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どうやら、リルはカロッサの指導の元、耳とツノを隠すための練習をしていたらしい。 「でも、どうなってるのか見えないと、リル君自身が成功かどうかが分からなくってね。  また今度、リリーに鏡でも貸してもらってからやろうかって、諦めたとこだったのよ」 と、カロッサが苦笑と共に説明する。 実際に引っ込めるわけでなく、見た目だけを変える術の練習では、確かに、触って確かめても結果が分からない。 「そうなんですね、お役に立てたなら良かったです」 とレイは返事をしつつ、それなら見える部分で練習すれば良かったのでは? と内心思う。 そこへ、カロッサが頬に手を当ててため息まじりに呟いた。 「リル君、手ではできるんだけどねー。ツノと耳は消えないのよねぇ……」 なるほど、とレイは思う。確かに鬼にとってツノは力の象徴でもあると聞いた事がある。種族が違えば、同じ術でも部位によって難易度が異なるのかも知れない。 レイは右隣で、うーんうーんと小さく呟きながら頑張っているリルを見る。 リルの小さなツノの先がチリリと揺らめいて、消えかかりそうになるも、また元に戻ってしまった。 「ところで、天使のサーチ画面って視点固定なの? 北向いてたら顔映らない?」 ワクワクした声に振り返ると、カロッサが紫色の瞳を大きく開き、キラキラ輝かせている。 (かっ……可愛い……っ!!!) レイはごくりと言葉を飲み込んでから、少し申し訳なさそうに答えた。もちろん顔は赤くなっていたが、これはもう仕方がない。彼女が可愛すぎるのが悪いのだ。とレイは思う。 「……残念ですが、視点は手動で変更できます」 「ちぇー、そっかー。残念……」 カロッサがやはり、つまらなそうに唇を尖らせる。 そんな拗ねた仕草すら、レイにはたまらなく可愛く見える。 (……伝えたい事。か……) 先ほど久居に囁かれた言葉がよぎる。が、レイはカロッサに何かを伝える気はなかった。 好意を伝えるだけならば、やろうと思えば出来るだろう。それでも、それからどうすれば良いのかが、レイには分からなかった。 異種族、それも、成長スピードが倍ほども違う相手に、一体何ができるというのか。 カロッサは今三十代後半だったが、たとえこれから五十年ほど経って、彼女の寿命が尽きる頃、レイはまだ外見的には五十代にもならないだろう。 せめて仕事として、彼女が命尽きる時まで、その命を守れたなら……。 レイはカロッサの警護の任を勤め上げる事を何より願っていたが、それも叶わなくなってしまった。 レイが、胸にわだかまる気持ちを切り替えようとかぶりを振ると、長い髪がふわりと周りに広がる。 それを見て、カロッサが言う。 「その髪、結んだほうがいいんじゃない?」 きょとんとレイがカロッサを見ると、カロッサはニヤリと企み顔になった。 「ふふっ、術のお礼に、私がコーディネートしてあげましょうか?」 カロッサの、つり目という程キツくない、緩やかなカーブを描く紫の瞳が、悪戯っぽく細められる。 それだけで、深い紫色は宝石のように煌めいた。 その小悪魔のような微笑みに、レイはすっかり見惚れてしまったのだった。 ---------- 「……なるほど、経緯はわかりました」 久居が、どこか冷ややかにレイを見下ろした。 今のレイは、久居よりも一回りほど小柄な姿をしている。 「レイ君操作系うまいわよねー。ついつい楽しくなって弄り過ぎちゃった」 カロッサが、あははと笑いながら言う。 「でも、うまく出来てるでしょー?」 先ほどまで、まだ若干イライラしていたはずのカロッサは、随分とスッキリした顔をしていた。 レイで散々遊んで、すっかり発散出来たようだ。 「やっぱり、これじゃダメだよな? な??」 レイは、縋るように久居を見上げる。 ダメだと言って欲しいらしいレイの言葉に、久居がもう一度レイの姿を眺める。 髪は黒に近い色に染められ、後ろで簡素に束ねられている。目や眉も同様に黒に近付けられ、眉は細く、目は黒目がちに整えられていた。 体格も小柄に、菰野とフリーの間くらいに収まっており、その体には、いつの間に調べたのか、きちんと山村の村娘同等の服が着せられ、何故か大きな背負子を背負っていた。 「いえ、変装としては上出来だと思います。……まさか、女装とは思いませんでしたが」 久居の言葉に、レイがガクリと大きく肩を落とした。 「…………ありなのか……」 レイとしては、カロッサに手伝ってもらった以上、久居に断られたという形にでもならなければ、申し訳なくて外見設定を変更しきれないようだ。 うなだれたレイの細い体のラインをなぞって、束ねられた黒髪が肩から零れる。 それは、どこからどう見ても、間違いなく可憐な少女だった。 「レイ、とっても可愛いよっ!!」 間違った方向へ励ますリルの言葉に、今小屋前に着いたばかりのフリーが驚いて駆け寄る。 「え、えっ!? その子って、天使さんなの!?」 フリーが、見慣れない少女を上から下まで眺めながら、その中に天使の面影をひとつも見つけられずに困惑する。 「うん、フリーもやってる、翅を隠す術だよ」 リルの言葉にフリーがもう一度驚く。 「そーなの!? えっ、あれ極めたらこんな風に好きな見た目になれちゃうわけ!?」 「みたいだよー」 「なにそれ! 私、練習頑張る!!」 「ボクも頑張るーっ!」 何やら、リルとフリーの術への意欲が高まっている様子に、カロッサが満足そうに頷いている。 (流石にレイ君ほど完全に姿を変えるのは難しいだろうけど、せめて私が見てやれるうちに、ツノや翅くらいは隠せるようになってもらわないと) と、カロッサは残り時間をそっと数える。 何か少しでも残せたらと思うのは、きっと私のエゴなのだろうけれど。 それでも、友人の子ども達に、一生使える技術を残せるのなら、それはカロッサにとって、とても嬉しい事だった。 「菰野様、いかがですか?」 久居が少年主人を振り返り、レイの外見について確認と承認を求める。 菰野は「久居に任せる」とだけ苦笑しながら答えた。 いつの間にやら、菰野はリルとフリーの話に巻き込まれていた。 フリーに好みの髪型や容姿を聞かれては 「そのままのフリーさんが可愛いよ」とさらりと返して 「そ、そういう事じゃないのっっ」とフリーをどぎまぎさせている。 久居は、主人の許可を得てレイに向き直ると、気になっていた点について尋ねた。 「その背負子は?」 尋ねられたのはレイだったが、なぜかカロッサが嬉々として横から答える。 「いいアイデアでしょー!? レイ君の羽と、減らした分の体格を詰め込んでみたの!」 「なるほど、そうですか……では、荷物は入らないのですね……」 カロッサの答えに、久居があからさまにガッカリする。 じわりと伏せられた黒い瞳に、レイは思わず言ってしまう。 「いや、少しなら入るぞ」 久居は、まるで待ち構えていたかのように、即座に尋ねた。 「私達の荷物をお願いしても?」 「あ、ああ」 答えるレイの、今は小さな頬が小さく引き攣る。 「ありがとうございます、助かります」 久居がやたら綺麗に微笑むのを見て、レイは少しだけ、まずい事を言った予感がした。

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