ミハイルは俺に告白したあと、フラれたショッックから落ち込んでいた……と、思っていた。 どうやら、一週間の音沙汰なしは、妹のかなでと裏でなにやら、コソコソと連絡をとりあっていたらしい。 詳しい経緯については、またかなでから事情聴取するとして……果たして、あの変態妹が俺の問いに正常に答えられるだろうか。 例の電話、(土曜日に会う約束)以来、またピタッとミハイルからの連絡がとまった。 あいつのことだ……またなにか、良からぬことでも考えているに違いない。 知らんけど。 数日後、金曜日の夜のことだった。 スマホのアラームが鳴る。着信名はミハイル。 「もしもし」 『あ、オレだけど☆』 でしょうね。 「明日のことか?」 『うん☆ 博多駅のしろだぶしのぞうに朝の10時な☆』 「え? ぞう?」 『じゃあ明日な☆』 ブツッと一方的な切り方が耳障りだった。 しろだぶしのぞう? ……あ、『黒田節の像』のことか。 バカだから困るわ~ ないわ~ まったくミハイルのやつときたら、必要事項以外は、愛想のないやつだ……。 と、思っても、別に俺とヤンキーのあいつとでは、交わす言葉なぞないがな。 翌日、俺は『世界のタケちゃん』のギャグ(キマネチ)がおしゃれな『タケノブルー』のTシャツとジーンズを着て、真島駅まで向かった。 もちろん、いつもの小説専用ノートPCが収納されたリュックサックを背負っている。 駅のホームに立ち、スマホに目をやると『8:58』 約束の時刻よりも、一時間も前に列車に乗った。 フッ、今度こそ、俺が先に待ち合わせ場所につくだろう。 思えば、博多駅なんぞ映画を見に行くこと以外、なにもなかったな。 しかしなぜ待ち合わせ場所が、わざわざ遠方の博多なんだ? 俺が住んでいる真島駅からも30分ほどだ。 ミハイルが住んでいる席内駅から、したら40分もかかる。 都会に興味でもあんのかな? 列車に揺られること数十分、車掌の声が車内に響き渡る。 『次は博多~ 博多~ 博多駅です』 列車内の人々は大概この駅で全員おりる。 福岡市に住んでいる住民は、博多駅に必ずと言ってなにかを求める。 それは博多が福岡市において『入口』や『玄関』ともいえる都市部だからだろう。 仕事にいく人もいれば、勉学や娯楽、出会い、買い物、その他多種多様なもの、目的が全て揃うのが博多という街だ。 福岡ビギナーの方々には、ぜひとも博多駅に観光にいくべきだ。 一日あっても遊び足りないぐらいの複合商業施設なのだから! まあ人間嫌いな俺からしたら、『今』の博多駅は好きではないが。 むかしのきったねー頃の、博多駅の方がなにかといいな。 綺麗な建物に建て替えれば、おのずと人も入れ替わる。 慣れしたんだ人や店も全て消え失せるのだ。 と、個人的な想いにふけるのはさておき、博多駅の改札口を降りれば、西側が表口と思ってもよい、『博多口』が見える。 そして、反対の東側には裏口と思ってもよい、『筑紫口』がある。 ミハイルが指定したのは、主に待ち合わせ場所として多用される、一番わかりやすい『博多口』だ。 博多口から出れば、広々としたロータリーやイベント、テレビなんかもよく取材に来る賑やかな場所だ。 駅舎から博多口に足を進める、季節は春から初夏にむけて日差しが強くなってきている。 だが、いい天気だ。 こんな日に友人と博多駅を悪くないと思えるのは、相手がミハイルだからだろうか? しかし、ミハイルのやつ。 いとこなんて、俺に会わせてどうする気だ? まさかとは思うが、いとこと一緒に俺をボコボコにしちまう気か……告白をフッた怨恨で。 いや、笑えない。 そうこうしているうちに、博多駅のマスコットといえる『黒田節の像』こと、『母里太兵衛』様とご対面。 俺にはようとわからん存在だが、盃と槍を持つ粋なおっさんだということは理解している。 『彼』の足元には一人の少年が立っていた。 迷彩柄のショートパンツに、胸元ザックリ開いたタンクトップ。 金色の髪を首元で束ねている。 緩やかな風と共に、左右に垂らした前髪がゆれる。 地面を寂しそうに見つめている。 まるで、迷子のように心細い顔をしていた。 「ミハイル」 俺が声をかけると、彼はエメラルドグリーンの瞳を見開いて、口元を緩める。 はにかんだ顔がとても愛らしい。 「タクト~☆」 そげん大声をださんでもよか! 「お前、また早くついたのか?」 スマホの画面を見れば『9:22』 「え? 遅刻したら悪りぃからさ……ちょっと早く来ちゃった☆」 来ちゃった☆ じゃねー! 「どれぐらい前からだ?」 「えっと、家を出たのが朝の6時前ぐらい……だから、着いたのは6時半ぐらい☆」 「はぁ!?」 俺がまだ朝刊配達しているころじゃねーか! 「す、すまない……以後気をつける」 いや気をつけるって……もう俺ではキャパオーバーだがな。 「いいって☆ 待つの楽しいし」 え? ストーカーですか? 帰ってもいいですか? ちょうど、交番が『黒田節の像』の近くにありますけど? 「ところでミハイル。お前のいとこってのは?」 「あ……あいつ、もうすぐ着くらしいんだ。ちょっと田舎のやつでさ」 「ほう」 「だから……方向音痴なんだ。オレがちょっと迎えにいってくるからさ。タクトはここで待っててくれよ!」 「へ?」 「すぐ呼んでくっから☆」 ええ!? 俺ってば放置? めっさ笑顔で走り去るミハイル。 いったい、どういうことだってばよ!? ~1時間後~ 「おっせぇぇぇぇぇ!」 どんだけ待たせるんだよ、ミハイル! 聖水か? それとも、お前が方向音痴で迷子になったのか? 夢の国の『ネッキー』の着ぐるみにでも会えたか? 「はぁ……」 スマホを取り出し、初めて俺からミハイルに電話をかけた。 『トゥルルル……おかけの電話番号は……』 「出ないな」 数回電話したが、一向に出る気配がない。 「どういうことだ?」 ピコン! と通知音が鳴る。 ミハイルからのメールだ。 『タクト、わりぃ! オレ、ねーちゃんの手伝いしないといけなくなった。また今度な☆』 「はぁぁぁぁぁ!?」 おめーが呼び出しといて、そりゃねーぜ! かっぺムカつく、ぶちムカつく。 怒りを通り越して、呆れかえっていた。 ため息をつき、「せっかくだし映画でも見るか」とポジティブな考えにシフトチェンジする。 「アホらし」 そう捨て台詞を吐いて、その場を立ち去ろうとした、その時だった。 「あ、あの……」 とてもか細い声だった。 聞き取りにくく、ひそひそ声のよう。 「え?」 「あ、あの……わたし……」 その子は、こちらと地面をチラチラと交互に上下して見つめている。 どうやらかなり緊張? それとも怖がっているような仕草がうかがえる。 「タクトさん……ですよね?」 目の前には妖精、天使、女神……どの言葉でも表現が足りなぐらいの美人が立っていた。 胸元に大きなリボンをつけて、フリルのワンピースをまとった女の子。 カチューシャにも、同系色のリボンがついている。 美しい金色の髪を、肩から流すようにおろしていた。 時折、風でフワッと揺れる。 「キャッ」とスカートの裾を手で必死に押さえる姿は、とても女の子らしい仕草だ。 「あの……ミーシャちゃんから呼ばれてきました」 「え!?」 「わたしじゃ……ダメですか?」 脅えた表情が、また男心をくすぐる。 守ってあげたい、この子を! 「ダメですか?」 全然! 「いや、ミハイルはどうした?」 「ミーシャちゃんは……おうちのことで帰ったみたいですよ☆」 初めて見る笑顔だ。 エメラルドグリーンの瞳がとても美しい。 フリルのワンピースは可愛らしいが、丈が膝上とけっこうミニだ。 色白の美脚が大いに楽しめるからして、男の俺からしたらなんてご褒美だ。 この子を見ているだけで、数時間は待ちぼうけしてもいい。 「は、はじめまして。わ、わたしは古賀 アンナです☆」 「アンナか、認識した。俺は……」 ていうか、アンナちゃん? お前、ミハイルだろ! 一体どうなってんの? まさか死んで転生してきちゃったの? 「俺は新宮 琢人だ。よろしく」 手を差し出すと、彼女が白く細い手で俺を包み込む。 「はい☆ タクトさん、今日は一日、よろしくお願いします☆」 「了解した」 って……なに了解しちゃってんの俺! ど、どうしよ~ なにこれ~ 「ま、まかせろ。博多のことなら、どんとこいだ!」 「嬉しいです☆」 ひょえ~ もう俺は知らん!
コメントはまだありません