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 風呂上がり、いつものルーティンでリビングに向かう。  冷蔵庫のキンキンに冷えたコーヒーをとるためだ。  もちろん、背後にはミハイルもいる。  きゃわゆ~い女物のフリルとレースのピンクパジャマ(ショーパン)  俺は「本当に『それ』でよかったのか?」と一度訊ねたがミハイルは「ん? なにが?」とキョトンとしていた。  意味がわからん。  自分なら罰ゲームとして屈辱を噛みしめるが……。 「ミハイル、お前はなにを飲む?」 「んと……」  冷蔵庫の中を二人してのぞき込む。  ミハイルの髪からほのかに甘い香りを感じた。  頬もくっつきそうなぐらい近距離で、ミハイルは飲み物を物色する。  こいつ……女だったら最強だったろうな……いろんな意味で。 「じゃあ、オレはこれ☆」  手に取ったのはいちごミルク。  これまたカワイイご趣味で。 「いただきまーす☆」 「ああ」 「うぐっ……ごくっ……」  なんだ? いやらしい音に聞こえるのは俺だけか? 「プッ、ハァハァ……おいし☆」  よかったね、満面の笑みが見られて、嬉しいです。 「ミーシャちゃん! あとでパジャマパーティーですわよ!」  と現れた妹のかなで。  その姿はブラジャーとパンティーのみ。  キモい巨乳がブルンブルンと上下に揺れて、身震いが起きそうだ。  まあ見慣れた格好ではあるのだが。(うちの女性陣は基本裸族) 「か、かなでちゃん!?」  顔を真っ赤にするミハイル。  フッ、お前も童貞なんだろうな。 「タクト! 見るな!」  眼前がブラックアウト……。  どういうことだってばよ?  ミハイルが赤面していたのは、恥じらっていたからではない。  どうやら、怒っていたようだ。 「かなでちゃん! 早くお風呂場にいって!」 「なんでですの? これはおにーさまへの今晩のおかず提供ですが?」 「おかず? さっき食べたじゃん!」  会話になってない。  俺は視界を塞がれたまま口を動かす。 「かなで。お前の裸なんぞ、俺の脳内では生ごみに分類されている」 「ひどい~! ですわ~」  ドタバタとやかましい足音が響く。  どうやら、その場をさったようだ。  だが、依然と俺の視界はブラック企業なんだが? 「なあミハイル? もうかなでがいないなら、手を放してくれ」 「あっ……ご、ごめん……」  視界がしばらくボヤけていた。  目をこすると、俺の前には一人の可愛らしい少女がいた。  ……だったらよかったのに!  ミハイルは頬を赤らめてこちらをチラチラと見つめている。  どうやら俺の顔に触れていたのが、恥ずかしかったようだ。 「さ、ミハイル。そろそろ寝るぞ」  アイスコーヒーを一気に飲み干すと、自室へとミハイルを連れていく。 「え? もう寝るの?」 「ああ、俺は明朝に仕事がある」 「タクトって小説家以外にも仕事してんの!?」  そげんビックリせんでも……。 「新聞配達を朝刊、夕刊としているが……」 「それって朝は何時から?」 「明日は午前3時だ」 「わかった!」  ん? 何がわかったんけ?  自室に入るとスマホのランプが点灯していることに気がついた。 『一通のメッセージ』  スマホのアドレス帳といえば、母さん、かなで、それか死んだことになっている六弦ろくげんとかいう男。  それ以外は『毎々まいまい新聞』の店長、一ツ橋高校。  あとは……。  スワイプすれば、ゆるキャラのアイコンだ。  間違いない、ヤツだ。 『先生、はじめてのスクリーングどうでしたか? そろそろ好きな子とかできませんでした?』    できるか! ボケェ!  怒りで手が震える。  こんの『クソ編集』の思いつきで、俺は一ツ橋高校に通うことになったんだ。  好きな子だと……。 「タクト? 誰からメールなんだ?」  怪訝な顔つきで俺をのぞき込む、美少女……。  じゃなかった古賀 ミハイル。 「ああ、コイツか? クソきもいババア」 「ば、ばばあ?」 「そうだ、『もう1つの仕事』の相手だ」 「もーひとつ? ん……あ! 小説のほうだな☆」 「そういうことだ」 「すげーんだな、タクトって☆ 1つも仕事こなして」  そんな羨望の眼差しせんでも、よかろうもん。 「でも……どうして、タクトの年で仕事してんだ?」  よくぞ聞いてくれた。 「さっき夕飯のときにも触れたが、六弦とかいう父親が関係している。我が家はほぼ俺の収入で暮らしている」 「え!?」 「というのもだ……母さんの美容室は人を選ぶし、(BLなだけに)一日に10人も集客できない」 「そうなんだ……でも、六弦さん? とーちゃんが働いているんだろ?」 「うむ、残念だが六弦は無職だ」 「……え?」  その反応が通常だ。 「ヤツのことをかなでが『ヒーロー』と呼称していただろ? まんまだ」 「ど、どういうことだ?」 「六弦はその名の通り、自称『スーパーヒーロー』というボランティア活動をいきがいとしている。だが、その実は無職であり、俺から毎月3万円も無心してくるクズ中のクズだ」  新宮 六弦。36歳にして無職。ボランティア活動を生きがいとし、震災や災害時には現地にかけつける伝説の男。  助けられた人々からすれば、ヒーロー扱いなのだが、家族の方からすればさっさと「ハローワークいけや!」が第一声なのだが、母さんが許しているのだ。 「オレ……知らなかった……」  拳をつくりプルプルと震えるミハイル。  そうか、お前も怒ってくれるか。 「か……カッコイイ!」 「え?」 「タクトのとーちゃんって超かっけーのな☆」  ファッ! 「な、なにを言っているんだ? 息子を働かせる父親だぞ?」 「でも……見返りを求めないで、こまっているひとたちを助けているんだろ!?」  それって美化しすぎてません? 「確かにそうだが……」 「オレ、タクトのとーちゃんに会ってみたい☆」  そんなに目をキラキラさせんでも。 「だがそれは無理だ。ヤツは日本各地を飛び回っていて、冠婚葬祭をのぞいたら年に3回ぐらいしか帰ってこんぞ? 電話もなかなか出ない」 「そっか……」  ミハイルが肩を落とす。  ふと、視線を壁に向ける。  時計の針は、深夜の0時を指そうとしていた。  いかん! 睡眠時間が大幅に削られていく。 「すまんがミハイル。俺は寝るぞ」 「え!? さびし……。な、なんでもない!」  驚いたり怒ったり忙しいヤツだ。 「でも、かなでちゃんとパジャマパーティーするから安心だゾ☆」  なにが? 「じゃあ、おやすみな」 「うん、タクト……今日はありがとう☆」  はにかむミハイル。 「どうした? 急に改まって」 「なんでもない☆ おやすみ☆」  俺は二段ベッドの梯子をのぼり、布団に潜った。  その日は初めてのスクリーングもあってか、五秒で寝落ちした。
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