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「久居、今日の夕飯、なんか量多くないか?」 毎食律儀に料理を手伝うレイが、大鍋をかき回しながら、久居に尋ねた。 毎日帰りの遅いリリーを待ちきれないのか、カロッサが久居の料理を、昼のみならず夜まで食べてから帰るようになったので、最近の久居はリリーの分まで夕飯を作り、カロッサに毎日持ち帰ってもらっていた。 それでも、今日はそれ以上に多い。とレイは思う。 「ええ、今日はちょっと多めに作りました。余った分は明日に回しますので、大丈夫ですよ」 と久居が答える。 久居は、腕輪を日々の生活で器用に使っていた。 水分を沸騰させたり凍らせたりが自在にできる能力は、調理での活躍はもちろん、食品の保冷庫を作ったり、気温を調節したり、瞬時に風呂を沸かしたり、久居が持つ限りとても平和的に活用されていた。 そのため、リル達はこの夏の最中でも、余った料理を保冷し安全に明日食べることが出来る。 「そうか、ならいいのか」 レイが納得顔をしたのを久居がチラリと確認した時、リルがやって来た。 「わー、良い匂いー。これお父さんが好きなやつだね!」 「リルも、お皿を並べてもらって良いですか?」 「はーい」 リルが、素直に返事をして、お皿を受け取ると、とことこ歩いて行き大テーブルに並べ始める。 「……もしかして、今日来るのか?」 レイが、ぽつりと鍋の中に呟きを落とす。 「連絡はいただいていません」 久居が、事実だけを告げる。 「ですが、今夜は新月ですので、もしかしたらと思い準備をしました」 珍しく、久居が不確定な事まで話してくれたのが、レイはなんだか嬉しかった。 「新月だと、何が違うんだ?」 「新月に近付くほど、クザン様のお仕事が減りやすくなります」 「へえ、何でだ?」 「……」 久居が言葉に詰まる。 しまった、聞きすぎた。鬼の仕事内容にまで触れるつもりはなかったんだが、結果的にそうなってしまったようだ。 「いや、話さなくて良い!! すまない、俺が聞きすぎた!」 言葉を選んでいた久居が、レイの様子にキョトンとレイを見上げる。と、小さくふき出した。 「そんなに……慌てずとも、話せない事は話しませんので、大丈夫ですよ」 クスクスと笑う久居に、なんだか恥ずかしくなって、レイは赤くなった顔を片手で隠した。 その晩、クザンはやってきた。 リルの耳がピクピクと跳ね、地中に向けられる。 「あ、お父さんかも」 と言うのを聞いて、カロッサと空竜が警戒を解いた。 ちなみに、レイは日が暮れきる前に小屋に入っている。 「よお、お前ら元気にしてたか?」 皆の注目を浴びて、堂々とクザンが姿を現すと、久居もようやく警戒を解いた。 鬼達は、たとえ相手が地下へ出入りすることを知っていても、一応人目のないところで地中に出入りしようとするようで、クザンもやはり、出現後に草陰から現れた。 クザンは、皆の挨拶に人懐こい笑顔で応えながら言う。 「今日はでっかい馬獲って来たぞ」 「うまー?」 「おう、血を補うのに持ってこいだ。変態に持たせてっから、もうちょいしたら着くだろ」 「ありがとうございます」 深々と謝意を告げる久居の肩をポンポンと叩いて、クザンが「顔上げろ」と言う。 久居が言われた通りに顔を上げると、クザンがジッと覗き込む。 「よしよし、ちゃんと休んでんな。  お前のことだから、無理してリル達の世話焼いてんじゃないか、気になってたんだぜ?」 言われて久居は、先月レイに付き合って徹夜した事は黙っておこうと思った。 「なんか良い匂いすんな。夕飯まだだったか?」 「私達は先に済ませましたが、まだ沢山ありますので、クザン様も良ければいかがですか?」 「おう、頼む。腹減ってんだわ」 ニカっと嬉しそうに笑うクザンを、屋外に設えた大テーブルに案内すると、久居が一礼してから料理をよそいに去る。 その席には既に食器が出してあり、飲み物も出されている。去り際に久居が軽く冷気をかけて行ったので、飲み物はほどよく冷えていた。 クザンが気分良くそれに口を付けていると、クザンの背中に引っ付いていたリルが、ぴょっと肩から顔を出す。 「おとーさん、違うよ!」 「ん? リルどうした?」 「久居、今日おとーさんが来るかもって、それでおとーさんの好きなやつ作ってたのっ。  だから、残ってたんじゃないよ、おとーさんの分だよ!」 「ハハッ、だろうな」 笑って答える父に、リルがつまらなそうに口を尖らせる。 「えー、驚かないのー?」 「お前が一人で準備してたんなら驚くぞ?」 からかうように言われて、リルがぷうと膨れる。 同じテーブルの向こうで、つられて飲みはじめたカロッサが「まぁ、今夜は新月だもんねえ」と呟いた。 「そだな、つーか、なんでもない日に待ち構えられてたら引くけどな、変態みたいにな!」 思わずガタンと立ち上がるクザンの言葉は、後半にやたら力が入っていた。 何かおぞましい物を思い出してしまった顔でクザンが固まるので、カロッサが声をかける。 「どうせこの後来るんでしょ? 今くらい忘れてれば?」 「忘れられるもんなら、忘れてぇ……」 はああああと大きなため息をつきながら、座り直すクザンが、ふっと小屋の方を見る。 声を少し落として、クザンがカロッサを振り返った。 「なんであいつ捕まえてんだ?」 「つ、捕まえてなんかないわよ」 カロッサが心外だという風に返す。 が、そう思うところはあるのか、その目は空を泳いでいた。 「あんなとこに、ずっと閉じ込めてんのか?」 うっ。とカロッサが言葉に詰まる。 「仲間にも家族にも会わせてやってないのか?」 そこへ、久居が料理を出す。 「お待たせ致しました」 「おう、ありがとな」 恐縮です。と短く応えた久居が、するりと後ろに控えようとするので、クザンが椅子にかけさせる。 「えーと、あの天使。名前何つったか……」 「レイだよー」「レイ君ね」 「なんかお前ら、それ天使に対して短すぎねぇか?」 「そうなの?」 「あいつら、やったら名前なげぇし、仲いいやつ同士でもまず五文字以下にはならねーだろ」 「そうなの?」 カロッサとリルに交互に聞かれて、クザンが「そーじゃねーのか?」と聞き返している。 「レイザーランドフェルトという名前でした」 久居の言葉に、 「そんなら、レイザーランドとか、レイザーラくらいまでじゃねぇの?」 と返したクザンが 「「そうなの?」」 とカロッサとリルに二人一緒に聞き返されて、頭を抱える。ニヤニヤ笑うカロッサの方は悪ノリしているだけのようだが。 「……まあ、名前の話は置いといて、だ。  お前らはあいつの自由を奪ってんのか?」 ジッとそれぞれの顔をみるクザンに、それぞれが目を伏せたり、俯いたり、首を傾げたりした。 「……私が話すわね」 とカロッサが挙手する、久居はカロッサにつまみとおかわりを要求され、調理場に引き返した。 久居が盆を手に戻ったときには、話は済んでいたようで、 「もうこれ以上は話せないからね?」 というカロッサに 「お前らはいっつも隠し事ばっかだよなぁ」 とクザンがため息をついていた。 久居は小屋の様子をちらと伺う。 もし起きていたとしても、レイのいる小屋からはこの会話は聞こえないだろう。 聴力という点では天使は人間と同程度だった。 「まあ家族はその義兄だけみたいだし、しばらく我慢してもらおうと思うのよ」 「ふーん。まあ事情は分かった。お前ら、せめて捕まえてる分くらいは可愛がってやれよ?」 「はーい」 と素直に返事するリルは、少し眠そうな顔になっている。そろそろ寝る支度をさせようと久居が思う。 「ちゃーんと可愛がってるわよ?」 というカロッサは、おそらく可愛がるとからかうが同義だと思っているに違いない。 「はい」 と答えた久居に至っては、そもそも可愛がる必要があるのだろうか、と思っていた。 クザンが三人の反応を見ながら「本当に大丈夫かよ」と呟きつつ、首を捻る。 「しっかし、カロッサはすっかりこっちに居ついて、じーさんとこ顔出さねぇでいいのか? 寂しがってんだろ」 クザンの言葉に、場が凍った。

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