奴は七日前から姿を消していた。この作戦が始まってからも、行方は杳として知れない。奴の部隊は、指揮する者を欠いた儘、進軍を続けている。 私を裏切っていない証拠に。奴と会わせろ。 こちらの言に、ゼダスは低く声を殺した。 「俺も知らねえ。奴は独断で我々に同行している」 ふん、と私は踵を返した。次に同じようなことがあれば、お前らを敵と見做す。 口ではそう言いつつも、すでに私の心はこの一団から離れつつあった。 「ようし、合流だ」 ゼダスの声が、酷く恬淡に聞こえる。 彼の命令に、五百を越える囚人が集まってくる。 頭上を薙ぐ風巻きが、細雨を死者達の骸へと運ぶ。程なくして強くなり始めた冷雨は、利刃と化して我が心を切り裂いた。いつまでも――そう、いつまでも。 「風邪引きますよ」 とデュゼの声で、我に返る。 八千草を赤く染める血涙を尻目に。 私は、火の熾された家屋へと入った。 「明日にはすぐにここを発つそうで」 デュゼは、温かいカップをこちらに手渡した。 そうか、と返し、ふと仲間の死を振り返った。湮没してしまっている。すでに過去に。 慣れてしまっているのだ、と私は憂いた。 遂先ほどのできごとなのに。忘れてはならない犠牲である筈なのに、と呻く。 月明かりがいかに艶やかであろうと。驟雨がいかに幽遠であろうと。決し てなくしてはならぬものなのに。 私は。なにを求めているのだ? 心の声に自らで深く頭を垂れる。それは、本当に他人の命に勝るものなのか? 出る筈のない答えに、私は愁苦した。 駄目だ。深く考えては。それは彼らの死すら無駄にする。強引ともいえる判断を下し、私はカップを傾けた。 鈍色の心臓と、葉鉄の仮面。それが、今は必要と思われた。 「お時間です。ルイセール殿」 デュゼよりさらに入口に近い位置で、声が上がる。その主は見たこともない、外貌十七・八といった若者だった。 今行く、と私は返し「あとを頼む」とデュゼに仕事を一任する。怪我人や、調子の優れない者の看護である。無理もない。目の前で同胞が屍になったのだ。私の隊は、その半数が戦意を喪失していた。人を殺してデザーテアへきた連中は一人も所属していないので、あれだけ鮮烈な亡骸を見たことがある者は、居ないと言えた。
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