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 体操服に着替えた一ツ橋高校の生徒たちは、グラウンドに集まった。  日頃は中々使わせてもらえない大きな運動場。  いつもはここで、全日制コースの部活動が行われている。  だが、今日はもう夜の7時を迎えようとしている。  三ツ橋の生徒たちは、着替えを済ませて、俺たちとは反対にグラウンドから退場していく。 「まったくこんな時間から授業を始めるなんて、宗像先生は一体どんな思考回路をしているんだ? 終わるころには深夜だろ。未成年が帰る時間じゃないぞ……」  そう言いながら、運動場の真ん中に立つ。  俺の隣りにはミハイルがニコニコ笑って並んでいた。 「でも、こんな遅い時間に遊べる授業なんて楽しいじゃん☆ オレ、ワクワクすっぞ!」  え? 聞き間違えかな。  君はそんなこと言う人じゃないでしょ。著作権侵害で訴えられるからやめてね。    他の生徒たちはバラバラに散らばり、各々が好きな場所で座ったり、談笑したりしていた。  酷い奴らなんか、近くにあったサッカーボールで勝手に遊んでやがる。  なんともしまりのない運動会なんだ。  そこへ「ピーーッ」とグラウンドに設置されていた無数のスピーカーがハウリングを起す。  俺とミハイルは慌てて、耳を塞ぐ。 「うるせぇ」 「キャッ!」  いや、だからなんで君はいつも不意を突かれると女子になるの?  俺の目の前には朝礼台がある。  見上げると、目を覆いたくなるような光景が……。  もう何度も見ているけど、アラサー教師、宗像 蘭 (体操服とブルマとニーハイ)  エグい。 「あーあー、テステス」  わざとらしく咳払いすると、先生はこういった。 「これより、第一回ドキドキ深夜の大運動会を開始する! 全員、前にならえ!」  静まり返る運動場。  グラウンドに紛れ込んだカラスが虚しく鳴き声をあげる。  前にならえと言われても、誰も列を作ってないんだよね。    ミハイルが、なにを思ったのか、俺の前に立ち。  腰に両手をやる。  どうやら、背の低い彼が一番前ということらしい。  ふむ、ならば俺もミハイルの行動に従うか。  俺は前に腕をピシッと真っすぐに伸ばす。  ミハイルの背中に人差し指が触れると、彼は「アンッ」といやらしい声をあげた。  後ろに立っている俺からすると、この位置はとても素晴らしい。  なぜならば、クイッと小さなお尻に食い込むブルマが拝めるからだ。  普通、男子と女子は一緒に並ばないはずなのだが……あ、男同士だったね。    ミハイルと俺が二人して、朝礼台の前にピッタリ並ぶと宗像先生が嬉しそうに笑った。 「おお! 古賀は偉いなぁ。お前らも古賀を見ならえ! ちゃんと列に並ばないと欠席扱いにするぞ、バカヤロー!」  怒鳴る宗像先生の大声は、小型のマイクじゃおさまりきれず、またもや激しくハウリングを起こす。  それに驚いたというか、恐怖を感じた生徒たちがあれよあれよと、俺たちの後ろに集まる。  いい年こいた高校生たちがミハイルを先頭に、両手を伸ばし、前の人のとの距離を調整する。  なにこれ? ガキじゃん。  というか、生徒の集まりが少ないから一列しか、できてない。    通信制の一ツ橋高校は、入学している生徒数が100人以上いるが、スクリーングにちゃんと顔を出すものは限られている。  籍だけ置いといて、レポートも出さずにとりあえず身分だけ確保している、なんて輩もいるらしい。  だから、せいぜい集まっても30人ばかり。  この人数で運動会なんてできるのだろうか? 「よし、ちゃんと並んだな。それでは、我ら一ツ橋高校に牙を向く、クソどもの入場だ!」 「ク、クソぉ!?」  俺がアホな声でリアクションをとっていると、スピーカーから音楽が流れ出す。 『あか~い、あか~い、山に囲まれたぁ~ 我ら我ら~ あぁ~ あか~い、あか~い……』  もう赤いのは分かったから早く唄えよ! 『赤井のぉ~赤井のぉ~ 山にそびえたつ~ 我らが我らが~ 母校ぅ~』  うるせぇ、そしてしつこい。 『みっつ、みっつ、三ツ橋高校ぅ~』  あ、これ三ツ橋の校歌だったのか。  作詞家はクビにしたほうがいいと思う。  ピッピッピッと一定の調子で、笛を鳴らしながら行進する軍団が運動場に現れた。  先頭に立って、指揮しているのは黄金。  金ぴかに光るゴールデンブーメランパンツ。  たるんだ腹と胸をブルンブルンと上下に振るわせ、剛毛の手足、オプションで大量の汗を散らしながら、こちらへ向かってくる。 「あ、あのおっさんは……」  忘れることなんてできない。  そうだ、彼は一ツ橋高校の音楽を担当している教師。  名はまだ知らない。  ただ、言えるとしたら裸の指揮者。  それを目にしたミハイルが「うっ!」と拒絶反応を起こす。 「また、あのおじさんだぁ……」  どうやら、彼は前回のスクリーングで、あの裸体を見てからトラウマになってしまったらしい。 「こぉーしん! やめぇ!」  そう叫ぶと、裸教師の後ろに並んでいた生徒たちが、一斉に足を止める。  俺たちの隣りに列を作る。  よく見れば、みんな見たことのある奴らばかりだ。  三ツ橋高校の生徒たちだった。  水泳部の赤坂 ひなた、福間 相馬。  音楽の授業で叱られまくっていた吹奏楽部の生徒たち。  それから、以前、廊下で出会った生徒会メンバー。  全員が俺たちと同様の体操服を着用している。  ていうか、こっちがパクッている身なんだけども。  ちょうど、隣りに並んだ赤坂 ひなたに声をかける。 「おい、ひなた。なんでお前がここにいるんだ?」  俺に気がつくと、手を振って笑う。 「あ、新宮センパ~イ! この前は夜明けにお世話になりましたぁ!」  変な言い方するんじゃない!  君が一方的にストーキングしにきただけだろがっ!    それを聞き逃すミハイルではない。 「夜明け? タクト……聞いてねぇんだけどさ」  顔を半分だけこちらに向け、睨みをきかせる。  おお、こわっ。 「ご、誤解だよ。あとでちゃんと説明するから……」  って、なんで俺が悪い前提で話しているんだ? 「絶対だかんな!」  そう言うと、ミハイルは「フンッ!」と視線を元に戻す。  怒っているのは理解できるんだけど、それよりも気になるのはあなたのお尻です。  だって、なんか睨みきかしたりしているけど、女の子のブルマはいているもん。  可愛いし、触りたくなるじゃん。  なんだったら、顔を埋めたい。  俺がジッとミハイルの小尻を後ろから見つめていると、ひなたが叫ぶ。 「ちょっとぉ! なんでミハイルくんがブルマしてんのよ! 女の子しか履いちゃいけないんだよ!」  た、確かに……。  ビシッと人差し指をさすひなた。  彼女もブルマ姿で、小麦色に焼けた素足がいつもより良く見える。    ミハイルがひなたに気がつき、振り返る。 「別にいいじゃん。だってオレってさ、身体が細いから男子の服じゃデカすぎるんだもんっ!」  そんなことで、ない胸をはるな! 「ハァ!? なによ! 男の子のくせして、痩せていることを女の子の私に自慢する気!?」  地面をドカドカ蹴りだす、ひなた。  ミハイルは鼻で笑って、首元にかかっていた髪の毛を払う。 「たぶん、ひなたのブルマじゃ大きくて、オレは着れないもん」  それは彼女がデカ尻だと言いたいのか。 「キーッ! 言わせておけばっ!」  ひなたのやつ、男のミハイルに嫉妬してやがるぜ。  アホくさ。      ※  朝礼台の上には、ブルマ姿の宗像先生とゴールデンパンツの中年教師が立っている。  なんともカオスな光景だ。 「えー、では三ツ橋高校のみなさんに集まってもらったところで、開会式を始めようと思う! 互いのリーダーは前へ!」  宗像先生がそう言うと、事前に打ち合わせしていたかのように、三ツ橋からは坊主頭の生徒会長、石頭いしあたま 留太郎とめたろうくんが出てきた。  肝心の一ツ橋高校からは誰も前に出ない。  だって、そんな話聞いてないもの……。  宗像先生が、しびれをきらしたかのように、マイクに向かって叫ぶ。 「なーにをやっとるか! 一ツ橋の代表は新宮! お前だろうが!」  聞いてねーよ! 「俺?」  自身の顔を指してみる。 「今期の入学生で一番期待しているって言っただろがっ!」  それめっちゃ前に言われたことじゃん。  なに引きずってんの。  俺はため息をはく。するとミハイルが振り返って、胸の前で拳を作る。 「ファイト、タクト☆」  ふむ……ブルマ姿の可愛い子に頼まれちゃ、断りきれないよな。  渋々、前に出る。  隣りに立つ石頭くんが俺を見てこういった。 「新宮くーーーん! 元気ですかーーー!? 正々堂々とがんばりましょーーー!」  うるせぇーーー! 「りょ、了解……」  もう欠席扱いでいいから、早く帰りたい。
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