レイが、その葛藤を見せてくれた事に、久居とカロッサが内心ホッとしながら顔を見合わせる。 隠さないでくれるなら、一緒に考えることも出来る。 それでは私が、とカロッサに仕草で伝えて、久居がしゃがみ込むレイの前に膝を付いた。 「レイ(さん)、話していただけますか?」 レイが抱えた頭をそのままに顔を上げる。 半眼で、久居をジロリと見ると、 「……その『さん』が取れたらな」 と答えた。 「……」 久居が柔らかな笑顔を浮かべたまま固まる。 「ねーねー、環って、こんな色だった?」 リルが、思い出した。とばかりに皆の前に環を差し出す。 金一色のシンプルな環は、それでも、その精巧な彫金に彩られ神聖な輝きを放っていた。はずだった。それが今は……。 「少し、燻んでますね」 「血が付いたからかしら……」 「でもボク、これすっっっごいよく洗ったんだよー?」 レイがゆらりと立ち上がり、リルの手から環を一つ取り上げる。 「レイ?」 しばらくジッとそれを見つめていたレイが、環をリルの手に戻すと、盛大なため息を吐きながら、その場に項垂れた。 「せめて、疑わしい、くらいにさせてくれ……。 これはもう、確定じゃないか……」 地に手をつくレイを見ながら、リルが環を久居に手渡す。久居は、それを二つ装備しながら、カロッサとリルを見回す。 リルは小動物のようにくりっと小さく首を傾げたが、カロッサの方は表情を翳らせていた。 何か思い当たる事があったのだろう。 久居は覚悟を決めると、レイに呼びかける。 「レイ……話してください」 久居の、恥ずかしさをぐっと堪えた顔を見上げて、レイは、泣きそうな顔で笑い「分かった」と返事した。 「鬼は確かに夜目を使う代表種だが、その環は人専用の神器だ。鬼の血が少しでも混ざれば使えない」 「それを、使えるんだろ?」とレイに恨めしそうに確認され、久居が「使えます……」と答える。 「使えるって事は、人間って事だ。人間の中で、夜目が使える奴……となると」 ここでレイが、また心底嫌そうにため息をついてから、 「久居は闇の血を引いてる……って事になる」 と告げて、また頭を抱えた。 「……闇の者は、天使の天敵だ。 穏健派でも必ず見張りをつけるだろうし、過激派に知れた日には、即座に刺客を差し向けられるだろう」 久居が、予想していなかった答えに息を呑む横で、リルがぷんぷんと怒りだす。 「何それ! なんでその血を引いてるってだけで、久居が殺されちゃうの? 何も悪いことしてないのに!?」 感情のままに口にしてから、それは自分のことでもあったと、リルが気付く。 何もしなくても、引く血が違えば違った対応を取られる。それがこの世の常識で、抗えない事なんだと、三年前までリルは思っていた。 でも、そうじゃない人に会った。 それが久居だった。 久居とクザンと三人で、様々な場所を巡り、修行する日々で、世界はそれだけじゃない事を知った。 それなのに、その久居が、引く血のせいで殺されてしまうなんて、リルにはとても許せる話ではない。 チリッと僅かにリルから漏れ出した炎の気配を肌に感じ、咄嗟に久居がカロッサを抱えて離れる。 「リル!」 一瞬遅れて、レイも離脱する。 「何だ!?」 「ボクはそんなの、絶対認めない!」 リルはボワッと勢いよく、蒼炎に包まれた。 その瞳は、光を宿したままレイを見ている。 それを横目で確認しつつ、久居はカロッサを離れた場所に下ろすと、空竜に声をかけ、いざという時には離脱するよう伝える。 レイは、リルと真っ直ぐ対峙している。 会話はない。 二人の間に、レイを庇うように、久居が割り込んだ。 「リル、落ち着いてください。私をすぐ殺すつもりであれば、レイはこんな話はしません」 「……そうなの?……」 リルが、不服そうな顔で久居とレイの顔を交互に眺める。 「ああ。俺は、久居を殺したくない」 その言葉にリルがホッと緩んだのも束の間、レイが言葉を続ける。 「だが、天の者として、この事実を知ってしまった以上、天界に報告しないわけにはいかない……」 苦しそうに俯くレイ。 その様子に、リルがまたムッとする。 不機嫌そうに揺らめく炎に、久居が険しい視線を向けた。 「リル」 嗜めるように名を呼ばれ、リルが久居を見る。 いつもリルにだけは優しい久居が、厳しい表情を見せていた。 「……リル。まずは炎をしまってください」 久居の声に静かな怒りを感じ取り、リルがぴゃっと大慌てで炎を引っ込める。 「ひ、久居……怒ってる?」 「いいえ。まだ、怒ってはいませんよ?」 リルは内心「そうかなぁ……」と思いつつ、大人しくする事にする。言いたい事はまだあったけど、ボクが言うことじゃなかったのかも知れない。そう反省しながら。 シュンとなったリルを、炎の漏れがないことを確認しつつ、久居が優しく撫でる。 「リルの気持ちは嬉しいです。ですが、人の話は最後まで聞きましょうね? 彼も覚悟をして話してくださったのですから」 「ん…………ごめんなさい」 リルが反省の言葉を口にするので、それは相手が違うとばかりに、久居はリルをレイの前に差し出した。 リルが、おずおずとレイを見上げて、口を開く。 「レイ、お話の途中で、ごめんなさい」 「ああ……。まあ、ちょっと驚いたけどな」 レイが苦笑して見せる。 「……蒼炎、綺麗な色だな」 初めて見た蒼炎は、揺らめくだけで威圧感があった。声も出なくなるようなその圧に、ただ立っている事しかできなかった自分が情けないとレイは思う。 レイは、離れたところで様子を見ているカロッサをチラと見た。 彼女を守るどころか、自分が危ない目に遭わせてしまった。 実際にカロッサを守ったのは、久居だった。 不甲斐なさと悔しさで、胸が痛む。 「えへへ、ありがと」 リルが少し照れるように笑った。
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