作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。
 スマホのアラームで目が覚める。  瞼を開いた瞬間、俺の目の前にはブロンドの少女が一人……と思いたかったが。  古賀 ミハイルだ。  寝息をすぅすぅと立てて、枕元にいる。    元々、シングル用のベッドだ。  もう少しで唇と唇が重なりそう。  それぐらい俺に安心しきっている。信頼の証とも言える。  こいつが本当に女だったら、俺は今頃……。 「あっ、おはよ☆」 「お、おはよう……」  目と目が合う。  やましい気持ちがあっただけに、気まずい思いが宙を舞う。  だが、それよりも『この時間』に浸っていたい。  俺は息を呑んだ。  このまま、こいつの唇に触れたら、きっと。 「タクト? 大丈夫か……仕事遅れるよ?」 「あっ! そうだった!」  ミハイルの言葉がなかったら俺は陽が昇るまで、彼を見つめていたかもしれない。 「すまん、ミハイル。悪いが行ってくる!」  俺の言葉にミハイルは腰をあげた。  下におりるので、どいてくれたにすぎないが。  かなでを起さないように、静かに二段ベッドからおりる。  タンスで簡単に着替えをすます。  腕時計と自転車の鍵を手に取り、階段をおりていく。  一階は当然、閉店している美容室なので、裏口から外へと出る。  家の壁際に立てかけている自転車のサドルに腰をかけると、誰かが俺を呼びとめた。 「タクト……」  振り返れば、ルームウェア姿のミハイル。  春とはいえ、午前3時だ。冷えるだろうに。(ショーパンなだけに) 「どうした?」 「あの……い、いってらっしゃい!」 「お、おう……。いってきます」  ペダルをこぎ出すと、別れ際のミハイルの顔を思い出す。  彼は微笑んではいたが、寂しげな表情だった……。  なぜだ?  そして、俺自身は早く仕事を片づけて、自宅に帰りたいという欲求にかられる。  いつもより早く『毎々まいまい新聞』真島まじま店に着く。  このことから焦りを感じる。  店長が驚いた顔をしていた。 「どうしたんだい? 琢人くん……元気ないの?」 「え? 俺がですか?」 「うん。なんか大事なものでも落としたような顔しているよ? いつもの、ひねくれた顔じゃないな」 「大事なもの……」  脳裏に浮かんだのはミハイルの顔。 「ち、違いますよ!」 「そんな、怒らなくても……ひょっとして好きな子でもできた?」  微笑む店長。  この人は小学校のときから俺を知っている。  六弦ろくげんとかいう父親よりも、接している時間が長い。  そのため、母さん以上に俺の心情を見分けるのがうまい……というか鋭い人だ。 「好きな子なんて……いるわけ……」  言葉に詰まる。 「その顔、図星みたいだね。曲がったことが大嫌いな琢人くんを射止めた子。僕もあってみたいな」  会わせられるか!  相手は男ぞ?  店長、ドン引きでしょうが、絶対! 「僕は応援しているよ、琢人くんの恋」  なにそれ? なんか前もそんなプレッシャーかけられなかった? 「ま、まあいってきます……」 「気をつけてね!」  バイクに乗ってから、記憶が飛んでいた。  ミハイルのことばかり考え、正直どの家に配達したかも、ろくに覚えていなかった。  気がつけば、自転車に乗って帰路につく。  いつもより急いで帰っていた。  帰り道、コンビニで暖かいコーヒーを2つ買う。  1つはブラックの無糖。  だが、残りはミルクたっぷりの甘いカフェオレだ。  それらを買いそろえると、自宅に急ぐ。  真島商店街の門構えが見えたころ、人影を感じた。  一人の少年がこちらを向いて、立っている。 「ま、まさか……」 「おかえり☆」  ミハイルは身体をブルブルと振るわせて、腕を組んでいる。  その姿を見るなり、俺は自転車から腰を下ろした。  手で自転車を押しながら、ミハイルとの距離をつめる。 「ミハイル……ずっとそこで待っていたのか!?」 「うん☆ 商店街見てたりした」 「バカ野郎!」  思わず、自転車を道端に投げ捨てた。  ガシャンという音が静かな商店街に響き渡り、ミハイルはビクッとする。 「タクト……?」 「夜中は変なヤツがいっぱいうろついているんだ! 危ないだろが!」  俺は興奮気味に叫んでいた。  怒鳴っているという表現のほうがあっている。 「ミハイル……お前みたいな……カワイイ子がいたら」 「カ、カ、カワイイ?」  いいかけて気がついた。  あ、男の子のだから心配ないか!  俺は一体なにを危惧していたんだ? 「すまん……忘れてくれ」 「う、ううん。オレこそごめん……」  ミハイルは顔を赤くしている。  寒いのだろうか? いや、そんな表情には感じない。 「なあ、冷えただろ? 飲むか?」  カフェオレを差し出す。 「あっ☆ これって、オレが大好きなやつなんだ☆ ありがと、タクト☆」  その笑顔で、疲れも怒りもすっ飛びました。 「じゃ、乾杯☆」 「コーヒー同士で乾杯か」 「いいじゃん☆」 「まあ……な」  俺とミハイルはコーヒーを飲みながら、日の出を楽しんだ。  仕事あがりの一杯てのが、こんなに美味いなんてな……。
応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません