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 マブダチの関係になれたリキだったが、同時にミハイルの恋敵になってしまった。  良かれと思って、彼の恋愛を応援したことが裏目に出てしまう。  クソがっ!  まあ、起きてしまったことは、悔いても仕方ない。  あとでミハイルに真実を伝え、謝罪しよう。  って、なんで、俺が悪いことになってんの?  そんな複雑な心境を知ってか知らずか、一緒に歩く浴衣姿のリキは、うちわ片手に嬉しそうだ。 「タクオ~ 混浴温泉楽しみだな♪ ほのかちゃんの水着、可愛いんだろうなぁ」 「水着なら、さっきも見ただろ……」 「だって、ほのかちゃん。プールじゃ泳がなかっただろ? 濡れた水着がいいんだよ。絶対、セクシーだぜ」  妄想しているのか、スキンヘッドが真っ赤になる。  想像力、豊かでいいですね。  俺とリキはホテルから出て、再度バスに乗り、松乃井ホテルの一番上にある建物、松乃井パレスに移動する。    この施設には、混浴温泉の『クーパーガーデン』と露天風呂の『タンス湯』がある。  別府の壮大な景色を眺めながら、疲れを癒すことが出来る、天国のような場所らしい。  入口を抜けると、すぐに見えたのは、広い売店。  主に別府で生産されている品物が、販売されている。  酒やらお菓子やら、伝統工芸品など。  そこを左に曲がってしばらく、奥へと進む。  次に目に入ったのは、ゲームセンター。  どうやら、温泉帰りに旅行客が遊んで帰るようで、まだ髪が濡れた子供たちが、キャーキャー騒ぎながら、遊んでいた。  行き止まりと思った瞬間、二階へと上がるエスカレーターを見つけた。 『この先、クーパーガーデンとタンス湯』  と大きな案内が、天井にぶら下がっていた。  エスカレーターを昇ってみると、右手に温泉への入口が見えた。  どうやら、まだ上にあがるらしい。  迷宮ってぐらい、先が長いなぁと、ため息を漏らす。  その時だった。    左側から怒鳴り声が聞こえてきた。 「なんだ、てめぇは!? さっきから、ガタガタうるせぇーんだよ! 私を田舎もん扱いしてんのか、コノヤロー!」  ウイスキーの角瓶を片手に、顔を真っ赤にして、相手を威嚇する水着姿の女性。  デカすぎる二つのメロンをおっぽりだして、股間がグイッと強調されたハイレグ。  こんな痴女はこの世に、一人しか存在しない。  宗像先生だ。    エレベーターから出て左側に、小さなパブがあった。  主に外国のお客さんが多い。  そういえば、ホテルマンが言っていたが、この近くで、ラグビーのワールドカップをやっていると聞いたな。  観戦のために、来日したのかもしれない。 「What's up? Are you a prostitute?」(どうしたの? 君は娼婦でしょ?)  相手は金髪の白人男性だ。  30代ぐらいのガッチリした体型。 「だから、日本語で喋れよ、バカヤロー! ここは日本の別府だぞ? なんで、あたしがお前ら進駐軍しんちゅうぐんの言葉に合わせないといけないんだよ!」  進駐軍って……戦後何十年経ったって思ってんすか。 「I want to buy you tonight」(今晩、君を買いたい) 「バイ? トゥナイト? さっきから、なに言ってんだよ。私が好きなのか?」 「Yes~!」 「ほぉ、さすがは蘭ちゃんだな。まさか白人が一目惚れするとは……良いだろう。今晩、私の部屋に来な」  ごめん。多分、話噛み合ってない。  しばらく、その光景に絶句していると、リキが「なにやってんだよ。温泉はこっちだぜ?」と促された。  見なかったことにしよっと♪  エレベーターが終わったと思ったら、お次はエレベーター。  これに乗って、三階でようやく更衣室に入れるってわけだ。  小さなエレベーターだったので、10人ほどしか、移動できない。  その中で、偶然、北神 ほのかと、自称芸能人こと、長浜 あすかに出くわす。 「あ、千鳥くんと琢人くんじゃん」  小さく手を振るほのか。 「フン! 誰かと思えば、アタシのガチオタじゃない。今度からガチオタクトって呼んであげるわ。感謝しなさい!」  こんの野郎。俺の推しは『YUIKA』ちゃんだけだ! 「長浜にほのかも混浴温泉入るのか?」 「もちろんよ、アタシは芸能人なのよ? 水着姿を一般人に拝ませてあげないと、盛り上がらないでしょ?」  だから、なんでそんなに上から目線なんだよ、ローカルアイドルのくせして。 「そ、そうか……」 「今日だって、ずーっと一般人からの視線をビシバシ感じるわ! 芸能人の定めよね」  自意識過剰だと思う。  その証拠にほら、今も隣りにいるリキは、素人のほのかに釘付けだ。 「なあ、ほのかちゃん。温泉終わったらさ……ちょっと、付き合ってくんないかな?」 「え、千鳥くんと私が? いいよ」  ニコッと優しく微笑むほのか。 「マジ? 超うれしぃわ!」  本当に惚れていたんだな、リキ。  しかし、ほのかのやつ。確かに俺の前では、変態度マックスなのに、リキの前ではなんかおしとやかって感じ。  心をまだ許していないのかもな。  俺がそう二人を見守っていると、エレベーターが三階に着く。 「じゃあ、着替えたらクーパーガーデンであいましょ♪」 「おお、ほのかちゃん。一緒に花火見ようぜ!」  ふむ。案外、いい感じじゃないか? この二人。  よし! このまま、くっけてしまおう。    一人頷いてると、左足に激痛が走る。  下を見れば、グリグリと踏みつけられていた。 「ガチオタクト! アタシのファンでしょ? こっちを見なさいよ!」 「いっつ……なんだよ」  超かまってちゃんだな、自称芸能人。 「宗像先生に聞いたんだけど……ガチオタクトって、作家なんだって?」  急にしおらしく縮こまってしまう長浜。  恥ずかしそうに、頬を赤らめている。 「ああ。そうだが」  売れてないし、絶版してるけど。 「あのさ、アタシの自伝を書いてくれない?」 「はっ?」  思わず、アホな声が出てしまう。 「ほら。アタシって超がつく芸能人じゃない? 今度、本を出すって社長に言われているけど、文才はないから……ガチオタさえよければ、雇ってあげてもいいと思ったの」  ファッ!?  自伝なのに、ゴーストライターつけるんかい!  てめぇで書けよ。  お前のことなんて、一ミリも知らんわ。  てか、俺のあだ名ってガチオタになったの?  咳払いして、やんわり断りを入れようとする。 「あのな、そういうのは文章とか表現とか、関係なく、長浜が思ったように書けばいいと思うぞ。ファンもそっちの方が嬉しいんじゃないか?」 「嫌よ! アタシ、国語だけは昔から苦手なのよ! もう決めたの! 事務所の社長にもガチオタを推薦して、契約結んだもの。ギャラあげるから、ちゃんと書きなさいよね!」 「えぇ……」 「これ、アタシの連絡先! あとで連絡しなさい!」  そう言って、強引に名刺を渡された。  電話番号にメルアド。それにL●NEまで、ご丁寧に記されていた。 「ちょ、ちょっと、長浜……」  言いかけている途中で、長浜 あすかは顔を真っ赤にして、走り去っていく。 「なんだったんだ。はぁ……」  とりあえず、名刺を浴衣のポケットに入れて、俺は一人更衣室に向かうのであった。    ※  更衣室で先ほど、乾かした水着に再度着替える。  脱ぐときに、紫のレースのパンティーがバレないか、ビクビクしていたが、幸いなことに、お客さんは、みんなもうクーパーガーデンに行ってしまったようだ。  着替えが済むと、改めて、混浴温泉へと向かう。  上がったかと思うと、次は下へと階段を降りる。    長い廊下を歩いていくと、突き当たった場所で、男と女が合流する。  大きなガラスの自動ドアの前で、家族やカップルたちが集まっていた。  更衣室が別の場所にあったから、再会を喜んでいるようだ。  ほのかやリキの姿は、見当たらない。  また一人ぼっちか……そう落ち込んでしまう自分に気がつく。  思えば、最近、ひとりでいる時がない。  隣りにアイツがいたから……。  やはり、俺は孤独だ。  そう痛感した瞬間だった。  ドンッ! と腰を蹴られる。  振り返ると、そこには、ブロンドの長髪を首元で纏めた小さな女子……じゃなかった。  グリーンの瞳を揺らせる男の子、ミハイルが立っていた。  もちろん、彼も水着姿。  小さな胸には二本のペットボトルが抱えられていた。 「おっそいゾ! タクト!」  思わず、口角が上がってしまう。 「ああ、悪い」 「これ……温泉だから、喉乾くと思って、タクトの好きなアイスコーヒー買っておいてやったゾ!」  そう言って、雑に押し付ける。  まだ怒っているようだ。 「すまん」 「もういいから、早く入ろうぜ……その、花火終わっちゃったら、寂しいじゃん」  唇を尖がらせて見せる。 「そうだな……温泉の中で乾杯といくか?」  俺がそう言うと、彼はニコッと笑みが浮かぶ。 「うん☆」

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