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 夜臼先輩が日焼け止めクリームを塗ってくれたことで、俺たちは紫外線を気にせず、外のテニスコートに移動できた。  今回、武道館利用の件で全日制コースの立場がかなり上だと再認識できた。  確かにバスケットボールの試合は武道館でしか出来ないのだから、仕方ないのだけども、 いきなり変更とか……確かに夜臼先輩が怒るのもよくわかる。  まあ結局あれだろう。  毎日通学して、学費も高い全日制の三ツ橋生徒はお得意様で、たまにしか学校に来ない俺たちは、二の次ってやつだ。  部活なんて趣味レベルだろうし、なにをそんなにやる気がマンマンになるのだろうか?  きっと彼らは己の性欲を、全て運動の汗によって発散しているのでは……。  そう思っていると、コートのフェンスに大きな横断幕が見えた。 『祝 三ツ橋高校テニス部全国優勝おめでとう!』 『本校卒業生、丸井くんプロデビューおめでとう!』 『丸井くん、グランドスラム達成おめでとう!』 「え……丸井くんって誰?」  三ツ橋高校からそんな名選手を送り出したってのか。  そう言えば、前に噂で聞いたな。  部活に力を入れてるって……。  だが、そこまですごいプレイヤーを生み出す学校だったとは。    テニスコートで一人ポカーンと口を開けていた。  すると、誰かが俺の袖を掴む。  隣りを見ると、ブルマ姿の天使……いや、ミハイルが頬を膨らませていた。 「なぁ、タクト。なにやってんの? もう体育の授業始まるゾ!」 「おお……悪い悪い」    ※  急遽変更した授業なので、わかりきっていたことだが、もちろん今日の体育はテニス……の練習である。  宗像先生が素振りを簡単に説明し、その後は各生徒がコンビを組んでバラバラに散る。  二つしかコートがないので、実質的にダブルスで4人ずつしか試合ができない。  その間、俺たちは隅で体操座りして、他の生徒の試合をただ傍観するのみ。  お世辞にも上手いとはいえず、サーブすらろくに打てない生徒も多い。  みんなヘラヘラ笑いながら、「やっだぁ」とか「うてねぇ、ウケるわ」とか、真剣にやってない。  指導役である宗像先生と言えば、審判台に座って、ハイボールを飲んでいる。 「ふぅ~ こんな真夏の日曜日ときたら、酒でも飲んでないと教師なんてやってられないからなぁ」  もう教師をやめてください。  これ以上、被害者を増やさないでください。  それにしても、暑い。  宗像先生じゃないが、確かに喉が渇く。  俺も冷たいアイスコーヒーでも飲みたいもんだぜ……。  突如、隣りのコートから歓声が上がる。  振り返ると、一人の女子生徒に目が行く。  みんな宗像先生の指示通り、体操服を着用しているのに、その生徒だけはピンクのシャツとスコートを履いていて、軽快な音でボールを弾き返している。  様になっているなと思った。  俺はその子のテニスが上手いから、みんな騒いでるのだろうと思っていたが、それは違った。  なぜならば、みんなスマホを片手に、その女子生徒の下半身ばかり狙って盗撮していたからだ。   「おふぅ、あすかたんの見せパンゲットなり~!」 「あすかちゃん、カワイイよぉ~ スコート姿の下半身~ 胸~」 「推しの汗を飲みたい……」  なんだ、変態ばかりじゃないか。  あすか? 誰だっけ?  どこかで聞いたような名前だったな……うーん、あ、自称芸能人の長浜 あすかさんか。  存在が空気すぎて、忘れていた。  俺の認知度とは差があるようで、フェンスの裏にある部室から何十人も三ツ橋の男たちがギャーギャー騒いで、長浜を眺めている。  練習なんかそっちのけで。 「なあ、あの子。可愛くね? なんだっけ、テレビで見たことあるような……」 「アレじゃん、深夜のローカルに出てるあすかちゃん」 「ああ。だからか。見たことあるなって思ってたんだよ。俺、この前あの子のグラビアでつかっ……」  そんなことを大声で叫ぶなっ!  どこか隠れてヒソヒソやれ、生々しいんじゃ!  しかし、まあなんだかんだ福岡市民から愛されているんだな、長浜のやつ。  こりゃ、芸能人として化けるかもしらん。  俺も作家として負けてらんねぇわ。  そう意気込んで拳を作る。  すると、誰かが俺の肩に触れた。 「タクト☆ オレと組もうぜ」  見上げると、ブルマ姿のミハイルきゅん。  ニッコニコ笑って、ラケットを二つも抱えてやがる。 「ああ、構わんが俺は上手くないぞ?」 「いいよいいよ☆ オレだってルールとか全然わかんないし☆」  なら、なぜ俺を誘った?    ※  俺とミハイルがテニスコートに入る。  相手チームは、日田兄弟の片割れとなぜか体験入学中のトマトさん。  トマトさんの汗はいつも以上にダラダラと流れており、もう少し脱水症状を起して倒れそう……。  試合が始まりはするが、案の定、トマトさんが暑さにやられて、退場。  残った日田も一人じゃ試合が続行できないから、困っている。 「参ったな……。日田っ! もう試合棄権するか?」  どうせ単位はもらえるんだから、やめればいいんだよ。  こんな授業に意味はないのだから。 「しかし……それでは、筑前殿の無念を晴らすことができませぬ」  いや、ただの運動不足で倒れただけやん。  参ったなと困っていたその時だった。   「おいおい、見ろよ。一ツ橋の奴ら試合もろくにできないぜ」 「テニスなんてやらせる意味ないんだよ、バカなヤンキーとキモいオタクしかいない高校だろ。邪魔だから早く終わらせろよって感じじゃね? 俺らも練習したいのにさ」 「でもさ、あすかちゃんとテニスするなら俺も一ツ橋に編入してみたいわ。一日だけな」 「「「ハハハッ」」」  言わせておけば……。  確かにトマトさんは、犯罪者予備軍に近いキモオタだが、そこまで言われる筋合いはない。  ミハイルや花鶴、千鳥だってバカだけど、こいつらも学費を納めてんだ。  授業を受ける権利はしっかりとあるはずだ!  腹が立った俺は、フェンス外で笑っていた三ツ橋の生徒たちを睨みつける。  それに気がついた相手生徒たちが、嘲笑う。 「よぉ、あのオタク。こっち睨んでね?」 「マジかよ。しかも、オタクの隣りに立ってるやつ。男のくせして、細い体つきでナヨくね? あんなやつ俺が試合したら、一発で倒せるわ」  ミハイルのことを言っているのか? 「それに見ろよ。男なのに、女子のブルマ着てるぞ。あいつ……おかしくね?」  あ、それは本当におかしいと思います。  僕の趣味に、彼が付き合ってくれているだけなので、責めないであげてください。  一連のヤジを聞いていた宗像先生が、審判台から叫んだ。 「おぉい! お前らっ! 聞こえてるぞ! 文句があるなら、うちのエース、新宮と試合しろ! 勝ったら何でもしてやる、ご褒美がないとなぁ」  おいおい、勝手になに煽ってんの?  しかも、俺はエースじゃないって。  それを聞いた三ツ橋生徒たちが、騒ぎ出す。 「よぉ、褒美だって。どうする?」 「あすかちゃんと写真とか握手とか、できるならやってもいいかもな」 「俺は勝ったら、この昨日『使用した』右手で握手してもらう」  福岡って本当に変態が多いですね。  どっかの調べで、ピンク系の犯罪率が全国でワースト1だって聞いたことあります。  宗像先生の思いつきで、無惨にも日田は強制退場され、代わりにヤジを飛ばしていた三ツ橋高校から何人もテニスコートに入場する。  だが、入ってきたのは男だけだ。  どうやら、芸能人の長浜 あすかにしか興味がないらしい。 「タクト、このボールってどこに投げたらいいの?」  上目遣いで、目を輝かせるミハイル。 「ああ、とりあえず、相手のコートにこのラケットでボールを打てばいい」 「線がいっぱいあるじゃん。どこの線に向けたらいいの?」 「俺も詳しくはルールは知らん。まあゲームとかで見るのは、だいたい相手選手のラインに向かって打つよな」 「わかった☆ じゃあ、このボールを相手のヤツに飛ばせばいいんだな☆」 「そうだけど……」  俺はこの時、彼に軽く返事してしまったことを、後々後悔する。  なぜならば、その後が地獄だったから。 『相手に向けてボールをラケットで打つ』という俺の指示を忠実に守ったミハイル。  忘れていたんだ、俺は。  彼の華奢な体つきと女みたいなルックスに反して、その力はプロレスラー並みの破壊力を持っていたことを……。    審判の宗像先生が、笛を鳴らす。  相手選手はニヤニヤ笑いながら、ラケットを構えていた。  女みたいな見た目のミハイルだから、余裕で勝てると思っていたのだろう。  だが、その予想は大きく裏切られる。  ミハイルがサーブを打つと、風を切ってボールは一瞬で、相手選手を襲う。  直撃したのは、股間だった。 「うぐっ……」  泡を吐いて、その男の子は倒れてしまった。  コンビを組んでいた隣りの選手は、ミハイルの豪速球を見て、震えあがっていた。 「チッ、倒れたのか。おい、次のやつ、入れ。お前ら一ツ橋にケンカ売ったんだ。全員、新宮と試合しろ」  宗像先生はそう吐き捨てて、新しいハイボールをプシュッと開ける。 「勝った勝った☆ やったよ、タクト☆」  その場で飛び跳ねて、天使のような優しい笑顔を見せてくれるミハイル。  対して、担架で運ばれる『玉』を潰された男子。 「……」  俺は同じ男として、涙を流した。  震えあがる三ツ橋高校の生徒たちを見て、宗像先生が怒鳴り散らす。 「早くせんか! 授業が終わるまでお前ら全員帰るなよ!」  そうして、健康な男子たちの股間が、次々と砕け散っていくのであった。  全てミハイルの手により……。   

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