かれこれ、花火を観ること、二時間ほどか。 辺りは蚊が飛び交い、所々にビール缶が捨てられていて、少し酒臭い。 最悪の花火大会じゃん! それにせっかく屋台もたくさんあるのに、近づくことさえできないでいる。 スマホを見れば、現在『20:04』だ。 いい加減、腹が減ってきた。 アンナと言えば、俺のハンカチの上に小さなお尻をのせて、上空を満足そうに眺めている。 見ていて、なんだか哀れだ。 「あ、アンナ。そう言えば、報告しておきたいことがあるんだ」 「ん? なんのこと?」 「その、おかげさまで単行本の販売が決まったんだ。9月ぐらいに発売されるらしい。今までたくさん取材に付き合ってくれたおかげだ。礼を言う」 一応、頭を軽く下げておく。 すると、彼女は自分のように喜んでくれた。 「ホント!? タッくんと取材した思い出がついに紙の本になるんだね! おめでとう☆ でも、アンナは特になにもしてないよ。書いたのはタッくんでしょ☆」 なんて健気な女の子なんだ……って男の子だった! 「いや、アンナの取材がなければ、ここまで作品を仕上げることはできなかった」 「そ、そう? ふふ……嬉しい」 頬を赤くして視線を落とす。 だが、芝生はめっちゃ汚いけどな。 「なあ。ボチボチ腹が減らないか? 屋台で何か買いたいけど、この人出じゃ無理そうだ。夜もだいぶ遅いし、博多に戻って晩飯でも食わないか?」 もう限界、今すぐ店を探したい! 「そ、そうだね。アンナも少しお腹空いてきたところ……」 かなり我慢していたな。 その証拠に花火の音をかき消すぐらい、腹からグーグー鳴ってうるさい。 「じゃ、行くか」 「うん☆」 ※ 初めての花火大会はショボくて残念だったが、アンナが楽しそうにしていたから、良しとしよう。 俺たちは足早に会場を跡にした。 まだ会場に人々が残っているせいか、帰りの地下鉄は割と空いていた。 博多駅について、店を探す。 だが、どこも浴衣を着た若者やカップルで、普段ならすぐに入店できるレストランも満席。店の外に並べられたイスも埋っていてるし、その後ろにも行列が……。 一時間以上は待たないと、入れない状態。 こんな博多駅は初めて見た。 どこを回っても、同じ。 その間も、腹が減って仕方ない。 あまりの空腹で頭が回らない。アンナもヘトヘトになっていた。 お互い中身は10代の男子だからな。 「なあ、アンナ。博多駅内じゃ無理そうだ。ちょっと離れてもいいか?」 「う、うん……タッくんに任せるよ」 こりゃ、もうすぐHP尽きそうだな。 俺は近くの『はかた駅前通り』をまっすぐ進み、ちょっと人気のない通りに入り込む。 そうだ。この裏通りは、以前に二人で取材した場所。 例のラブホ通りだ。 だが、今日の目的はホテルじゃない。 俺の行きつけのラーメン屋。博多亭。 ここは地元民でもなかなか発見できない隠れた名店だから、リア充共は寄り付かない。 精々が仕事帰りの中年サラリーマンぐらいだ。 長年の脂で汚れたのれんをくぐって、カウンターに座る。 大将が俺の顔を見て、すぐに声をかけてくる。 「おっ、琢人くん! らっしゃい! 今日もどうせ映画帰りだろ?」 このおっさん。ちょっと殴りたい。 「いや。今日は違うよ。連れと大濠公園の花火大会に行ってきた」 隣りで腹を抱える浴衣美少女を親指で指す。 すると大将は顎が外れるぐらい大きく口を開いた。 「ひぇぇ! 万年童貞、根暗映画オタクの琢人くんが、浴衣美人と花火大会だってぇ!?」 もうこの店、来るのやめようかな。 「大将。前に会っただろ?」 「あ、連れって……あ、あの時の! アンナちゃんかい!」 「そうだよ。めっちゃ腹減ってるから、豚骨ラーメン二つ、バリカタで。あと餃子も」 「あいよ! 餃子はサービスにしておくよ! 美人のアンナちゃんだからね!」 ひでっ。アンナだけ優遇すぎだろ。 ※ 「スルスル……んぐっ、んぐっ…ゴックン! はぁはぁ、おいし☆ 生き返るぅ」 うん。そのいやらしい咀嚼音は、生き返ったね。 「アンナちゃん、浴衣似合っているね! 今日は替え玉無料にしてあげるよ」 「え、悪いですよ~」 「いいっていいって。ほら、琢人くんとデートしてくれたから。ね、おいちゃんからの感謝だよ」 「じゃあ、お言葉に甘えて……」 その後も食べる食べる。今4杯目。 俺はさすがに3杯で箸を止めた。 ま、アンナが美味しそうに食べる横顔が見れて、満足かな。 ジーパンのポケットが振動で揺れる。 手を入れて見ると、スマホが鳴っていた。 着信名は、赤坂 ひなた。 だが、ここで電話に出れば、アンナさんがブチギレること必須。 ちょうど大将と談笑しているし、店の外で電話に出ることにした。 「もしもし」 『あ、新宮センパイ! 今、暇でしょ!?』 いきなり失礼な奴だ。 「いや。あいにくだが、博多なう」 『ハァ!? センパイのくせして、こんな時間に?』 どいつもこいつも、俺を何だと思っているんだ。 『ま、どうせセンパイだから映画帰りでしょ。そんなことより、取材しませんか?』 勝手に設定作り上げるな! 「取材だと?」 『はい♪ 水族館“マリンワールド”です! 来週、行きましょ♪』 「水族館か、了解した。予定を空けておこう」 『じゃあ、また連絡しますね♪』 電話を切って、ふと振り返る。 窓から店内を覗くと、こちらを見つめている金髪の美少女が1人。 や、やべっ! 感づかれた! 優しく微笑んでいるけど、目が笑ってない。 急に悪寒が走り出した。
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