断るはずだった。 親父から借りたスーツのポケットに入れておいた退学届を、帰り際に出そうと思っていたのに。 俺があいつに出会ってしまったのが、予想外だったんだ。 「おい、お前! さっきオレにガン飛ばしたろ?」 あいつはいわゆるヤンキーで、初対面の俺にケンカを売ってきた。 俺が勘違いじゃないか? と答えたが、あいつはそんな答えでは満足しない。 「じゃあ……じゃあ、なんでオレの方を見てた!」 あいつは入学式だというのに、肩だしのロンT。中にはタンクトップが見える。そして、ショーパン。 という……露出の激しい格好で来やがった。 正直いって俺のどストライクゾーンだった。 「かわいいと思ったから」 「……」 一言。そのたったひとことが俺の失敗でもあり、はじまりでもあった。 「オレは……オトコだぁぁぁぁぁ!」 「へ?」 そうしてあいつは、俺めがけて奇麗なストレートパンチをお見舞いした。 「な、なにをする! 初対面の人間に向かって!」 「うるせぇ! お、お前がオレに……オレにか、かわいいとか言いやがるからだ!」 「かわいいと思ったことが何が悪い!」 あいつが男だとは思えなかった。 声も女のように甲高いし、見た目は100パーセント、女だ。 そう俺だけがそう見えていたのかもしれない。 こいつはまごうことなき、男子だったのだ。 なのに、俺の胸は高鳴っていた。 あいつとの出会いに……ぼっちの俺でも、こいつとなら何か変われそうだって。 そう思ってしまう自分がいた。 何度もガッコウをやめようと思っていた。 だけど、それをあいつが阻止するように、俺にグイグイ来やがる。 その積極的な行動に、社交的なあいつに圧倒されていた。 気がつけば、俺はあいつに告白されて、男だからって断って、女だったら良かったなんて……。 酷いことを言っちまった。 なのに、なのに。 あいつはあきらめない。俺のことを見捨てなかった。 今まで出会って来たどんなヤツよりも、逞しくて、すごいやつだってことに気がついた。 その時は、もう遅かった……。 「あ、あの……わたし……」 目の前には妖精、天使、女神……どの言葉でも表現が足りないぐらいの美人が立っていた。 胸元に大きなリボンをつけて、フリルのワンピースをまとった女の子。 カチューシャにも同系色のリボンがついている。 美しい金色の髪を肩から流すようにおろしていた。 時折、風でフワッと揺れる。 「キャッ」とスカートの裾を手で必死に押さえる姿はとても女の子らしい仕草だ。 「わたしじゃ……ダメですか?」 そう。あいつはこんな俺のために、自分を押し殺して女のふりまでして、ずっと一緒にいてくれる……そんな憎めないやつだった。 だから、俺は退学届を破って捨てた。 こいつとなら、しばらく学園生活をやっていけそうな自信がわいたから。 もう少し、もう少しだけ、頑張ってみよう。 ミハイルと一緒なら……
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