「光よ! その姿を鳥に変え、邪なる者に鉄槌を!! アウィスレイ!!」 空を裂いて現れたレイの、凛と通る声。 それに応えるように、レイが広げた両手から光が溢れる。 光は一瞬で鳥の形を成すと、群れとなり蛇達に突き刺さり、あっという間に五匹全てを切断した。 「レイ!」 リルが歓喜の声を上げる。が、首根っこを掴んでいた蛇が消えたせいでリルは地面にべチンと顔から着地した。 久居は、リルよりずっと高いところに縫い止められていたが、何とか無事着地すると、すぐさま腹部を治癒し始めた。 一方でレイは、ズダン!! と強引にカエンとリルの間に着地したが、かなり無理をしたらしく脂汗がじわりと額に浮かんでいる。 カエンは優雅に数歩下がると、レイに一礼した。 「おや、天使様が我が家になんの御用でしょうか? 訪問のお約束は承っていませんが?」 「……時の魔術師の居宅を襲い、その弟子を連れ拐ったのは貴方で間違いありませんか?」 レイが、カエンへ厳しい視線を送る。 その視線を軽く受け流すと、カエンが肩を竦めて見せた。 「そんな大それた事、私がすると思いますか? 大方部下が先走ってしまったんでしょうね、それに関しては謝罪しましょう。大変申し訳ない事をしてしまいました」 さらりと、悪びれる風もなく答えたカエンに、レイは顔を歪ませる。 「ーーっそれで、あの男は自爆したのか……?」 「そうですか。彼なりに責任を取ったんでしょうね」 絞り出すような声のレイに対して、カエンは変わらぬ優雅さだった。 カエンの言葉に、レイは嫌悪感を滲ませる。 「……それでは、この二人は?」 レイが半歩下がって、視線でリル達を指す。 「さあ、それはこちらが聞きたいですね? 私の城の壁を壊して入り込んできた不届き者を、追い払おうとしていたまでですよ?」 カエンはあくまでシラを切り通すつもりらしい。 「……お前達は、それでいいのか?」 レイが肩越しにリルと久居を伺う。 リルが久居を見たので、結果全員の視線が久居に集まった。 「ええ、私達は、カロッサ様さえ返していただければ……」 久居が、まだ苦しげな声で、しかしハッキリと答える。 その返事に、当然だといわんばかりの顔をしていたカエンが、わざとらしく驚きを浮かべた。 「なるほど、それは失礼な事をしてしまったね。てっきり物取りか何かと思ってしまったよ」 カエンは、もうこの場をこれで終わらせるつもりなのか、と全員が思いかけた時、ふっとカエンがレイに視線を戻した。 「ところで、天使様は近頃この近辺で四環の守護者が変わったのはご存知かな?」 不意に変わった話題に、レイが目を小さく見張る。 「四環……? いえ、初耳です。そもそも四環は、人が持つ限りは天界も獄界も手を出さないのがルールですから」 レイは、耳にした単語が何だったかを思い出すのに少し時間を要した後、きっぱりと答えた。 「……そうだね。いやあ、私もちょっと耳にしただけですよ」 カエンがにこりと微笑んだ。 レイの様子を見る限り、天使は四環については関わりがないと踏んだのだろう。 結果、カエンはあっさりとリル達を帰した。 ---------- そんなわけで、リル達は現在、空竜でカロッサの家……の跡地へと向かっていた。 レイは、カロッサを無事送り届けるまでは、と、空竜と並んで飛んでいたが、徐々にへばってきたので途中で久居が空竜に乗るよう誘った。 「い、や……、すまない……、あまり、長距離飛ぶのは、難しいんだ……」 久居が、息切れしているレイに水筒から水を汲んで差し出す。 カロッサは、肩で息をする天使が面白いらしく、さっきからクスクス笑っていた。 「あははっ、ふっ。ぷははっ。いや、ごめんごめん、これだけ飛べればかなり飛べる方よねぇ。若いのに凄いわー」 目尻に滲んだ涙を細い指先で拭いながら、カロッサがフォローを入れる。 レイは、間近で見るカロッサの笑顔に、まだまだ動悸が収まりそうに無いようで、相変わらず耳まで赤く染めていた。 久居は、カロッサと合流した途端、土下座せんばかりの勢いで、自分の不手際によってカロッサを危険に晒した事を謝罪し倒していたが、無事カロッサの赦しを得て、今はリルの火傷を治した後、自分の怪我の治癒にあたっていた。 もちろん、カロッサには久居達を責めるつもりは毛頭なかったどころか、カロッサ自身に非があると思っていたため、謝りたいとも思っていた。しかし、久居の怒涛の謝罪に押され「だ、大丈夫大丈夫。全然、本当、なんともなかったから」と伝えるので精一杯だった。 リルは、疲れが出たのか、久居に寄りかかるようにしてうつらうつらし始めた。 久居が片腕でなんとかリルを抱えようとするのを、レイが気付いて声をかける。 「久居はその傷、もう一度開いて治すのか?」 久居の脇腹は、まだ抉れたままの形で、ひとまず止血がしてあるのみだった。 「え、ええ、そのつもりです……が」 「リル、眠いならこっちくるか? 久居に集中させてやったほうがいい」 人間が、そこまでの治癒術を使えるという事に内心驚きを感じつつ、レイが声をかける。 「んー……レイ抱っこー……」 「抱っこじゃないだろ、支えといてやるだけだぞ。ていうかお前いくつなんだよ」 力なく、てろんとレイへ伸ばされたリルの両手をぐいと引っ張り、レイがリルを胡座の中に入れてやると、「ボク十七歳だよー……」とつぶやいてリルが目を閉じた。 「十七だったのか、思ったより幼かったんだな」 レイの言葉に、久居が驚いて顔を上げる。 視線を感じて、レイが久居を見た。 「ん? これも知らなかったか? 鬼で十七なら、人間だと八つってとこだ」 「……そう……なのですか……」 リルの成長が遅いことは知っていたが、まさか半分ほどとは思っていなかった久居がショックを受けて呆然とする。 その様子に、カロッサが慌ててフォローを入れる。 「で、でもリル君は普通の鬼より成長が早いから、もう少しは上なんじゃないかしら? 十か十一くらいには見えるわよ?」 「そう、ですね……」 カロッサの言葉に頷いたきり、久居は黙って俯いた。 なぜか酷く落ち込んでしまった久居に、レイとカロッサがどう声をかけるべきかと悩み始めた頃。 「すみません。これが何か、お二人はお分かりですか?」 と久居が少し青ざめた顔で、傷痕を指して尋ねた。
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