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 ひなたと次の取材先を決めたは良いものの……。  店に戻ると、アンナがニコッと微笑んで、俺を待っていた。 「タッくん。誰と電話かな?」  声がめっちゃ冷たい。  疑われているのは間違いない。 「はは、仕事だよ。小説の方……」 「ふーん。出版社の人じゃないよね? 誰?」  ずいっと俺に小さな顔を近づける。  いつもならキラキラと輝く美しい緑の瞳なのに、どす黒い闇を感じた。 「あ、あの…その……あれだ! 取材だよ」  更に俺の顔を覗き込む。  その距離、わずか一センチほど。 「アンナ以外で取材する必要ってあるのかな? ひょっとして、ひなたちゃん?」  ぎゃあああ! エスパーかよ、こいつ。  怖すぎ。  ここは嘘をつくのをやめておこう。 「う、うむ。彼女もまたサブヒロインとして、ラブコメの取材対象の1人なんだ。どうしても協力してもらう必要があるんだ」 「へぇ……サブなんだ。メインはアンナなの?」 「も、もちろんだとも!」 「そっか。で、どこに行く気? まさか、またラブホじゃないよね?」  脅しだ……誰か助けて。  脇から大量の汗が吹き出す。  生きた心地がしない。  一連の会話を見ていたラーメン屋の大将が、割って入ってくる。 「なあ、ラブホにあの女子高生連れて行ったのかい? 琢人くん……おいちゃん怒るよ。アンナちゃんっていう本命がいるのにさ!」  お前は入ってくんな! 更に話がこんがらがってくる。  だが、アンナは冷静に対処する。 「大将さん。あの女子高生とタッくんはなんの関係もないの。ひなたちゃんっていうんだけど、悪質なストーカーでね。病的なまでの……。心を病んだあの子の妄想に、優しいタッくんが付き合ってあげているだけだよ☆」  勝手に病人にされている!? 「そうか。あの子、元気そうに見えたけど、かわいそうな子なんだなぁ。若いのに……」  酷すぎる。  確かに、ひなたは度が過ぎる時もあるが。  大将をなだめると、アンナは再度、俺を見つめて、こう言う。 「さ、ひなたちゃんとどこに行くか……教えて☆ 大丈夫、タッくんは浮気なんてしないって、信じているから☆ さぁ、教えて。教えるだけだよ☆」 「……」  怖すぎる!  これ、教えたらどうなるんだ? 流血沙汰にならないか? 「えっと……海の近くです…」  間違ってはないだろう。  この前、アンナと行った海ノ中道海浜公園の近くだからな。  恐る恐るヒントを与えてみると、アンナの瞳に輝きが戻る。 「そっかぁ。海だね☆ 安心した☆」  え、どう安心できたの?    ※  ラーメン屋を出て、博多駅に戻る。  未だに花火大会帰りの客で溢れかえっていた。  駅舎の中では、たくさんの駅員が立っていて、ホームまでの案内や規制などをしていた。  アナウンスが流れてきて、列車に乗るのも人数制限しているのだとか。  また帰るまで、時間がかかりそうだ。 「タッくん。遅くなっちゃうね」 「ああ。もう夜の11時近いのにな。家に帰ったら、12時回るかもな……」  と、ここで、ふと気がつく。  あれ? アンナっていつも取材する時、博多駅で待ち合わせしていたような。  必ず別れる時は、改札口あたりで手を振っていたような。  ていうか、行きの電車で初めて一緒に乗った気が……。  だが、今はどうだ?  ホームで一緒に並んで立ち、小倉行きの列車を待っている。 「なあ、アンナってどこに住んでいるんだ?」 「え? いつも言っているじゃん。アンナは遠い田舎の……はっ!?」  俺に話を振られて、目を見開く。 「だって、いつも博多駅でお別れだったじゃないか? 家は反対方向じゃないのか?」  そうツッコミを入れると、額から大量の汗を吹き出す。 「あ、あれだよ! 今はね。夏休みでしょ? だから、ミーシャちゃん家にお泊りしてるんだよ☆」 「なるほど……じゃあ、もういっそのこと、ヴィッキーちゃんとミハイルと三人で暮らせばいいじゃないか。遠方から来るのも大変だろうし、俺も女の子のアンナを1人で遅く帰すのは、良くないと思うんだ」  ちょっと、意地悪してみる。 「た、タッくんは優しいね……でも、大丈夫。駅までミーシャちゃんが迎えに来てくれるし……」  自分で自分を迎えに行くって、死ぬのか? 「そうか。まあ俺はいつでもアンナを送るつもりだから、その時は言ってくれ」 「う、うん☆ こういう時、男の子は頼りになるよね☆」  お前も男だ。  結局、一時間以上待って、列車が到着し、地元の真島駅に着いたのは、深夜の12時。  俺だけ1人でホームに降り、自動ドアが閉まる。  アンナは寂しそうに手を振っていた。  もう席内にいるっていう設定の方が楽じゃないのか。
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