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金髪の青年が放った渾身の水流を、クリスの放つ風が木っ端微塵に吹き散らす。 その光景に、青年は顔面蒼白となった。 高い位置で散らされた水達が、場の全員に雨のように降り注ぐ。 クリスは、立て続けの技の使用で肩を揺らしながらも、青年に向かって言った。 「しつこく腕輪を狙ってくるから、てっきりこれが何だか分かっているのかと思ってたけど……。そうじゃなかったみたいね」 少女の言葉に、青年はようやく気付く。 (ど、どういうことだ!? まさか、これではあれに勝てないと言うのか……!?) 動揺を隠し切れない青年へ、クリスが歩を進める。 「その腕輪、返してもらうわよ……」 そんな二人のやりとりを、ハラハラしながら見守っていたリルが、近付く足音に振り返る。 「久居!」 「リル!」 久居はリル達の無事を確認すると、降りしきる雨の中、息を整えながら周囲を見渡す。 (これは……。局地的な夕立……と言うにも、流石に不自然過ぎますか) その奥でクリスがもう一度、風を振るう。 腕輪を返そうとしない金髪の青年が、壁に叩きつけられた。 「ぐあっ!!」 それを追うように、クリスが壁際へと進む。 青年は体を震わせつつも、何とか上半身を起こした。 「そっちから、わざわざ持って来てくれて助かったわ」 クリスが、まだ腕輪を返す気のなさそうな青年へ、もう一撃入れるべきかと悩む間に、クリスの足元で倒れていたコート男が動いた。 「クリス!!」 それに気づいたリルが声をあげる。 「え」 男はクリスの背後から、右腕で少女の首を締めると、左手で腕輪を掴んだ。 「きゃっ!」 駆け寄る久居とリルに、男の鋭い声が飛ぶ。 「動くなっ!!」 二人は足を止めるしか無かった。 せめてもう少し近くであれば、いや、酒が入っていなければ、と久居が悔やむ。 コートの男は、クリスの首を締め上げる。 険しい表情で顎を引いて抵抗していたクリスだが、男の腕力の前に、次第に苦しげな表情へと変わった。 「クリス!!」 息を詰まらせたクリスの金色の瞳に、じわりと涙が滲む。 「クリスを放せ!!」 リルが必死に叫ぶ。 「おいおい、そんな事言われて素直に放す奴がいるか」 金髪の青年が答える。 いつの間にか、コートの男はもう一人意識を取り戻し、立ち上がろうとする金髪の青年に手を貸した。 「あいつらを縛り上げろ」 「はっ」 命じられ、コートの男が縄を取り出しリルと久居に向かう。 なすすべもなく縛られるリルは、悔しげな表情を浮かべている。 久居は、縛られれば敵の監視が疎かになるだろうと踏み、大人しく縛られた。 (クリス……!!) リルは、どうすることもできずに、コート男の腕の中でもがくクリスを見つめる。 「腕輪をよこせ!」 ぐいと左腕を引き上げられても、クリスは全力で抵抗を続けていた。 「おい、やめろ、腕が折れるぞ!!」 (そんなの構わないわ!!) 何としてもその腕輪に触れようと、クリスが無理に腕を曲げる。 (これを奪われたら、あの世で皆に合わせる顔が無いんだから!!) 瞬間、白い影がクリスの前に立つコート男へ飛びかかる。 「うわっ!!」 顔面に酷い掻き傷を付けられ仰け反る男を蹴って、白い影はクリスへ向かって跳ぶ。 「牛乳!」 クリスの喜びの声。 牛乳は、クリスの手首を掴む男の手を引き裂いた。 「ぐあっ!!」 クリスがその隙に、男の腕からすり抜ける。 回転しつつ着地しようとする牛乳に、顔を掻かれた男が血の滲む顔で腕を振り上げた。 「牛乳っ!」 リルが思わず叫ぶ。 牛乳の頭上から、組まれた両手が力一杯振り下ろされた。 鈍く何かがぶつかる音と、牛乳の悲鳴は、ほぼ同時に聞こえた。 咄嗟にクリスが振り返る。 その目に、地に伏し痙攣する白猫の姿が映る。 「牛乳!!」 「クリス! 戻っちゃダメだ!!」 逃げ足をゆるめたクリスの腕を、追ってきたコートの男が掴む。 背後から両腕を男の両手に拘束されたクリスが、それでも叫んだ。 「牛乳っ!!」 牛乳はクリスにとって、最後に残った唯一の家族だった。 白猫を殴った男が、地で跳ね転がった牛乳へ大股で近付いてゆく。 「やめて!!!」 少女の悲痛な叫びを聞きながら、男は力を込めてその猫を踏み潰した。 「ぎにゃあああぁぁぁああぁぁっっ」 ゴキべキと細い何かが踏み砕かれる音ともに、牛乳の四肢がビクンと跳ねる。 その後で、細く長い尻尾が、ぱたり。と地に落ちた。 それきり、猫は動かなくなった。 「ーー……あ……」 クリスの顔は真っ青だった。 小さく、震えているようにも見えた。 茫然自失となったクリスの左手から、金髪の青年が腕輪を外す。 「お前もすぐに後を追わせてやろう。四環守護者の生き残り」 勝ち誇ったような笑みを浮かべて、青年は言った。 (四環……守護者? クリスさんが、ですか) 久居は縄抜けに苦戦していた。 (くっ、もう少しで……) 後ろ手で術を使い縄を切ろうとしているが、どうにも酒のせいでコントロールが悪い。 ぷつん。と何かが切れる音がしたのは、久居の隣からだった。 (リル!?) 久居が、飛び退るようにして何とか身を躱す。 その背後でジュッと何かが燃え尽きた音がした。 (縄が……蒸発した音ですか!) 「どうして……」 リルが、言葉を落とすように、ぽつりと呟いた。 その全身をわずかに陽炎が包んでいる事は、よくよく目を凝らさなくては分からない。 「こんな……」 呟きを残しつつ、リルはゆらりと立ち上がった。 「酷い、事……」 リルの声に憎悪が滲んだ時、少年の全身を包む熱気が、妖しく揺らいだ。

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