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「はあ!? じーさんが死んだ!?」 ガバッと立ち上がったクザンの声には怒りが混じっている。 後ろでゴトン、と椅子代わりの丸太の倒れた音がした。 「そんでも、下に来りゃすぐ分かんだろ……はぁ!? そのまま凍結してんのか!?」 カロッサへと向かうクザンの怒りと驚きの声に、座ったままのカロッサがじりっと押される。 「っとに、お前は……」 そこから先の言葉をなんとか飲み込んで、クザンが片手で目元を覆うようにして、深くため息をついた。 クザンは、カロッサがどれだけヨロリを大事にしていたのかを知っている。こんな事をして、一番辛いのはカロッサのはずだ。 「……お前らは、いっつもそうやって隠してばっかだな」 言葉とは裏腹に、クザンが片手でカロッサの肩を包むようにそっと撫でた。 ちょっと驚いた顔をしたカロッサの顔が赤いのは、お酒のせいだろうか。 「私達は、不確定な事が言えないだけよ」 照れ隠しにか、強い口調で放たれた言葉に 「へーへー。よく分かってるよ」 とクザンが言葉よりずっと優しい声で答えた。 私達、というのはヨロリとカロッサを指すのだろうなと思いながら、久居は挨拶をして先に席を立たせてもらう。 ごしごしと乱暴に目を擦るリルを窘めつつ、調理場に汲んでおいた桶の水で寝支度をさせると、小屋に闇を入れないよう、小屋の外にかけておいた蚊帳の中にリルを寝かせる。 その間も、二人の会話は続いていた。 クザンはカロッサの隣の椅子に座って、並んで飲んでいた。と言ってもクザンの手にあるのは酒ではなく久居の用意した香りの良いお茶だったが。 クザンは外では決して飲まない。久居はまだクザンが酒を飲むところを見た事はなかった。 「俺も若い頃は、じーさんのわけわからん指令にずいぶん振り回されたが、結局今はこいつらがやらされてんだな」 「誰でもいいわけじゃないわよ? クザンの時も、あんたじゃなきゃ出来ない事だったでしょ?」 「そうかぁ? ガキでもやれそうな、タダのお使いもけっこーあったぜ?」 クザンが昔を思い浮かべるように遠くを見る。 もう二十年以上も前か。 あの夜、ヨロリはテラスから家の前の湖を眺めていた、元から小柄な老人の、その背中がやけに小さく見えて、クザンは声をかけた。 「じーさん、何見てんだ?」 「この星が崩れてゆく姿を、見ておったよ」 ヨロリの目は、もさもさに伸びた眉に隠れてよく見えなかったが、その声が酷く悲しそうに聞こえた事をクザンはまだ覚えている。 「なんでまたそんなもん……」 「儂とて、こんなもの好き好んで見たりせんよ。  この星が……自身を守るため、儂に見せとるんじゃろうて。  助けて欲しいと言うなら、助けてやらんとな。  儂らは、此処にお世話になっとる身じゃからのぅ」 そう言って、ヨロリはポンと、クザンの腕を叩いた。おそらく、身長差がなければ肩を叩きたかったところなのだろう。 「って俺かよ! またどっか行けってか?」 察しの良いクザンに、ヨロリはうんうんと頷きながら 「他に暇そうな奴なぞおらんて」 と答える。 「じーさんがなんとかすりゃーいいだろ」 クザンがぼやくも、 「ただ飯食いの居候が。ちっとは働け」 「うぐっ」 ヨロリに悪戯っぽく言われて、クザンは大袈裟に胸を押さえて見せた。 当時、クザンは獄界を追放された小鬼に付き合って獄界を飛び出したまま、中間界で小鬼と共にヨロリの家に厄介になっていた。 そんなわけで、クザンも内心は自分にできる事なら何でもしよう。と思ってはいたものの、当時のクザンは、まだ今ほど素直ではなかったし、親と大喧嘩したイライラも尾を引き、あまり態度は良くなかった。 そんなクザンをからかいながらも、居場所を提供し、時に窘め、見守ってくれたヨロリに、あの頃のクザンはとても救われていた。 そのヨロリが、もう亡くなったという。 クザンが何も知らないうちに、既に、亡くなってしまったと。 まだ、返せなかった恩が山ほど残っていたのに。 当時伝えられなかった感謝の言葉は、獄界で必ず伝えよう。と心に決めるが、それでも、何もできないままの別れが悔しくてたまらなかった。 きっとリリーは、誰に聞かずとも分かっていたんだろう。 彼女には未来が見える。……見たいかどうかは別として。 俺だけが、いつだって馬鹿みたいに、何も知らないで過ごしてる。

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