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・ ・【海沿い】 ・  車窓から入ってくる風が徐々に塩気を帯びていく。  実際は触れるとベタベタするんだけども、その塩気が妙にさわやかで、高揚感を抱かせる。  ふと、山のほうへ行っていたことも思い出す。  そうか、僕は今、親友や先輩方、頼れる大人の人と旅行をしているんだ。  家族で行く旅も楽しいけども、他の人と行く旅行も胸が躍る。 「イチロー、何黄昏て外を見てるのぉん! たまには私を見てよっ!」 「いや理子さんのことはいつでも見れるじゃないかっ」 「ちょっとぉん、ぃつでも見れるってぇん、ずっと一緒にぃる気じゃぁん! 大好き!」  一瞬”ずっと一緒にいる気”の後に、そんなに仲良くないからすぐ去るよ的な言葉を言われてしまうのでは、と思ったが、そうか、そんな嫌な台詞を吐きつけられていた日々ももう終わったんだ。  いやでも、すぐに天狗になってもいけない。  僕も気持ちを伝えないと。 「うん、理子さんのこと大好きだよ、一緒にいて楽しいし、何だか嬉しいからね」  と普通に、理子さんみたいに言ったつもりだったのに、急に理子さんは顔を首まで真っ赤にして俯いた。  いやまあ確かに恥ずかしいこと言ったけども、理子さんも言ったから僕も言ったのになぁ。 「ちょっとぉん……急に……そんな……私にはもったぃなぃ言葉だよぉん……」 「いやどこがっ! いつも思っているからいつもの言葉だよ!」 「もぅ! イチローったらぁん! えっちなんだからぁっ!」 「いやいや! それこそどこがっ! 全然えっちじゃないよ! 通常台詞だよ!」  と慌てながらツッコむと、理子さんがもう全身を真っ赤にしながら、 「それが通常ってもぅ、すごぃ……」 「すごくない! 普通! ずっとそう思っているから普通だよ!」  その後、理子さんはついには太陽のように赤くなって俯いて、ごにょごにょ何か言うだけになってしまった。  う~ん、でもまあ嫌がっている様子ではないから良かった。  そんなこんなで、旅館前の最後の目的地に着いた。  ラッシーが声を張り上げる。 「着いたぜ! 着いたぜ! 海岸沿いの道の駅だぜ!」  大場先輩が情報を言う。 「この地で、とれる、塩と、ここより、少し、山手の、場所で、とれる、枝豆が、有名な、道の駅だ」  それに対して来栖先輩がツッコミのテンションで、 「ちょいちょいちょーい! 陣! 塩はとれるもんじゃないだろ! 何言ってんだよ!」  大場先輩は明らかに困惑しながら、 「いや、塩は、海から、とるもの、だが」  しかし来栖先輩はむしろこっちがおかしいみたいに、 「えっ? 何言ってんの? 海からとるって魚じゃないんだからさ!」  僕はおそるおそる、 「……来栖先輩、もしかすると塩は岩塩ばかりだと思っているんですか? いや確かに世界的に見たら海からとる日本のほうが少数派ですけども」  何だか不穏な流れを察した菅沼先輩が、 「いやイチロー、大場。来栖はこれからかなりヤバイことを言い出すんじゃないか?」  と言ったところで来栖先輩がやたら元気に、不安になるくらい元気に、 「何もヤバイことは言わないぞ! 健全第一だからな!」  僕はとりあえずここにだけツッコむ。 「安全第一みたいに言われてもっ」  来栖先輩は空を見ながらこう言った。 「塩は天からの恵みだろ! 空からパラパラと振ってくるもんだろ!」  いや! 「雪みたいな感覚でいちゃダメですよ! さすがに高校生なんですから、海か岩かのどっちかだと分かっていて下さい!」  理子さんがもう逆に感心しながら、 「岩塩が初耳ならまだしも、海も初耳はすごぃわぁん」  来栖先輩は妙に慌てながら、 「いやいやいや! 塩は天から降ってくるんだよ! 星空が綺麗な日にっ!」  僕は即座にツッコむ。 「妙にロマンティスト! 違いますよ! 基本的に海水を火で炊いて、塩を取り出すんですよ!」  来栖先輩は何だか緊張した面持ちになりながら、 「海水は赤飯じゃない!」  いや! 「そうですけども! とにかく海水からとれるんですよ! 塩はっ!」  来栖先輩は心臓が止まりそうなほど驚いたような表情をしながら、 「マジかぁぁぁああああああっ! じゃあちなみにさっきから時折誰かが喋るガンエンって何だっ!」  明らかに引いているように大場先輩が、 「誰が、喋るかは、分かっていて、くれ」  僕が説明する。 「岩塩というのは、岩からとれる塩のことです。主に山でとれます」  来栖先輩が一瞬ぐぬぬっとなってから、何かを思いついたかのように、 「その山の塩が上から降ってきてるんじゃないか! 星空が綺麗な日にっ!」  僕は素早くツッコむ。 「だとしたら星空が綺麗な日は関係無いじゃないですか!」  来栖先輩はそれでも折れない。 「それは何か天候と密接な関係があるんじゃないか! 星空が綺麗な日に!」  僕はすかさずツッコむ。 「何回星空が綺麗な日って言うんですか! 全然違いますよ!」  菅沼先輩は完全に呆れながら、 「一般的な常識でここまで時間をくう高校生って珍しいな。ボクはもう一人で海を観に行くから」  そう言って菅沼先輩はまた僕たちの群れから離れていった。  いやでも、この来栖先輩を中心とする群れはかなり嫌だな……。  早く顔ハメ看板を見つけなければ、と思ったが、全然見つからない。  もしかするとここの顔ハメ看板はもう撤去されてしまったのだろうか。  僕は聞いてみることに。 「大場先輩、ここの顔ハメ看板はどういった顔ハメ看板なんですか?」 「いや、あるという、情報だけで、どんな、顔ハメ看板かは、分からないんだ」 「じゃあもう探すしかなぃですねぇん!」  そう言って僕に抱きついてきた理子さん。  いや元気だな、というか元気な状態に戻って良かった良かった。  頃合いを見て理子さんも僕から離れ……ない! 今回は離れない! 「ちょっと、理子さん、今回は長いね……」 「私もイチローのこと大好きだからぁん!」  そう言ってギュッと強く抱き締められた。  いやちょっと、 「ちょっと痛いかも……理子さん……」 「あぁっ! ゴメンん! 大丈夫ぅ! イチローぉん!」 「いやまあ大丈夫だよ、うん、大丈夫」 「……でも、痛がったイチローも、ちょっと、ぃぃんっ」 「いや痛がった僕はダメであれ!」  そんなやり取りをしていると、大場先輩が指を差した。 「あったぞ、あそこだ」  来栖先輩は大場先輩の指差した方向を見ながら、 「……陣? どこだ? オマエ、どこを指差しているんだ?」  確かに大場先輩が指差した方向には自動販売機しかなかった。  いや待てよ、あの自動販売機、何かおかしい、妙に平面というか……!  穴が空いている! あの自動販売機の真ん中! 顔をハメるサイズの穴が空いている!  大場先輩が言う。 「なるほど、自動販売機に、なれる、顔ハメ看板か」  僕は驚きながらツッコむ。 「何がなるほどなんですかっ! どういう気持ちでハメればいいんですかっ!」 「それは、各々が、考えると、いい」  自動販売機の中央に穴が空いている顔ハメ看板。  顔の上下には飲み物の画、そして両耳の隣には、枝豆の宣伝が描かれていた。 「これは俺の無表情派がいいだろうなぁっ!」  そう言って来栖先輩は自動販売機の顔ハメ看板にハマったので、大場先輩が写真を撮った。  撮れた写真を見て、僕は 「確かにこれは無表情以外の顔は合わないですね」 「機械的な感じが機械に合うねぇん」 「他に、もう一つ、あるはず、だから、探すぞ」  それらを見ていたラッシーさんが、 「いいぜ! いいぜ! 顔ハメ看板は何でもありで楽しいぜ!」  僕は頷きながら、 「目的不明でも何でもありで、大丈夫なんですね」 「きっとこれの目的は宣伝だぜ! 枝豆の宣伝なんだぜ!」 「だとしたら変に回りくどいですよね、枝豆の顔ハメ看板でいいですよっ」  とラッシーさんと会話していると、理子さんがカットインしてきて、 「でも枝豆の顔ハメ看板ってどうぃうことって思うよぉん」  大場先輩も少し首を傾げながら、 「それは、それで、な」 「とにかく勉強になる! それに尽きるなぁっ!」  と言いながら走り出した来栖先輩。  来栖先輩は時折意味無く走り出すなぁ、犬なのかな、と思いつつ、付いていくと、その走って行った先に顔ハメ看板があったので、犬なんだ、と思った。  鼻が利くとかそういったイメージ。  その顔ハメ看板は大きなハートマークで、顔みたいになっていて、ニッコリ微笑む口元はあるんだけども、目が顔ハメの穴になっていて、その二個の目からそれぞれ顔を出すといった感じだ。  大場先輩が字を読む。 「恋人の、聖地と、書いてある。初めて、聞いた、けども」  ラッシーさんは嬉しそうにこう言った。 「いいぜ! いいぜ! こうやって言い切ってしまう観光地は嫌いじゃないぜ!」 「ちょっとぉん! イチローぉん! 私と一緒に顔ハメしよぅん!」  そう言って僕の腕を引っ張った理子さん。  こうやって積極的に引っ張ってくれる理子さんには本当に助けられているなぁ、と思いつつ、僕は二人で顔ハメして、大場先輩に撮ってもらった。 「ここは、二人の、笑顔が、合うな」 「ちょっとぉん! イチローも笑顔だったのぉん! 照れちゃぅん!」 「そりゃ笑顔だよ、こんなに楽しいんだもん」 「こっちの台詞ぅん!」 「じゃあ両方の台詞だねっ」  こんなことを言い合えるなんて幸せだ。  そして道の駅で買い物をして、ここをあとにした。  ついに次が旅館だ……って!  来栖先輩! 「それ試食の枝豆ですよね! もらったんですかっ?」 「めっちゃ食ってたらくれた、ラッキーだ」  大場先輩が溜息をついてから、 「そもそも、試食を、めっちゃ、食ってたら、ダメだ」  来栖先輩は嬉しそうにモシャモシャ食べながら、 「いやだって旨いからさ、あんなのが試食ってもはやバイキングだよな」  理子さんもやれやれといった感じに、 「海賊という意味のバイキングねぇん……」  菅沼先輩はかなり冷たく、 「まあ常識知らずの馬鹿は年寄りには可愛く見えるからな」  と言い放つと、来栖先輩はやたら明るく、 「菅沼! そんな年寄りの店員さんじゃなかったぞ! そうだ! ラッシー! これくらい若さ溢れる楽しさだよなっ!」  とラッシーさんに同意を求めると、ラッシーさんは少しトーンを抑えながら、 「来栖さん! それはあんまり良くないぜ!」  僕は結構驚きながら、 「良くないぜ、が出た! あんなに『いいぜ! いいぜ!』言って下さるラッシーさんから良くないぜが出た!」  と言うと、ラッシーさんは全くもうといったような息をついてから、 「まあ感謝するしかないぜ! 次来た時はいっぱい買うんだぜ!」 「分かりました! 枝豆コロッケ以外も買います!」  というか来栖先輩またコロッケ買ったんだ。  本当にコロッケがめちゃくちゃ好きだな、この人。

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