妙な夢を見た。 私はベッドの上に身を起こした。 空はまだ白々と寒い。筈だ。 「やあ」 と傍から声が掛かる。 一体今はいつなのか。酷く緩慢な脳の働きに狼狽する。 昨日の明日、とは分かる。しかしそれにしても、この重さはなんだ。 挨拶代わりに『足枷を外し』、私はゆっくりと直立した。 「調子はどうだい?」 間抜けな声の主は、見張りを義務付けられた一介の兵士。いや、ここに居るという時点で、腕は立つ ことが証明されている。 王立収容所、第二遠隔地、コルゴラバテ。 死刑のみを量刑とする囚人によって占められている、侯国一の危険区域だ。そこで任を得るというこ とは、並大抵の技量では、世に世に務まるものではない。ここで生を謳歌するのは、すべて怜悧狡猾な 者達なのだ。 別名、デザーテア。砂漠のど真中に居を構え、我々を懐にする倣岸不遜な法の徒である。 兵士の男を右顧し、手を縛る鎖を外す。これも、王都お抱えの魔術師によって丹誠を込めら れた一品である。 だが今はいい。 音を立てる縛めを背に、私は両の手で格子を掴んだ。 「ゼダスは?」 問いに、男は仮面を掻いて返答を発する。下だと思う、と彼は欠伸を噛み殺した。侯国の主の書状を 以ってしても、彼を黒甜郷裡より引き抜くは難しいであろう。 重畳、と私は答え、目の前の扉を開けた。 向かいの房では、今日も劣悪な光景が広がっている。両手を後ろ手に縛られ、全身を黒い布で覆われた『贄』が、椅子の上で息絶えていた。いや。まだ息はあるのかもしれないが、常人にそれの判別は不可能だった。 足元にはその者の体液が広がっており、そこに再び新たなる雫が加わる。 悪趣味な、と私は呻いて、部屋の主を探した。 アセドアなら下だ。やっぱり。 と兵士が再び開口し、私はそれに頷いて階下へ向かった。奴はサディストだ、と小さく発するのも忘 れない。度を越え、執着を超越し、通常の価値観を無視した先に、それはあった。奴が嫌いだ。向こう も同じように考えているであろうことは想像に難くないが、少なくとも、私はあの男が嫌いだった。一生。
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