俺はひなたに連れられて、しぶしぶ博多駅隣りにあるバスターミナルに向かった。 1階から2階まではバスの発着場なのだが、3階からは専門店街、全国チェーンの本屋や衣料店、飲食店、100均、ゲーセンなどの施設が8階までびっしり充実している。 JR博多シティよりは敷地が狭いけど、ここだけでも一日時間を潰せそうなビルだ。 といっても今日は例の台風によってほとんど休業中だが……。 バスターミナルに入るとすぐにエレベーターへ向かった。 最上階である8階へと向かう。 8階は複数の飲食店と献血ルーム、それにお目当てのネカフェがある。 チンと音を立てて目的地へついたことをお知らせ。 自動ドアが左右に開き、迷うことなくネカフェに一直線。 「さ、つきましたよ! センパイ、ネカフェ来たことあります?」 「いや、ないな」 「はじめてなんですね!? 良かったぁ♪」 手を叩いて喜ぶひなた。 なにがそんなに嬉しいの? わしにはさっぱりわからん。 店内に入ると根暗そうな眼鏡の若い男性店員がお出迎え。 出っ歯で眼鏡、おまけに脂ぎった長髪を額の中央でセンター分け。 雨の日だからカッパが出没したのかと思った。 「らっしゃい。この店は初めて?」 超やるきねーし、なんか感じ悪いな。 俺が店員の対応にイラッとしていると、ひなたは気にする素振りも見せず、笑顔で答える。 「はい、初めてなんです♪」 びしょ濡れのJKのスマイルだ。 これには陰気な店員も少しヘラヘラ笑っている。 だってブラ透けてるし。 「へ、へぇ……じゃあ会員手続きしてね。あと時間と席を指定して」 「わかりました」 先ほどのやる気ゼロ対応はどこにいったのか? 顔を赤くしてデレデレしながら、大きなチラシをカウンターに取り出す。 「な、何時間いたいの?」 「うーん……どうしよっかなぁ」 なんか俺抜きで盛り上がってるから帰ってもいいかな? 「き、キミ、台風で帰れなくなるかもよ? ここならシャワーもあるし着替えもあるから泊まってけば……」 ハァハァと気持ち悪い吐息を漏らしながら、ひなたの胸元をガン見する店員。 これ事件の危険性ありっすかね。 「ん~、そうしよっかな」 勝手に決めるひなた。 俺の同意は? 「ヘヘヘ、そうしなよ。この店は部屋にカギもついているし防音だからね。くししし…」 ええ!? なんかヤバくない? この店。 防音って……。 「じゃあそうします。明日の朝までお願いします♪」 勝手に決められちゃったよ。 すかさず俺がツッコミに回る。 「な、なあ、ひなた。さすがにお泊りはよろしくないだろ」 俺がそう言うと店員は舌打ちして睨む。 「邪魔すんなよ、モブが…」 小声でそう呟いた。 誰がモブじゃ! 「別に問題ないでしょ?」 目を丸くして答えるひなた。 「大ありだ。お前の親御さんにはなんて伝える気だ? 結婚前の若い女子がお泊りなんて怒られるだろう」 俺がそう言うとひなたはケラケラ笑い出した。 「センパイって結構、昭和!」 悪かったな、令和ぽくなくて! 「でも大丈夫ですよ。うちはパパとママが共働きでほとんど家にいないし、連絡さえしとけば大丈夫です。女の子なんてけっこう女友達の家に頻繁に泊まるし」 「なるほど……しかしだな」 「もうセンパイってば、説教くさい!」 なんで俺が怒られるの? ひなたは話の途中だというのに俺に背を向けて、また例の店員と話し出す。 「えっと部屋は……」 「フフッ、女の子ならこのピンクの部屋はどうだい? 今なら入会特典でたこ焼きをプレゼント中だから、僕が部屋まで持っていてあげるよ…」 この店員、前科あるよね。 「ん~カワイイけどシングルシートだからナシで」 「えっ!? まさか隣りのヤツがキミの彼氏なの?」 またまた俺を睨む。 「か、彼氏!? 違います!」 顔を真っ赤にして全力で否定するひなた。 「だ、だよね……じゃあただの知人だ、グフフ」 あの俺を置き去りにするの、やめてもらっていいですか? 「知人でもなくて、お仕事の相手です!」 「え……」 思わず絶句する店員。 なんか別の意味のお仕事として捉えてない? ピンクジョブ。 「センパイは何も知らないから、経験豊富な私が相手になって色々教えてあげないとダメなんです」 話がどんどん歪んでいく。 「経験豊富だって? キミ、いくつ? ハァハァ…」 息遣いが荒くなるカッパ店員。 「私ですか? 16歳ですけど? ま、私もただのJKだから人並みにしか、知らないですけどね。友達とかもわりと多いほうだし、知識としてはちゃんとインプットしてるっていうか…」 「つ、つまり、キミは不特定多数の人と交流が好きなんだね。グフフ」 話が嚙み合ってない。 「ま、そうかもですね♪ 放っておけないタイプって感じ?」 「そっか……優しいんだね。無知なあの男の子に色々教えてあげるなんて…僕も教えてほしいな」 頭痛い。 両者、平行線のまま話は進み、やっとのことで部屋の選別に入る。 「じゃ、このフラットシートで♪」 「わ、わかったよ。もしなにかわからないことがあったらなんでも言って。ぼ、僕もキミに教えてほしいことあるし……フフフ」 こんなところに一泊したくない。 「りょーかいです♪」 「じゃ、じゃあ……明日の朝6時まで部屋を使えるからね」 といってカウンターにカギと受付したレシートを差し出す。 ひなたはそれらを受け取ると、俺の手を取り「いきましょ」と引っ張る。 カウンターから離れる際にカッパ店員がこう囁いた。 「3人でもアリかもね?」 意味深な言葉を吐き、不敵な笑みを浮かべていた。 背筋に悪寒を覚え、ブルっと震えた。 気持ち悪い店だなぁ。 そんな俺の不安をよそに、ひなたは終始ご機嫌だ。 鼻歌交じりに奥へと進んで途中、ドリンクバーを見つけ「部屋に持っていきましょ」と俺に促す。 こんなときでも俺は安定のブラックコーヒー。 しかし今日は雨で濡れていたのでホットで。 ひなたはメロンソーダにソフトクリームを入れて、クリームソーダにしていた。 ※ 俺たちの部屋はフラットシートと呼ばれ、他の個室とはちょっと違ってかなり大きな部屋だった。 カギを開けるとその広さに驚きを隠せなかった。 6畳はある部屋の中にはローデスクの上に大きなテレビが1台。パソコンが1台とゲーム機があった。 それからマットの上にリクライニングシートが二つ。 「これはかなり時間を潰せるな」 俺が感心しているとひなたは何かに気づいたようで、あたふたしていた。 「ちょ、ちょっと! センパイ、なんで言ってくれなかったんですか?」 顔を真っ赤にして何やら怒っている。 「なにがだ?」 「私の服ってスケスケだったんですか!?」 「え、そうだけど」 わかっていたのだと思っていたんだけどな。 「バカッ!」 次の瞬間、俺の首は左に吹っ飛んだ……かと思うぐらい強い平手ビンタ。 「私、シャワー浴びてきます!」 そう言うと部屋から出ていった。 「忙しいやつだ……」 俺は改めて、リクライニングシートに腰を下ろすと、どっと疲れが出た。 家から出てまだ2時間ぐらいだが、こんなに疲労する外出は初めてだ。 ひなたが不在なのをいいことに、スマホの電源を入れなおす。 どうしてもアンナのことが気にかかっていたからだ。 起動するとやはり着信履歴は213件。 全部アンナちゃん。 L●NEも未読のメッセージが1002通。 腱鞘炎にならないのかな? とりあえず、アンナに電話をかけてみる。 が、彼女にしては珍しく10秒以上ベル音だけが鳴り響く。 それがエンドレス。 つまり出てくれないのだ。 「あれ、ひょっとして無視られているのか?」 そう思ってL●NEでも返信を送ったが、既読にならない。 一体どういうことだ? 俺はとりあえず、ひなたにはバレないようにスマホを起動したままにしておく。 サイレントモードだ。 「まさか……な」 一つの不安が俺の脳裏をよぎる。
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