音楽の試験……というか、ただのカラオケ大会は無事に終了した。 もちろん、宗像先生の言った曲の採点が「5点以上」はみんな余裕でクリア。 全員がホッとしたのであった。 ※ 帰りのホームルームがはじまる。 「えぇ~ 諸君! これにて本日の試験は終了だ! だが、再来週に二回目の試験が残っているからな。気を抜くなよ。んで、次回の体育の実技なんだが、前に三ツ橋から寄付してもらった体操服を持ってくるように!」 いや、あれパクッたやつじゃねーか。 それを聞いてなぜか隣りで喜ぶミハイル。 「そうだった☆ タクトの好きな服だもんな、ちゃんと着てくるよ☆」 ええ……ブルマで学校に来るの? ちょっと、さすがにしんどい。 「それはやめておいた方が……」 「え、なんでぇ?」 上目遣いして、緑の瞳を輝かせる。 「ま、まあ、ミハイルがいいなら良いんじゃないか?」 「うんうん☆」 マジでいいの? もう人格が破綻してない……あなた。 こうして、第一回目の期末試験は終わりを迎えるのであった。 俺はテストの成績に自信があるのだが、ミハイルが心配だ。 音楽の試験に関してはクリアしているけど、ペーパーテストの方がな。 かなり苦戦していたように見える。 試験を終えて、安心しきったのか、ミハイルは帰り道、歩きながらウトウトしていた。 よっぽど疲れているんだな。 帰りの電車内でも、俺の肩の上に寄っかかると、スゥスゥと寝息を立てていた。 ふーむ、一体なんのバイトしてんだろうな。 気にはなるが、本人が内緒にしてほしいみたいだし。 ま、暖かく見守るとしよう。 ~次の日~ 俺は毎々新聞へと来ていた。 無給なんだけど、店長のこだわりで、仕事に使うバイクを洗車しないといけないからだ。 店長曰く「日頃乗せてもらっているんだから、バイクちゃんにもご褒美をあげないと」らしい。 別にペットじゃねーし、馬でもないのに……。 だが、長年やっていることなので、文句一つ言わず、黙ってバイクちゃんをブラシで磨いていく。 「ほぉ~れ、ピカピカになったぞぉ~ また今週も頼むな」 なんて愛着も湧いていたりする。自ずと名前もつけたりして。 その名も『サイレント・ブラック』 カッコイイ名前だ。バイクの色はブルーなんだけど……。 ブラックの方が様になるだろ? その時だった。 ズボンのポケットに入っていたスマホが鳴りだす。 お決まりの可愛らしい歌声、アイドル声優のYUIKAちゃん。 着信名は……ミハイルか。 「もしもし」 『あ、タクト! 今、仕事中?』 「ああ、もう少ししたら配達に出るけど……」 『仕事終わってからでいいから……今日会えない?』 「構わんが…」 『よかった☆ じゃあ、オレも仕事に戻るからまたあとでな!』 と言って、一方的に切られてしまった。 電話の向こうで何やらガヤガヤとうるさかったな。 仕事中だと言っていたので、職場か? まあ、とりあえず、俺も今から配達に行くか。 彼に会えることが嬉しくて、俺は猛スピードでバイクを飛ばした。(もちろん法定速度で) ※ 夕陽が落ちだしたところ、俺はミハイルに言われて、彼の地元である席内に来た。 メールでは、以前一緒に行ったことのあるスーパー、ダンリブで待ち合わせだという。 なぜ、彼の自宅ではないのだろうか? と疑念を抱いたが、まあ行ってみるとするか。 ダンリブに入って、しばらく店の中をウロチョロする。 「あいつはまだ来てないのか……」 そう呟いた瞬間だった。 背後から聞きなれた甲高い声が聞こえてくる。 「いらっしゃいませ! またのごりよーお待ちしておりますっ!」 なんだ、このバカそうな店員は。 振り返ると、そこには今まで見たこともないぐらいの美人店員が立っていた。 タンクトップにショートパンツ。 そのうえに『ダンリブ』とプリントされた青いエプロン。 小さな頭を三角巾で覆っている。 金色の髪は後ろで一つにまとめていた。 時折、垣間見えるうなじに色気を感じた。 「み、ミハイル?」 そう。あのヤンキーが甲斐甲斐しく働いていやがる。 腰の曲がったおばあさんの客に丁寧に対応。 「あ、ばーちゃん。オレが荷物持つよ☆」 「すまんねぇ……あらぁ、ミーシャちゃんじゃない。ダンリブに就職したの?」 「ううん☆ 短期のバイトだよ☆」 就職したら、この店潰れそう。 だって客にタメ口じゃん。クレームの嵐で店長壊れそう。 ミハイルはおばあさんのカートに乗っていたカゴを、軽々と持ち上げ、レジまで誘導する。 レジ打ちさえしないが、カウンターの中で、他の女性店員と一緒に商品をスキャンしたり、ビニール袋に詰め込む。 そして、客が去る際はしっかりとお辞儀をする。 お客様が見えなくなるまでだ……。 どこの老舗デパートだよ。 ヤンキーのくせして、けっこう真面目なんだな……。 俺がその姿に呆然としていると、彼がこちらに気がつく。 「あっ! タクト☆ 来てくれたんだ!」 そう言って、レジカウンターから出てくる。 太陽のような眩しい笑顔で手を振るというオプション付き。 くっ……なんだか、仕事あがりの嫁を迎えに行っているような錯覚を覚えるぜ。 しかもエプロン姿だもんな。 制服フェチとしては、たまらねぇぜ……。 「ハァハァ……やっと会えたね☆」 そう言って額の汗を拭う。 顔をよく見れば、昨日より目の下のクマが酷くなっている。 「ああ。ミハイルのバイト先ってダンリブだったんだな」 「う、うん……短期だから今日までなんだ☆」 「へぇ」 「それで、その……」 急に顔を赤らめてモジモジし出す。 なんじゃ、聖水か? お花畑なら店にもあるだろうが。 「どうした?」 「これっ!」 そう言ってエプロンのポケットから小さな箱を渡される。 綺麗に包装されていて、リボンがついていた。 「ん、なんだこれ……」 「いいから受け取って、タクト!」 「はぁ……」 とりあえず、言われるがまま、箱を受け取る。 リボンの紐に何やらカードが挟まっていた。 メッセージが添えられていて、 『タクト、18歳のお誕生日おめでとう☆』 とある。 あ……今日って俺の誕生日だったのか。 万年ぼっちだったから、忘れてた。 「これ……もしかしてプレゼントか?」 「う、うん……」 頬を赤くして、恥ずかしそうにしている。 「開けていいか?」 「いいよ…」 リボンを外し、包装紙を丁寧に開けていく。 箱を開けると中には、キラキラと輝く万年筆が入っていた。 見るからに高そうだ。 「こんな高級なものを俺に?」 「うん……色々考えたけど、タクトは小説家だから。それがいるだろうって思ってさ」 アナログゥ~! 俺ってそんな文豪じゃねーよ。 しかも今時ペンで書くやつなんているか? だが、こんな高級なもんをもらって、返すわけにも文句を言うわけにもいかんしな。 実はパソコンでタイピングしているなんて、口が裂けてもいえないよ。 「ありがとな……ミハイル」 「ううん。タクトに初めてあげる誕生日プレゼントだから☆」 やっと緊張がほどけて、優しい笑顔に戻る。 ニカッと白い歯を見せて。 クソがッ! 抱きしめてやりたいぜ! 生まれてここまで想われたのは、お前だけだ。男だけど! 「そっか……大事に使わせてもらうよ」 なんだか悪いことをした気分になる。 ていうか、バイトを短期でする意味って……まさかっ! 「ミハイル。もしかして、このプレゼントのために、バイトをしたのか!?」 思わず彼の細い肩をギュッと掴む。 瞬間「キャッ」と可愛く声をあげる。 「う、うん……だって、ちゃんと自分で働いて、自分のお金でタクトに……プレゼントしたかったんだもん」 そう言うと、今度はダンリブの床ちゃんがお友達に追加されてしまった。 ヤバい。泣けてきた……。 ミハイルママが俺のことを思って、夜なべしながら、試験勉強して、朝も早くからスーパーでバイトかよ! 自分がちっぽけに感じる。 「タクト、その万年筆でたっくさん小説書いてくれよな☆」 なんだろう……急にこのプレゼントが重たく感じてきた。
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