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 宗像先生は、ドラッグストアで大量の生活必需品をゲットして大喜び。  店から外に出ると、もう陽は暮れ、辺りは真っ暗になっていた。 「うーん! いい大人のデートが出来たな~ 新宮」 「え、今までのデートなんですか? 大人の中で?」 「あん? そりゃそうだろ……大人ってのは、ガキと違って、必死に毎日を生きるもんだ。それこそ、這いつくばってもな」  あんた、文字通り、這いつくばって福引券を漁ってたもんな。  間違ってはないよ。 「さ、ショッピングデートは済んだし、次はロマンティックなディナーデートと洒落込むか♪」 「ディナー? どこかで夕食ですか?」 「ああ、私の行きつけの店でな。あそこに行けば、どんな女でもイチコロだぞ♪」 「へぇ」  なんだろ? イタリアンレストランとかかな。    くりえいと白山を出て、赤井駅に戻る。  駅周辺には、小さな飲食店がたくさん並んでいて、夜だから看板や提灯に灯りがついている。  主に赤井町の住人やサラリーマンが、仕事帰りに一杯といった感じの大衆食堂や居酒屋が多い。  俺の住んでいる真島商店街とあまり変わらないな。  しかし、最近は時代ということもあって、田舎でも若い人々が狭い敷地を活かして、お洒落な店を開店している。  小規模でも流行れば、充分儲けられるんだから、すごいよな。  要は工夫だ。  しばらく、先生と一緒に歩いていると、一つの店の前で立ち止まる。 「さ、着いたぞ」 「え……ここですか?」 「はーっははは! しゃれとーだろ?」(洒落ているだろ?) 「いえ、普通ですばい」(普通ですね)  宗像先生が急にコテコテの博多弁を使ってきたので、俺もエセ博多弁で突っ込む。  店の名前は、『やきとり、鳥殺し』  酷いな……鳥さんたちに謝れよ。  どこが洒落ているんだ? ただの居酒屋、焼き鳥屋じゃないか。  困惑する俺を無視して、先生は店の赤いのれんをくぐり抜ける。 「おおい! 来てやったぞ! 今日はカレシも連れてきたからな!」  誰が彼氏だ!  店内に入ると、がたいの良い若い男性店員が何人もいて、大きな声で俺達をおもてなし。 「「「いらっしゃいませぇ~ どうぞ、どうぞ!!!」」」  バカみたいに叫ぶので、思わず耳を塞いでしまう。  店員たちは、皆同じ色の黒いTシャツを着ていて、黄色の文字でデカデカと店名である『鳥殺し』とプリントされていた。  小さな店だが、活気がある。  炭で肉を焼いているため、少し煙が目に染みるが、それよりもチリチリと立つ音が心地よく、また店中に漂う旨そうな香りが、腹の音を鳴らす。  俺達は、カウンターに通された。  店員からおしぼりを受け取った宗像先生は、メニューを見もせず、一言。 「いつものくれ、二人分」  なんて常連ぶりをアピール。 「はいよ! 宗像先生! いつもあざっす!」  若い大将だ。金髪のお兄さん。まだ20代前半か。  周りの店員もみな同じぐらい。  なんていうか、元ヤンって感じの風貌。  だが、感じは悪くない。 「新宮。お前はなにを飲む?」 「え、俺ですか? じゃあ、アイスコーヒー、ブラックで……」  と言いかけたら、先生に一喝される。 「バカヤロー! そんなもん、居酒屋にあるか! 酒を頼め!」 「い、いや、それは……俺、まだ未成年ですよ?」 「関係ないだろ! 今はデートという設定なんだ! 私と飲め! 大人のデートを味わないとちゃんとお前は小説に還元できないんだろ? じゃあ、飲め!」  なんて無茶苦茶な発想だ。  しかも、教師の言う事じゃない。 「ですが……法律は守らないと……」 「うるせぇ! タマの小さい野郎だ! もういい。私が頼む。おい、ハイボールを二つくれ!」  勝手に頼まれてしまった。  俺達の会話を聞いていた大将が苦笑いで「あいよ」とハイボールを作り出した。  マジで作るの? 「お待ちどう!」  ドンッ! とデカいジョッキがカウンターに二つ置かれた。   「キタキターっ! これと焼き鳥が合うんだよぉ~」  涎を垂らすアラサー教師。いや、ただのアル中。 「これ、マジで飲むんですか……」 「そうだよ! さ、乾杯するぞ!」  反抗すると殺されそうなので、とりあえず、ここは彼女に合わせ、乾杯してあげる。  まあ、あれだ。ひと口飲んだ振りして、逃げるしかない。  恐る恐るジョッキに唇を近づけると、なにか違和感を感じる。  香りだ。  これは……ジンジャーエール?  舌で舐めてみる。  確かにジュースだ。アルコールは感じない。  カウンターの奥で焼き鳥を仕込んでいる大将の方を見つめていると、俺に気がついたようで、ウインクしてきた。  近くにいた別の店員が耳打ちしてくる。 (あのさ、一ツ橋の生徒でしょ? 大丈夫、宗像先生に付き合わなくていいから。それ、ジュース) (え、まさか。卒業生の方ですか?) (うん。この店の従業員、みんなそうだよ) (あ、あざーす)  危うく犯罪を犯すところだった。  先輩たちに救われたよ……ありがとう。
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