ふう、と溜め息を吐いて、私は額に指を当てた。彼は(一般人の常識で測っても)善人と呼んでいい人柄を有していたが、こういった事態に於いて、少々理解力に欠ける。対応力と判断力にもだ。 私は、自らの率いる部隊――五十名弱――が、よくも今まで失態を晒さなかったと、ほとほと感心した。 いや、と再度逡巡。 ほかの部隊の後片付けを任されていたのだから、それも納得のいく話だ、と二度ほど首肯。 まったく。運のいいことこの上ない。 そんなこちらを尻目に、デュゼは両手をぽん、と鳴らした。 「隊長が居りゃあ、我々も大船でさ!」 こちらを鼓舞しているつもりだろうが、実は私の隊に単刑でここに放り込まれた者が居ないのは、私とゼダスだけが知っている。 ここへきた当初、私の素性を知ったゼダスが、巻き込まれても支障がない人間を選択した結果である。私の『火』に。 そんなこちらをまじまじと眺め、デュゼは心配そうに表情を変えた。 「隊長。アセドアの旦那とまたなにかあったんで?」 二・三度首を左右させ、彼の言を否定する。もっとも、私としてはすぐにでもなにかあってもかまわない。 焚殺ことができるなら、ほかのすべてを放ってそうしたい気分だった。常に。 だがゼダスは、アセドアを重要な戦力として認識していた。ここへくる前、一度「アセドアが居ない」と彼に進言したが、 「腕を錆び付かせたくないんだろうよ」 と一笑された。 仲間は減ったら困るだろう、と食い下がってはみたが、 「奴は一人で百人は殺れる」 と再び無下にされた。 なんにせよ、私は奴が嫌いだ。顔も見たくない。金輪際。 奴の爬虫類を連想させる眼を思い出して、私は床を叩いた。 「だ……旦那……」 とデュゼが代わりに反応する。 私は、忘れてくれ、と彼に返して、その場に膝を立てた。 その時だった。 不意に階下で悲鳴が上がった。 なんだ! とデュゼと顔を見合わせ、急いで表へと足を走らせる。 独房の壁に。 まだ若い、女性の死体が貼り付けられていた。 「畜生! あの野郎!」 と赤い巻き髪が声を荒げる。トキシトラだ。どうやら『贄』は彼女の部隊の者になったらしい。 「殺してやる!」 そう叫んで、別の一人が剣を掴んだ。 その夜遅く、もう一つの死体が鉄扉に飾られた。
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