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 花火大会、当日。  俺は夕刊配達を終えると、シャワーで汗を流す。  いつも通りの格好。タケノブルーのキマネチTシャツと着慣れたジーパンに着替える。   朝方、アンナからL●NEで連絡があり、 『午後5時の博多行き列車、3両目で待ち合わせよ☆』  と約束した。  地元の真島駅に向かうと、異様な光景が。  カップルばっかり……。  その他にも、女子中学生や女子高生らしき若い女子達が、みな色とりどりの浴衣を着て駅に集まっていた。 「クソッ、リア充共は死ね!」  って毒を吐いてみたが。  あれ? 俺って今年はデートしてない?  と気がつく。  いやいや、相手は女装男子。  まだリア充ではない。  駅のホームも夕方なのに、たくさんの若者でごった返していた。  大半が浴衣女子。  あとはそれにくっつく彼氏達。  あまりの人混みに酔いそうになる。    こんなに花火大会って人気なんだなぁと、初めて痛感した。  しばらくして、博多行きの列車が見えてきた。  だが、なんだか様子がおかしい。  遅い。ホームに到着するからとはいえ、減速ってレベルじゃない。  のろのろと、まるで老人の歩行速度だ。  その原因は列車内の乗客だ。  あまりの人の多さに、本来の列車の速度を出せないでいるようだ。  車体がちょっと斜めに傾いている。  やっとのことで、ホームに到着する。  プシューと自動ドアが開けば、そこには地獄絵図が。  人と人が絡み合うように、一切の隙間が与えず、ぎゅうぎゅう詰め。  こんな満員電車見たことない。  そして、真島駅には誰も降りないから、質が悪い。 「うう……」 「きつい……」 「乗るなら早く乗ってぇ……」  なんてリア充共がほざく。  乗れるのか、これ?  とりあえず脚を進めるのだが、片脚が車内に入っただけで、それ以上は奥へと進めない。  困っていると、後ろにいた浴衣女子たちに寄って、無理やり押し込まれる。 「むおおお!」  首は天井を向き、右手はなぜか真っ直ぐ伸びて固まる。左手は後ろの誰かの尻に当たっている気がする。きっと男だろう。  このまま発車するのか?  と思った瞬間。 「タッくん! そこにいるの?」  どこからか、アンナの声が聞こえてきた。 「ああ! ここだ。今日は仕方ないから、博多駅について落ち合わせよう」  今も顔が変形してしまうぐらい圧迫されて、息苦しい。  いつものように、仲良く二人で電車には乗れそうにない。  だが、アンナはブレなかった。 「そんなのイヤァ! 初めての花火大会なんだから、二人で行くのぉ!」  車内に響き渡るように叫び声をあげる。  その直後、ドドッと人々が波のように倒れてしまった。  もう一つ隣りのドアから、強制的に人々がホームへと叩き出される。   「グヘッ!」 「ぎゃあ!」 「痛い!」  そして、残ったのは、1人の浴衣少女。  長い金髪をお団子頭にして、桜のかんざしをさしている。  紺色の浴衣には、かんざしと同様のピンクの桜が刺繍されていた。  足もとは茶色の下駄。花尾はこれまた可愛らしい桜だ。 「タッくん! みんなが空けてくれたよ☆ こっちにおいでよ☆」  ファッ!?  お前が馬鹿力で叩き出したんだろ!  犯罪だよ!  ホームに倒れ込む人々を見ると、何人かの女子が膝をすりむいて、出血していた。 「えぇ……」  さすがの俺もドン引き。  俺の周りにいた客たちもバイオレンス美少女に震えあがる。  こちら側はまだぎゅうぎゅう詰めだというのに、 「どうぞどうぞ」  と俺をアンナの元へと道を開ける。  いや、恐怖から無理やり押し出された。 「ふふっ、やっと二人になれたね☆」  アンナが優しく微笑むと、プシューとドアが閉まる。  あれだけの満員電車だったというのに、俺たちの空間だけ、ガラガラ。 「アンナ……」 「ん、なに?」  キラキラと輝くグリーンアイズが今日も可愛い。  だが、他人からしたら、恐怖でしかない。 「今度から花火大会に行くときは、タクシーで行こう……」
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