作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。
「いいがぁ? ぼうず……」  もう呂律が回ってないよ、ヴィクトリア。  かれこれ、数時間も俺はこの酔っ払いにからまれている。  寝ちゃダメなの、俺は?  スマホをチラ見すると『2:58』。 「あの……」 「なんだぁ? あたいとエッヂなことでもじだいのがぁ?」  はぁ、疲れるな、独身アラサーの酔っ払いは。 「俺、そろそろ帰っていいですか?」  なぜならば、あと一時間で朝刊配達が始まるからだ。 「なんだと!? 泊っていけったろ、坊主!」  急に立ち上がるヴィクトリア。  なぜか巨大なクマさんのぬいぐるみを抱えている。  よっぽど好きなんだな、クマさん。 「いや、俺。仕事があるんで……」 「仕事だぁ? こんな時間に働く仕事なんてあるのか?」  あるわ、ボケェ! 「新聞配達やっているんです。朝刊と夕刊」 「……ほう、坊主。勤労学生だったのか」  勤労って……。 「なら仕方ないな……だが、電車は動いてないぞ?」  げっ! そうだった!  ど、どうしよう? タクシー使ってもいいけど、金がかかる。  ただでさえ、うちは俺の収入でどうにかやっているのに……。 「あ、歩いて帰ります……」  泣きそう! 「席内からか?」 「はい」  歩いて一時間くらいか。徹夜でウォーキングとか苦行すぎ。 「坊主、バイクの免許持っているか?」 「原付なら……」 「ならあたいのバイクを貸してやる」  そう言うとヴィクトリアはよろけながら立ち上がる。 「ヒック……こっちこい」 「はぁ」  手招きされて、家を出る。  去り際、ミハイルの寝顔を拝んて行く。  やはり、こいつは可愛いな……。 「ミーシャのことなら後であたいが伝えておくよ」  見透かされたようにツッコまれる、俺氏。  ヴィクトリアはミハイルの女装の件を把握しているのだろうか?  家を出ると春先とはいえ、夜中だ。けっこう冷える。  階段を下りて、裏庭に出ると物置が見えた。  ヴィクトリアは物置を開くと、ビニールシートで覆われた大きな物体の埃を落とす。 「久しぶりだからな……動くかな?」  なんか嫌な予感。  彼女がビニールシートを勢いよく取り払うと、そこに衝撃のバイクが! 「こ、これは……」  バイク全体がピンク色で塗装されており、所々にハートやおなじみのクマさんのステッカーが貼られている。  痛車? 萌車? なにこれ? 「あたいの愛車、『ピンクのクマさん号』だ☆」  まんまじゃねーか。 「懐かしいなぁ、さっき見せた写真あっただろ? あの頃に乗り回してたんだ」  族車だった……。 「お借りしてもいいんですか?」 「は? やるよ?」  いらねぇ! 「それはさすがに……」  絶対にお断りしたい代物だからな。 「なんだと、坊主……あたいの宝物が気に食わないってのか!?」  腰をかかがめて、睨むヴィクトリア。  あの……キモい巨乳が露わになってます。『中身』も見えそうだから、やめてください。 「いえ、宝物ならなおさら……」  俺がそう言うと、ヴィクトリアはニッコリと微笑む。 「だからだろ☆」 「へ?」 「あたいの宝物はミーシャ。そのダチなんだ……」  ヴィクトリアは優しく笑いかけて、俺の頭を撫でる。 「だから坊主に託すよ」  それ俺に託しちゃダメだろ。ミハイルに託せよ。 「ガソリンは入っているんすか?」 「ああ、こんな時のためにちょくちょくメンテしていたからな」  クソッ! 歩いた方がマシじゃねーか。 「じゃあお借りします」 「やるっつたろ!」  クッ、忘れてないのかよ。酔っぱらいのくせして!  俺は痛い族車にまたがる。  ヴィクトリアは満足そうに微笑む。 「よく似合っているぞ、坊主」 「は、はぁ……」  バイクに鍵はつけっぱなしだ。  鍵を回すとエンジンが音を立てて、俺に挨拶する。  ものは悪くない。しかし、問題は見た目。 「また遊びに来いよ? 坊主」 「はい……何からなにまでお世話になりました」  もう二度とお世話になりたくない。 「いいってことよ☆」  俺はアクセルを回して、ゆっくり裏庭から発進する。  店の前まで来ると、商店街は人っこ一人いないことが確認できた。 「坊主!」  振り返ると、ヴィクトリアがわざわざお見送り。 「はい?」  バイクに乗っている俺に近寄り、耳元でささやく。 「ミーシャを泣かしたら……おめぇ、殺すからな☆」  一回泣かしたから死刑宣告かな? 「はは……俺とミハイルは仲良いですよ?」 「ならいいんだ☆」  ヴィクトリアは数歩下がり、両手を腰にに回す。  夜風に吹かれて、美しい金髪が揺れる。  優しく微笑む彼女はまるで、映画のヒロインのようだ。  やはり姉弟だな……。  巨乳じゃなかったら惚れていたかもしらん。 「じゃあ、また……」  俺はアクセル全開でエンジンをふかす。  ヴィクトリアは笑顔で手を振っている。  不思議な女性だ……。  この人のもとで育ったからこそ、ミハイルはあんなにキラキラと輝く少年になったんだろうな。  俺は夜道を族車で、走る。  思い起こせば、こんなに人とちゃんと接したことはなかったろうな。 『そこの原付! 止まりなさい!』  ミラー越しに背後を確認すれば、パトカーがサイレンを鳴らしている。 「あ……ヘルメットしてなかった」
応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません