ゼドウィックに花束を 
嘘を囲むテーブル 十五

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 あの時、私が助けた少女は、今なにをしているのだろう。彼女は、私をどう思ったのだろうか。異端の儁秀しゅんしゅうであるがゆえ、非難に晒されるのは慣れている。つもりだった。だが、あの時、確かに我が腕の中で泣いていた少女は、直後、こちらを売り渡した。なにを考え、なにを思い、そしてなにを決めたのだろう。知るよしもない。私がこれほど苦しんでいることなど。さらに私はそれを過去とした。つまり、人とはそういうものであると認識した。  確かに。自分は法を汚した。だがほかに、どうすればよかったのだ? 指を咥えて、年端もいかぬ者を見殺しにしろというのか。それでよかったのか。傷ましい、無垢な瞳の少女だった。彼女が半身を喰い潰されるのを。苦痛が空を朱に染めるのを。ただ黙ってやり過ごせばよかったのか?   どんな気持ちだ。こちらを裁いた君は今。質実的になにか得られたか。  私は、二・三度首を振った。  しろあるじも。あの時私を捕えた剣も。国のためにそれを振るったのだろう。だが本当に疑問を抱かなかったのか。それで――満足か? 人々は、君らを褒めたのか。分かっている。すべて過去のことだ。もう決着が付いたのだ。私は、闇。陽の当たる場所を歩くのが白き人々だというのなら。  私は、闇だ。  いつの間にか、火は勢いを弱めていた。 「明日は、南下してアルツォネルゼを目指す」  ゼダスの陽気な(しかし没義道もぎどうな)声。 「我々は、計画に則り速やかに覇をす」 「もちろんだ」「流石だ、ゼダス」  またも相槌。 「諸君の、健闘を祈る!」  ふ、と私は嘆息した。祈られた神は。敵か、それとも味方か。我々の明日を迎え入れるのか、この国 の、人々の未来を受け入れるのか。それらは矛盾していないのか、そして同一のものなのか。  私は。自らを慕う者とそうでない者の区別も付かなくなってしまった。それだけが、ただ悲しい。  アルツォネルゼは。二つの橋で街への入退を管理していた。中心に、鳩のある報告塔。ゼダスは「鳩は見逃せ」と諸隊に告げた。要するに、だ。王都から騎士団を呼び寄せようというのである。 「二千の内、くるのは半数だろう」  と彼は断言した。同意見だ。いくら深い森に囲まれているとはいえ、王都を留守にはできまい。距離からして、おおよそ八日。無防備な街一つ、訳もなく落とせる。問題は、そこから先だった。半数の兵で街を守ろうというのだから、当然、二つの橋に兵を据えての籠城戦になる。しかし、相手は百戦錬磨だ。食料が尽きるのを、待たぬ筈はない。湖を囲んで、長期戦に持ち込むだろう。確実に。私は、背後の兵を振り返った。いずれも、この三日間で疲労を隠せない。街を落とすのには支障はないだろうが、そのあとの戦いに、善処は期待できなかった。

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