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 昼飯を終えるころ、午後の授業を確認した。  一ツ橋の午後授業はほぼ体育(遊び)で終わるのだが、今日は選択科目だ。  音楽と習字があり、俺は字が汚いので音楽にした。  授業表には教室は特別棟の視聴覚室とある。 「なあタクトは何の授業にする?」  目を輝かすミハイル。 「え? 音楽だけど」 「じゃあオレもそっちにしようっと☆」 「は、今から授業を変えられるのか?」  俺がそう問うと代わりに左隣りの北神が説明してくれた。 「今日はお試しなんだよ」 「お試しだ?」  スーパーの試食じゃねーんだから。 「ううん、選択科目だから今日の科目を試しに受けて、どっちかを選べってことみたい」 「いや、その選考方法なら二回は試さないと比較にならんだろうが……」  宗像の仕業だな。 「そんな長い時間とってたらスクーリングがすぐに終わっちゃうよ。もう3回目でしょ? 今学期はあと4回ぐらいしかないよ」  マジ、もう折り返し地点なの?  超テンション上がるわ。 「ま、どうでもいいさ。一ツ橋の教師はやる気のなさでは全国一だからな」  学級崩壊なんてレベルじゃねーからな。 「だからいいんじゃん、オタッキー」  知らない生徒の机の上に勝手に座って片膝を立てるミニスカ女、花鶴 ここあ。  棒つきのキャンディをレロレロなめながら、アホそうな顔で俺に言う。  パンツ丸見えだから数人の陰キャ男子がパシャパシャと盗撮していた。  もちろん俺はどうでもいいので、彼らの犯罪を無視する。 「どこがだよ?」 「あーしらバカじゃん? そんな子たちが通う高校は先生もバカじゃないと気持ちわかんないじゃん」  俺はお前らとは違う! 「なんでそうなるんだよ」 「じゃあさ、オタッキーはバカの気持ちになって教えられる?」  なに、そのハイレベルなティーチャー。 「バカの気持ち?」  チュポンとあめを口から離すとそれを近くに座っていた陰キャ男子に手渡す。  男子はハアハア言わせながら「あ、ありがとう……花鶴さん」と礼を言い、高速舌ベロベロで味わいだす。  すごい餌付けだ。 「そーっしょ、1+1が2でわかりませんって言う子をオタッキーならどうやって説明すんのさ」 「う……」  もうそんな奴は動物園の檻にでも入れておけばいいのでは? 「ほら、できないじゃん? だからバカな先生が一番だって♪」  俺の机に両手を置いてニッコリ微笑む。  Vネックの胸元からヒョウ柄のブラジャーがチラっと見える。  キモッ。 「ここあ、タクトにあんま近づくなよ!」  頬を膨らませて、注意するミハイルかーちゃん。 「なんで? あーしとオタッキーはダチじゃん?」 「そ、そうだけど……タクトは女が苦手なんだよ」  いや、そんな表現されたら、俺がゲイみたいじゃん。  その言葉をすかさず反応するハゲこと千鳥 力。 「うげっ、確かにタクオはホモ小説書いていたしな……ダチだけど、俺は遠慮しとくわ」  遠慮すんな! 俺の横にこいよ!  後ずさりして、北神 ほのかの後ろに回る。 「あのな……」  呆れていると花鶴が微笑む。 「あーしはオタッキーの……なんつーの? ホモ恋愛応援するよ♪」  すんなボケェ! 「そ、そんな……ここあ、やっぱいいやつだな☆」  ホモ恋愛って言われて喜んでいるよ、ミハイルのやつ。  俺は逃げるように話題を元に戻す。 「しかし、それにしても一ツ橋の教師はやる気が全くないように感じるな。今日の英語教師は少しまともだったが」  俺の疑問に答えてくれたのは北神。 「それはね、噂なんだけど、一ツ橋専属の先生は一ツ橋の卒業生だかららしいよ」  ずぶずぶな天下りじゃねーか。 「マジ?」 「うん、だからさっきの英語教師の人は普段三ツ橋高校で先生をやっている兼任教師。ゆるっとした授業をしているのが専属教師だよ。だから兼任教師の人はけっこう厳しい人が多いらしいよ。だって休日出勤するようなもんじゃない? それだけ熱血教師なんだよ」 「なるほどな……温度差があるということか」 「だから私もいつか一ツ橋の教師を目指そうかなって密かに思ったりするんだ」  笑顔が怖い。  どうせ、ほのかのことだ。布教目的に違いない。 「それはちょっとやめておこう、ほのか。お前は漫画家目指すんだろ?」 「兼業作家でいいぜ!」  親指を立てる変態JK。  それから俺たちは各選択科目に分かれた。  俺とミハイル、ほのか、それから花鶴が音楽。  千鳥や日田兄弟などが習字に向かう。    教室棟から特別棟に向けて4人で廊下を歩く。  すると何人かの制服を着た三ツ橋生徒がこちらを睨むように見つめる。  どうやら私服の俺たちが気に入らないようだ。  確かに全日制コースの彼らはみんな黒髪で校則を守った身なりだ。  だが、俺たちは髪を金髪に染めている者もいれば、超ミニのギャルやピアスだらけのやつ、ダボダボパンツのヤンキーとか、個性豊かだ。  きっと嫉妬も少し入っているのだろう。  同い年で自由に生活できていることが。  実際はあちら側の方がよっぽど自由と思うがな。  一ツ橋の生徒は働いている者が多いときく。  所詮はガキの身勝手な妄想だ。  そこへ一際目立つ軍団が現れた。シャキシャキと規則正しく歩き、男女共に戦前か? というぐらいの髪型、坊主と三つ編みのグループ。  胸元には生徒会長と名札がある。 「こんにちはー!」  ムダにデカい挨拶だ。  そしてニコニコと怪しい宗教の勧誘のような笑顔。 「お、俺たち?」 「はい、一ツ橋の皆さん、日曜日なのにお疲れ様でーーーす!」  男の声にエコーがかかるように、真面目な取り巻きが叫ぶ。 「「「お疲れ様でーーーす!」」」  うるせー! 応援団じゃねーんだぞ。  思わず耳を塞ぐ一ツ橋の生徒たち。  なんだ、こいつら? 「僕は三ツ橋高校の生徒会長、石頭いしあたま 留太郎とめたろうでーーーす!」  自己紹介もうるせー! 「そ、そうか……石頭くんか、認識した」  柄にもなく、君付けする俺氏。 「あなたの名前はなんですかーーー!?」 「俺は新宮、新宮 琢人だ」 「覚えましたーーー! では午後の授業も頑張ってくださーーーい!」 「「「くださーーーい!」」」  実にやかましい生徒たちだ。  周りにいた全員が顔をしかめて耳を塞ぐ。  それは一ツ橋も三ツ橋も関係ない。 「あ、ありがとう……石頭くん」 「失礼しまーーーす、新宮センパイ!」 「「「失礼しまーーーす!」  うるせーし、勝手に先輩扱いすんなよ、コラァ!  そうして石頭くん率いる生徒会軍団は嵐のように去っていった。  なんだったんだ、あいつら。  ミハイルだけは耳を塞がずニコニコ笑っていた。 「なんか元気なヤツだな☆」 「そういう表現もあるよな……」  もう今度から石頭くんには要注意だ。  礼儀が良い子だが、うるさすぎる。  二度と会いたくない。        ※  俺たちは視聴覚室にたどり着くと、ドアを開く。  中に入ると黒板に白い字でデカデカとメッセージが残されていた。 『一ツ橋生徒の諸君へ、部活棟の音楽室に来るべし!!!』   「ん? 視聴覚室じゃなかったのか?」 「変更されたんじゃない? 一ツ橋ってちょこちょこ変更の時が多いらしいよ、三ツ橋のお客さんとかイベントで変わるって噂で聞いたな」  やけに一ツ橋に詳しいよな、ほのかって。  まさか留年してる? 「俺たちは学費を払ってんだぞ? ちゃんとやれよ」 「まーいいじゃん、オタッキー。テキトーだよ、テキトー」  花鶴はバカだが寛容な性格らしい。  俺たちは視聴覚室を出て、指示通り部活棟へ向かった。  3階に上り、音楽室へと向かう。  部活棟の一番奥にある教室だ。  何やらプープーと一定の調子で音が流れている。  俺がコンコンとドアをノックすると、中から野太い男の声が返ってくる。 「入りたまえ!」 「失礼します」  音楽室に入るとそこにはなぜか大勢の制服組の生徒たちが座っていた。  そして中央に立つのは中年の男性教師。 「なにをしている、早くそこの席につきたまえ」  教師が指差すのは生徒組の反対側にある窓側に設置されたパイプイス。  急遽並べたような感覚を覚える。 「は、はあ……」  俺たちは言われるがまま、パイプイスに座ると、制服組の生徒たちと対面するように目を合わせる。  どこか気まずい。  制服組の子たちはどこかピリッとした空気が漂う。  対して、俺たちは「一体なにがはじまるんだ?」と動揺を隠せない。  その時だった。教師が大きな声で叫んだ。 「今からコンクールの練習を始める! 用意はいいか、お前ら!」  俺たちに背を向けて、三ツ橋生徒に激を飛ばす。  そして振り返ると、俺たちにこういった。 「君たちはそこにある出席カードを取って、練習姿を見ててね」  と優しく微笑む。  ところでなんの授業?

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