キャロライン
キャロラインという女

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 キャロラインという女がいた。 金髪で白い肌。 レディースの白いジャケットを羽織っている。 小顔で・・・整った顔立ちをしボディラインも美しく、その姿が目に飛び込めば思わず二度見をしてしまうほどの可憐さを備えている。 まるでスクリーンから飛び出して来たみたいだと人は言う。 コマーシャルの世界、劇場世界の住人とも・・・。 一目惚れをする人間だって少なくはない。 しかして恋は長くは続かない。 一体何故か。 彼女は酒癖がすこぶる悪かった。 一日に何杯もの酒を飲み、一目惚れした人間たちは皆数日の内にノックアウトされていく。 彼女に休肝日という概念はないのだろうか。 皆揃えてそう思う。 アルコールと彼女との付き合い方には距離を置かなければならないと皆教訓にする。 それはそうと、いつになっても夜のバーは賑わうものだった。 「いよぅ小坊主、一緒に酒飲まない?酒!」 帰宅途中、キャロラインに声をかけられた。 既に酔っぱらっているのだろうか・・・。 いや、この人間に限っては四六時中酔っぱらっていると言っても過言ではない。 僕は言ってやった。 「海賊に飲酒を勧められるなんて思いもみなかったよ。生憎こっちは未成年だ。」 「ンだよノリわりぃなぁ・・・誰も話し相手がいないってのは悲しいモンなんだよ。 ちょっと付き合ってもらうだけでいいからさ。な?な?」 「・・・・・。」 思わずため息をこぼした。 この酔っ払いどうにかならないものか。 生憎、キャロラインはしつこい女だった。 ロックオンされたらしばらくべったりされて中々離れない。 彼女についていくのは余程の酒豪か、或いはただ容姿に目がくらんだオッサンぐらいなものだ。 後者の方は必ずへべれけに酔っぱらって路上睡眠をする羽目になる。 彼女に誘われるのは別に今日が初めてなわけじゃない。 しかし彼女に付き合うと確実に長くなる。 貴重な睡眠時間が削られるのだ。 話の長い酔っ払いは憎悪している。 自分のことばかりしか頭が回らなくて、相手に詰まらない話ばかり聞かせてくる。 そして頭は酒の事だけしかないときた。 要するに容姿の極めて優れた面倒くさい大人という解釈だ。 これで三回目。 逃げても無駄なことは明々白々。 彼女は一度捉えれば地の果てまで追いかけてくる。 本当に呆れたものだ。 彼女の顔を伺う限り、もう既に何杯か飲んでいることが見て取れる。 口角は歪みに歪み、期待に溢れまくったという瞳をしている。 酒を飲んだせいでその可憐さに拍車がかかったように感じた。 呆れに呆れる。 僕はようやくキャロラインに返事をした。 「・・・分かったよ、その代わり奢ってくれよ?」 顔がパッと明るくなり、僕の両手を握ってブンブンと振り乱す。 「やったやった!!分かった分かった!!とりあえずあのバー行こうぜ!!」 手を強引につかまれバーに連れていかれる。 握力が強い。 呆れるほどに・・・。 結局夜遅くまで拘束されて、何時間もの睡眠時間を無駄にした。 無駄に文学について語るのだ。 隙を見て断ろうとしてもぐいぐいと逃がすまいと迫られながら語ってくる。 可憐な容姿でガツガツ来るのだ。 本当に呆れたものだった。 「なぁチャールズ、ジョージ・オーウェルの『1984』って読んだことがあるか?」 同僚のマイクが聞いてきた。 僕の名前がチャールズでないことは確かだった。 彼が文学にハマってからというもの、小説のキャラクターの言葉使いを意図的に真似たりすることも多くなった。 大方、エドガー・アラン・ポーの『使い切った男』に影響されてだろうか。 ジョン・A・B・C・スミス大尉の主人公の名前を間違える・・・決めつけるセリフ使いだろうか。 マイクの場合絶対に意図的だが。 この間エドガー・アラン・ポーの短編集を読んでいたからそうに違いない。 僕はそうだなと答えた。 彼は言う。 「この小説によるとアメリカが独裁国家になってるらしいぜ。」 「イギリスが舞台で全世界が・・・だろ?」 「そうだな。時代設定よりもう50年は立ってるけど。」 「レトロフューチャーなんてそんなもんだ。的確な的は得てるけど。」 僕らはシカゴに点在する国営の著作物管理会社で働いている。 インターネットにおける古典文学や初期ストーリー映画作品など、レトロな著作物管理を行っている。 パブリックドメインがための情報管理。 だから古くからの作品に触れることが多く、趣味に影響されることも珍しくない。 今日はアメリカ製の映画整理だった。 昨日のことだった。 キャロラインは僕に言ったのだ。 「なぁ、明日暇か?」 「はぁ、明日も飲むんですか?」 「違う。大切な用があるんだ。ガリーナの映画館に来て欲しい。」 「ガリーナ?また何でそんなレトロな所に。」 「いいからいいから。」 強引にキャロラインは言った。 この時の彼女はいつもの激しくも可憐な印象が伺えなかった。 何処か真剣な雰囲気・・・面持ち。 彼女らしくないと言えばそう思えるだろう。 キャロラインと僕の関係性は・・・僕からしてみればほぼ腐れ縁と言っても違いないかもしれない。 だからといって他人かと言われるとそうではない。 キャロラインのお陰で楽しい時だってある。 そう、他人ではない。 ガリーナの映画館。 そこでは僕が管理しているような数々の古い映画が上映されている。 レトロでモノクロ。 そんな魅力的な世界だ。 独特なクラシックジャズが流れる。 10番シアターに入れ・・・と彼女は言った。 僕はタクシーに代金とチップを払い、映画館へと足を踏み入れた。 映画館は明かりがついているものの、無人だった。 人の気配は全くない。 僕は指定されたシアターと映画のタイトルを確かめ、足を進めた。 奥へ奥へと進む。 ようやく10番シアターの前へと辿り着く。 僕は扉を開け、劇場に入った。 室内のスクリーンは、ブラウン管の砂嵐のようなもので満ちていた。 目の健康には悪そうだ。 すると、後ろの座席・・・背後の方から、声が聞こえた。 「いよぅ小坊主。」 聞き覚えのある声だった。 女はこちらに徐々に近づいてきて、姿が視認できるようになる。 「一緒に酒・・・飲まない?」 そうやって女は酒を勧めてきた。 今日の仕事は映画管理だった。 映画館で上映されるタイトルを何とか調べた。 そして仕事の合間を縫って、目的のタイトルを探した。 検索により、案外簡単にそのタイトルは見つかった。 何十年も前・・・いやもしかしたら100年近く前だ。 古いタイトルの映画。 そのパッケージには見覚えのある顔が表紙を飾り、何度聞いても聴きなずむ名前が表示されていた。 役者は勿論年老いて、亡くなった人間もいるはずだ。 女が指定したシアター。 そこで上映される映画のタイトル。 それは・・・ 『キャロラインという女』 「・・・キャロラインか?」 「勿論そうだ。」 女は答えた。 僕は言ってやった。 「僕が調べた限り、戸籍データや住民票を調べてもお前は出てこなかった。」 「そうか、そんなに私が好きだったのか。」 「とぼけるんじゃない。」 僕は大きなため息をついた。 思わず近くの座席に座る。 スクリーンは砂嵐。 一体いつになったらクラシックジャズが流れるのやら。 女は僕のすぐ隣の席に座る。 そして持っていたワインを僕に見せた。 「お前が生まれた年のワインだ。」 そんなこと言われても僕は困った。 目先は再び砂嵐。 僕は聞いた。 「映画はいつ始まるんだ?」 「もう始まってるさ。」 「・・・・・。」 その人間は魅力的な女だった。 偶像的で、人間的で・・・酒が好きな女。 心の中で愛おしさが不安定に浮遊する。 やがて砂嵐は晴れ、映像が瞳に焼き付く。 僕たちはモノクロームとクラシックジャズに呑まれ、やがて色鮮やかになった。 僕の目の前には・・・キャロラインがいた。

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