「顔拭きな。これから大事な話し合いだ。それじゃ締まるもんも締まりゃしない」 餓鬼だね。そうか。と憎まれ口を叩き合い、互いに明後日の方角を見る。 謗り合い、貶し合う中、私はあることに気付いた。 「アセドアを追っていたのか?」 「んな訳ないだろ。誰が好き好んであんな野郎と。一対一でやるなら勝機を見出してからだね。あんたくらいのもんだよ、物好きな頓痴気は。私は、ゼダスの使い。ほかの柔な奴じゃ、首持ってかれるのは確実さ」 彼女は、ふんと鼻を鳴らして、こちらに注視した。 「一体なに考えてるのさ? あんたもゼダスも。大陸中から集められた変わり者の集団だってことは重々承知。だけど、意味不明なんだよ。あんたらの美学はさ」 ふう、と溜め息を吐いて、再度、紡ぐ。 「そりゃあさ。私だって国家は憎いよ。特にあの白の主は好きになれない。でもさ、なにも戦いを挑んでまで打倒したいとはさ……。充分に自由は満喫できてるし、焦ることもないだろ? 断罪の日に消されたことにすれば別の名前も名乗れるし。永遠の自由を約束されてるんだ――」 トキシトラは、目を伏せて先を急いだ。 反論がない訳ではない。だが、この爆砕魔に、人の心があることに驚いた。 彼女は、ゼダスの傍に居たいのだ。それゆえに、この作戦に手を貸している。だが、本音はといえば、今すぐにでも二人切りでどこかへと消えてしまいたい、と思っているようだった。そう聞こえた。 彼女へと布を返し、デザーテアへ帰ったらどうだ、と提案。そこで待っててもゼダスはきっと納得する、と。 「そんな甘い男じゃないよ、ゼダスは」 それはそうかもしれないが。と、いうか彼女を戦力として数えているのは確実だ。 ああ余計なことを喋るんじゃなかった、とトキシトラ。目頭を軽く揉み、 「あんたのことも嫌いなんだ、私は」 と指を立てる。 こっちもだ。 私は呻いた。理由はどうあれ、彼女は命を奪った。仲間の。 ゼダスの命とはいえ、あの時喜んで先陣に立ったのを、私は忘れてはいない。 ついでに、個人的には好きになれる人格ではないし、殺戮の件はほかに任せることもできた。もし彼 女が敵に回れば、躊躇なく冷酷になれる自身がいる。 だが。それでも。 ゼダスに想いを寄せる人物の存在は、こちらを狼狽させた。 これを知って。私はゼダスを。敵という立場になった場合のゼダスを。絶命し得るのか? 少し柔らかになった雨が、頬を伝った。
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