、いやらしい。  だが、事前情報として、全員水着着用と知っているので、俺はなんとも思わん。 「さっきの、プールと変わらんだろう」  俺がそう言うと、千鳥は不敵な笑みを浮かべる。 「わかってねぇな。だから、タクオは一生童貞なんだよ」 「は?」  ガチでキレそうになった。 「あのな、夜景のキレイなプールとか、海とかはよ……ヤレちゃうんだぜ?」  ファッ!? 「な、なにを言っているんだ、千鳥?」 「女ってのはさ。星空とか、夜景とか、非日常的な光景に弱いもんなのよ。俺が小学生の頃さ、夜に近所の海岸へ遊びに行ったらさ……真面目そうなカップルが、暗いことをいいことに『アンアン』してたんだよっ!」  鼻息荒くして、俺の両肩を掴み、強く前後に揺さぶる。 「だ、だるほどぉ~」  振動で声が震える。 「だから、俺も今日にかけるぜ! ほのかちゃん、落としたいからよっ!」  そこで、ピタッと動きが止まる。 「え……?」  なんか、今さらっと、大事なお話をされたような気が。  千鳥はキランと輝くスキンヘッドを真っ赤にさせて、人差し指で鼻をこすっている。 「二度も言わせなんよ……俺、ほのかちゃんに告白しようと思っててよ」  俺は耳を疑う。 「なぁ、千鳥。お前、俺をおちょくってんのか? ほのかって、同じクラスの……アレのことか?」  汚物のような表現をしてしまった。 「ほのかちゃんったら、北神 ほのかちゃんしか、いねーだろ!」  胸ぐら掴まれて、睨みつける千鳥。  ん~ 確かに、今の彼は凄みを感じる。ヤンキーとして。  だが、キレている原因が、あの腐女子で変態の北神 ほのかなんだもん。  思わず、失笑してしまう。 「ブフッ!」  俺の唾を真正面から食らう千鳥。 「きったねぇな! 俺、マジなんだぜ……今回の旅行にかけてんだ!」  ハゲのおっさんでも、泣きそうな時ってあるんすね。  なんだか、かわいそうになってきた。 「そ、そうだったのか……てっきり、千鳥は、花鶴と付き合っていると思い込んでいたよ」  いつもバイクで二人乗りしているし、ていうか、基本セットで歩いているから。  俺がそう言うと、また顔を真っ赤にして激怒する。 「んなわけねーだろ! ここあとは、ガキからの腐れ縁で、ああいうビッチな女は苦手だよ……」  おいおい、ダチのくせして、ビッチ呼ばわりかよ。  花鶴、ちょっとかわいそう。 「な、なるほど。ちなみに、興味本位で聞くのだが、ほのかの、どういうところが好きなんだ?」  千鳥は照れくさそうに答える。 「ほのかちゃんってさ。なんか、一見すると、大人しそうな普通の女子高生じゃん? でもさ、時折見せるギャップ萌えってやつ? あれがすごくカワイイんだよ……バカなこと言わすなよ、タクオ」  言いながら、めっちゃ嬉しそう。  そして、自分のことのように、ほのかを絶賛している。 「ギャップて、どういうところだ?」 「なんかさ、ほのかちゃんって……普段、隠しているみたいだけど、本当は芯の強い女の子だと思うんだよ。俺にはまだよくわからないけど、ほのかちゃんの真っすぐな姿勢が見えた時、すげぇなって、感じたりしてて」  ちょっと、俺の脳内がフリーズしている。  わけがわからん。  どうやったら、あの変態が芯の強い女性なのだろうか。 「なあ……千鳥、お前マジで言ってるのか?」 「当たり前だろ! タクオがマブダチだから、相談してんじゃん!」  あ、これ恋愛相談だったんだ……カウンセリングかと思った。 「なるほどなぁ」  いつも、ほのかに優しく接していると思っていたが、まさかこんなにも片思いしちゃってるなんてな。  千鳥には悪いが、めっちゃ草生える。 「マブダチと言ったな? なら、俺も今日からお前への認識を改めよう。ダチの恋愛相談だ。しっかりと俺も応援させてもらうっ!」  この際だから、めんどくさい腐女子のほのかを、千鳥に押しつけよっと♪ 「マジかっ!? サンキュな、タクオ」  そう言って、俺の両腕を掴む千鳥。 「ああ、絶対にっ! この恋愛を成就させよう、千鳥! いや、今日からリキと言わせてもらおうっ!」 「タクオ~! お前は今まで出会ったダチの中で、一番いいヤツだぁ!」  何を思ったのか、急に俺を抱きしめるリキ。  痛い痛いっ!  ミハイルに負けず劣らずの馬鹿力だ。  しかも、可愛らしいミハイルとは違い、見た目がゴツいハゲのおっさんに抱きしめられるとか、どんな拷問だよ。  その時だった。 「タクト~☆ なにやってんだよ、ずっと廊下で待ってたの、に……?」  気がつくと目の前に、浴衣姿の天使こと、ミハイルきゅんが立っていた。  太い両腕で背中を抱きしめられる俺を見て、絶句している。 「なに、やってんの……タクト?」  この世の終わりのような、絶望した顔で俺たちを凝視している。 「み、ミハイル。違うぞ? 今、リキの相談を受けていてだな……」  しどろもどろに言い訳をする。 「うわぁん! タクオ、俺さ。お前と今晩、一緒になれたことを……一生の思い出にするぜ!」  号泣して更に俺の身体を引き寄せるリキ。  本人はそんな気はないのだろうが、興奮しているせいか、俺の尻に右手が回っていた。 「リキ……ミハイルの前だ。堪えてくれ」  俺の声は泣き声でかき消される。 「タクオぉ! 好きだ、マジで感謝してるぜ!」  ミハイルは一連の行動を見て、引きつった顔をしている。 「タクトが『リキ』って言ってる……それに、リキもタクトのこと、好きだったの……?」  誤解ってレベルじゃねー!  マジで、俺とリキがホモダチになっちまうよぉ! 「ミハイル? これは違うからな? ダチ同士のスキンシップってやつだ」 「オレとも、したことないのに?」  冷えきった声で、睨みつけてきた。 「いや、それは……」 「タクトのバカッ! アンナに言いつけてやるからな! もう知らない! オレは先に温泉行ってるから。ゆっくり、マ・ブ・ダ・チのリキと来れば!? フンッ!」  バタンッ! と扉を閉める音が、部屋に響き渡る。 「タクトぉ、マジで好きだぜぇ!」 「あ、そう……俺もだよ。ダチとしてな」  こうして、俺と千鳥は兄弟よりも深い絆を結んだのであった。  その代償としてなにかを失った気がする。

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