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 アンラッキー? なことに、俺はまたしても女物の下着を履くことになった。  とりあえず、アンナが心配していたので、トイレからベッドに戻る。  俺が「悪かったな、下着」と言うと、彼女は頬を赤らめて、視線を落とす。 「こ、今回だけだからね……帰ったら捨ててよね、絶対」 「了解した」  絶対永久保存しとく。  彼女は俺のことをすごく心配していたようで、とりあえず、尻はなにかぶつけたことにしておいた。  そう説明すると安心して、またマッサージを続けたいと言われた。  今度は仰向けに寝て、腕や脚を揉みほぐされる。  手のひらのつぼや、指を一本ずつ関節ごとに優しく押してくれる。 「あぁ~」  思わず、声がもれる。  気持ち良すぎる。 「ふふ☆ タッくん気持ちいい?」 「アンナ、本当にうまいなぁ……」  急に眠気が襲ってくる。  ウトウトし始めること数分で、俺は寝落ちしてしまった。  ~数時間後~  スマホのアラームで目が覚める。 「しまった!」  咄嗟に身を起すと、部屋には誰もいなかった。  ベッドから立ち上がり、彼女の姿を探してみる。  近くのローテーブルに一枚のメモが置いてあった。  可愛らしいネッキーがプリントされたメモ紙。 『タッくんへ。気持ち良そうに寝ていたから、起さないでおくね。アンナは先に福岡に帰ってるよ☆ また取材しようね☆』 「そうか……悪い事したな」  あれだけ長時間マッサージまでしてくれたというのに。  別れも告げられなかったのか。  ん? ということは、本体のミハイルはどこにいるんだ?  スマホで現在の時刻を見れば、『7:32』  朝食の時間だ。  昨晩食べたレストランで、ビュッフェが用意されていると聞いた。  この部屋にアンナがいないのなら、彼も今頃朝食を取りにいっているのだろう。 「俺もそろそろ飯を食いに行くか」  と部屋を出る前に、尿意を感じた。  トイレに向かう。 「ほわぁ~」  あくびをしながら、ガチャンと扉を開く。 「あ」  目の前にいたのは、ポニーテール姿のミハイル。  便座に座っていた。  俺と目が合うと、 「あぁ……」  と嘆く。  真っ青な顔で。  俺も身動きが取れずにいた。  ドアノブに手を回したまま、硬直している。  当のミハイルと言えば。  左手でトイレットペーパーを手に取り、右手で丸めている最中だった。  いつも履いているショートパンツは、膝あたりまで降ろされている。  もちろん、下着もだ。ライムグリーンのボクサーブリーフ。  しかし、それよりも俺は、とあるものに釘付けになってしまう。  それは彼の股間。  一言で表現するならば、粉雪。  草が一つも生えてない未開拓地。  そこに真っ白な雪が積もり、キラキラと輝く。  小さすぎる……手乗りぞうさん。  15歳にしては、あまりにも矮小な短刀。  か、カワイイ。  気がつくとその言葉が、頭の中に浮かんだ。  俺はノンケだし、バイセクシャルでもない。  なのに、なんだ。この胸の高鳴りは……。  こんなに小さくてパイテンなおてんてん、見たことないよ!  可愛すぎる、ミハイルの!    なにか似ている。  はっ! わかった。  博多銘菓の『白うさぎ』だ!  紅白饅頭で、マシュマロと白あんで作られたうさぎの形の和菓子。  もちろん、白い方だ。  となればどこからか、聞こえてくる。  あのCMの歌が。 『白うさぎ~ 白うさぎ~ あなたのお目めはなぜ青い~?』  とここまでの体感時間、10分ぐらいなのだが。  実際は、お互いに固まっていること、数秒に過ぎない。  ミハイルは俺の顔を見て、咄嗟に太ももを内側に寄せ股間を隠す。  驚きの表情から、顔を真っ赤にさせて、近くにあったものを俺目掛けて投げまくる。 「なに、開けたままにしてんだよ! 早く閉めろよ、タクトのバカバカッ!」  石鹸や歯磨き、シャンプーのボトルなどが、次々と俺の顔面にブチ当たる。  が、俺は未知の小動物を発見してしまったので、身動きが取れない。 「白うさぎ……」 「何言ってんだよ、バカッ! 早く出てけ!」 「ああ、すまん……白うさぎ」  そう言って、トイレのドアを閉めた。  閉めても未だに、扉の向こうからはミハイルの怒号がこちらにまで響き渡っている。  しかし、彼の声が俺の耳に届いてくることはない。 「白うさぎ……白うさぎ」  気がつけば、ずっと連呼していた。  それからの意識は、ない。  後々、ミハイルから聞いたが、俺の状態がおかしくて、ろくに歩けなかったらしい。  朝食も彼に引っ張られて食べに行ったものの、ピクリとも動かないので、彼が献身的に介護したらしい。 「あーん」とスプーンを俺の口に寄せても。 「うさぎだぁ~ うさぎさん~」  と笑っていたらしい。    気がつくと、俺は福岡に帰っていた。  心配したミハイルが自宅まで送ってくれたらしく。  意識を取り戻したのは、次の日の朝だ。  自室の学習デスクに紙袋が一つ置いてあった。  博多銘菓『白うさぎ』  妹のかなでが、俺に向かって訊ねる。 「おにーさま? やっと正気に戻りましたの?」 「はっ!? 俺は一体今までなにを……」 「ミーシャちゃんが心配してましたわよ。別府温泉に行ったのに、わざわざ博多銘菓の『白うさぎ』を買う買うっていう事を聞かなくて、困っていたらしいですわ」 「え、マジ?」 「はいですわ。帰って来てもずぅーっと、あれを食べてましたわね。普段食べないのに。5箱も食べてましたわ……」 「……」  なんだか、急に胃が痛くなってきた。  こうして俺の初めて旅行。  そして、一ツ橋高校一年目の春学期は、無事に終業したのである。

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