カロッサとレイが、久居の傷ーーと言っても、出血は止められていたが、臍から指四本分ほど離れた場所のそれを覗き込む。 薄皮が一枚、なんとか組織の流出を防いでいるだけの、深く抉れたそれは、傷痕というよりまだ傷そのものだった。 「ここだけ、治せないのですが、これはやはり先程の……」 久居の指した傷の奥には、小さな蛇の形の火傷跡が朱く残っている。 傷を覗き込んだ二人が、それぞれ答える。 「これは……おそらく一種のマーキングだ」 「呪詛の形に近いわね……」 告げる二人の表情が険しくなる。それを見て、答えを何となく予測しながらも、久居が確認する。 「お二人に解除は……?」 「この場では難しいな……。上で調べてくれば方法はあるかも知れないが、俺は明日当番もあるし、来れるのは三日後だ」 「御師匠様(せんせい)ならできたんだろうけど、私の腕じゃ……まだ出来そうにないわ、ごめんね……」 まだ落ち込み気味だったカロッサが暗くなるのに対して、一緒に覗き込んだ事でカロッサと顔が近付いたのに気付いたレイが赤くなっているが、久居は見なかった事にして、尋ねた。 「切り取れば解除できますか?」 「ああ、切り取れば……ってお前それ臓器だろ!? わざと内側につけてあるんだ! 外されないように!!」 答えかけたレイが慌てて叫ぶと、レイの膝の上でリルが鎧にごちんごちんと頭をぶつける。が、目覚める気配は微塵もない。 レイは、赤くなったり青くなったり忙しそうだ。 「そうね、この部位に付いてるだけの術みたいだから、ここだけ落としてしまえば、大丈夫、だと、思うけれど……」 カロッサも遠慮がちにではあるが答えてくれたので、久居は安心した。 「それなら良かったです」 ふわりと微笑む久居に、カロッサは黙り、レイは叫んだ。 「いや、良かないだろ! 自分で切って自分で治す気か!? 切った時点で気を失ったら死ぬしかないんだぞ!?」 「……まあ、そうですが、このくらいでしたら大丈夫ですよ」 レイの勢いにちょっぴり押されつつ、久居が答える。その返事に、ゔゔゔとしばらく唸ってから、レイが顔をあげた。 「……分かった。俺が手伝う」 真剣な、覚悟を決めたようなその表情に、久居は内心首を傾げる。 この程度の処置、一人でもそう危なげなく出来ると久居は判断しているのだが、相手はそうではないらしい。 「いえ、そんなお手数をおかけするわけには……」 「いいから!」 強く遮られて、一瞬久居がキョトンと驚いたような顔をしたが「では、お言葉に甘えて」と笑った。 あどけなくはにかんだ久居の柔らかな微笑みに、カロッサとレイが目を奪われる。 (へえ、久居君も、歳相応の顔をすることがあるのね……) カロッサは、その微笑みに心癒されながらも、そんな彼をこの先も戦場に送らざるを得ない現実が心に重くのしかかる。 カロッサが横をチラリと窺うと、金髪の天使は同じように久居を見ていた。 (御師匠様の仰っていた崩壊を防ぐための三人目……。天使の青年っていうのは、やはりこの子で間違いなさそうね……) そっと確信を強めるカロッサの隣で、当の天使は久居の笑顔にまだ動揺していた。 (い……いやいやっ、内臓切り取ろうって話で、そんな風に笑うか!?) レイはここまで真面目な顔ばかりだった青年が、ほんの少し見せた綻びに戸惑っていた。 笑みを向けられたことはあった。けれどそれは優美な微笑みで、こいつはああいう顔で綺麗に笑う人物なんだと思っていた。が……。 (こんな風にも、笑うんだな……) 久居に印を残したということは、あの鬼は、再度久居と接触する気があるのだろう。 つまり、この件はまだ、終わっていないという事だ。 レイはポカンと開いてしまっていた口を閉じると、ひと呼吸整えて考える。 あの鬼は、最後に何と言っていた? あれはただの世間話ではなかったと、レイもようやく気が付く。 何ひとつ疑問に思うことなく答えた自身に、少しの不甲斐無さを感じつつ、レイはもう一度口を開いた。 「……久居は、四環守護者なのか?」 レイに真っ直ぐ見据えられ、久居はカロッサに視線を送る。 「あーー。うーん……そうねぇ……。レイ君には、話しちゃおうかしら」 そう言って、カロッサは頬に手を当て考える仕草をする。 「これから先、もっと大変な目に遭うかも知れないんだけど……」 カロッサは言いながら三人を見渡す。 「三人ーーリル君は寝ちゃってるわね……ええと、覚悟をしてもらってもいいかしら?」 「え? は、はいっ!?」 レイが顔を真っ赤にして答える。 どうやら、カロッサがリル達につられて、レイの名を短く呼んだのに動揺したらしい。と、久居は気付いたが、ひとまず気付かなかった事にした。
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