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【車窓から見る2】

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・ ・【車窓から見る2】 ・  僕たちは車から降りて、早速弥生展示館の前に置いてある顔ハメ看板の前に走っていった。  弥生時代のワラの家の前で立っている弥生人の顔ハメだった。  稲作の道具を持っている弥生人、狩猟の弓を持っている弥生人、そして朝廷側の人間もその中に混ざっているというなかなかカオスな顔ハメ看板。  全部で五人立っているのだが、顔は空いているところは二人分。  というわけで、まず最初は僕と理子さんがハメることになった。  五人立っているんだけども、穴と穴は端と端ではなく、真ん中とその隣と隣接していて、きっと写真を撮る人が、被写体の顔をドアップで撮れるように工夫されているんだと思う。  何故なら何でもかんでも全体を残そうとするマニアばかりじゃないから。  そういう配慮も見ていて楽しい。  でも今は理子さんと顔が近すぎて、何だか少しドキドキする。  実際、顔はハメているわけだから、近いのは肩なわけだけども、何か変に息が掛かってないか妙に心配してしまう。 「近ぃねぇん」 「そうだね」 「でもこの近さもぃぃよねぇん!」 「そうだねっ、何か一緒に撮っているって感じだねっ」  理子さんが僕の腰を指でツンツンしながら、 「というか一緒にハメてるみたいで気持ちぃぃねぇん!」 「いや一緒にハメてはいるんでしょ、顔ハメ看板なんだから」 「まあ確かにそうだけど、そうじゃなぃ意味だったみたぃなぁん」 「いや顔ハメ看板の意味しか分からないよ、そういうナゾナゾみたいなのは分からないよっ」 「ぃつか解かせたぃなぁん、私からのナゾナゾぉん!」  う~ん、やっぱり考えても分からない。  一体どんな答えのナゾナゾなんだろうか。  正解も別に言ってくれないし。  ちょっと気になりつつも、 「じゃあ写真撮るぞ! 無表情で無表情で!」  顔ハメ看板の作法としては、あくまで看板が主役なので、人間は無表情にならないといけないらしい。  でも僕はやっぱりちょっぴり笑ってしまう……いやだいぶ笑ってしまっている。  だって、親友と旅行へ行くなんて、昔の僕からしたら考えられないことだから。  というか親友という存在がいたこともないし。  だから理子さんは大切な大切な親友だ。  来栖先輩が写真を撮り終え、僕と理子さんは顔ハメ看板から出てきた時、ラッシーさんが素朴な疑問を発した。 「来栖くん、顔ハメ看板は何で無表情なんだぜっ?」  来栖先輩が元気に答える。 「それはだな! 顔ハメ看板界のレジェンドからの教えなんだぜ! 看板が主役だから人間は無表情で目立たなくするんだぜ!」  しかしラッシーさんは疑問符をたくさん浮かべながら、 「でもほら、この顔ハメ看板だって他の三人の絵は笑っているんだから、看板に合わせるのなら笑顔のほうがいいと思うぜっ? 逆に無表情のほうが悪目立ちするぜ?」  確かにそうだ。  教えだから、と言って基本的にはそう考えてきたけども、ラッシーさんの言うことも分かる。  ラッシーさんは続ける。 「レジェンドはレジェンドとして、小生たちは小生たちで自由にやるといいと思うぜ! 何故なら小生たちはレジェンドではないぜ!」  ”レジェンドではない”  確かに全くもってその通りだ。  別にレジェンドの考え方に合わせる必要はどこにもないんだ。  それぞれ好きな楽しみ方をすればいい。  ……というわけで。  来栖先輩は、 「じゃあ次は俺と陣がとびっきりの笑顔で顔ハメ看板扱ってくるぜ!」  そこに僕はツッコむ。 「扱ってくるて、ちょっと変な言い方になってますよ!」  すると来栖先輩は満面の笑みで、 「ありがとう!」  何へのありがとうかは一切分からないけども、今度は大場先輩と来栖先輩が顔ハメ看板のほうへ行った。 「オレは、笑顔、苦手、なんだが」 「じゃあ好きな表情にすればいいんじゃないかっ? 一人だけ浮かない顔がしていても面白いと思うぞ!」  大場先輩と来栖先輩の会話が聞こえて、何だか笑ってしまった。  微笑ましい二人、って、先輩のことそう表現していいのかどうかは分からないけども。  ラッシーさんが撮影の合図を送る。 「いいぜ! いいぜ! じゃあ撮るぜ! 撮るぜ! 一足す一は? ……はい! チーズ! とキウイ!」  いや! 「ラッシーさん、写真撮る時の合図、いろいろ足しすぎですよ!」 「足すのは一と一しか足してないぜ!」 「いや数字だけの話ではなくて!」 「一番良いヤツが当たるといいぜ!」  いやいや! 「でもタイミングは混乱しますよ!」 「もう小生はタイミングとかどうでもいいと思っているぜ!」 「いや結局はタイミングですよ! 写真はっ!」 「見解の相違だぜ! じゃあカメラはイチローに任すぜ! ……ヨーチンどこだ?」  またラッシーさんは菅沼先輩のことをヨーチンと呼んだ。  でも今回は『ヨーチンと言うな』という声が聞こえてこない。  周りを見渡すと、菅沼先輩は弥生展示館の中へ入っていった後ろ姿が見えた。  それを理子さんも見つけたらしく、 「菅沼先輩は顔ハメ看板しなぃのぉん……」  と寂しそうにそう言うと、ラッシーさんが、 「でもまあいいぜ! いいぜ! そのへんは自由でいいぜ! それに!」  僕は相槌を打つ。 「……それに、何ですか?」  ラッシーさんは深呼吸してからデカい声でこう言った。 「帰りに捕まえればいいぜ! 顔ハメ看板させるために捕まえればいいぜ!」 「いや自由じゃないんですか! 捕まえる気があるんですねっ!」 「でもまあ嫌がったらしないが、捕まえる気はそれなりにあるぜ! というわけで小生は先に展示館のほうへ入るぜ! もう一つの顔ハメは四人でやってるといいぜ!」  そう言ってラッシーさんは菅沼先輩のあとを追っていった。  やっぱり菅沼先輩のほうが気になるみたいだ。  呼ぶな言うなと言っているものの、何だかんだできっとラッシーさんと菅沼先輩も仲が良いんだろうなぁ。  実際ヨーチンと呼んでいるわけだから。 「じゃあこっちの餅ついてる顔ハメ看板も撮ってくれ!」  来栖先輩が次の顔ハメ看板に移行していた。  でも、 「多分それ餅つきじゃなくて、米の脱穀作業だと思いますよっ」  臼のようなところに杵でグイグイ押し込んでいる男性と、稲を持った女性の絵、その女性の顔に穴が開いている。  僕の台詞に対して来栖先輩が言う。 「暗黒作業ってなんだ! 何か怖いな! 人骨でもすり潰しているのかっ!」 「何ですかその急に怖い発想! 違いますよ! 脱穀ですよ! 穀物の殻をはぎ取ることですよ!」 「ダンコクっ? ダンクシュートを、屁をこくように決めていくことかっ? じゃあこの棒はバスケットボールかっ?」 「杵はボールじゃないです! 棒状じゃないですか! というか屁をこくようにダンクシュートを決めるって何ですか! バスケ選手からしたら屁をこくほうがダンクシュートより大変ですし!」  その僕のツッコミに、大場先輩が笑いながら、 「屁を、こくほうが、ダンク、シュート、より、大変か、確かに」  来栖先輩は明るく、 「いやでも俺は屁をこくほうが楽だぞ!」  僕はとにかくツッコむ。 「人それぞれです! それは! でもダンコクじゃないんですよ! 僕”ん”と発音している様に聞こえますかっ?」  理子さんが僕の隣で頷きながら、 「全然普通に脱穀に聞こえるねぇん」  大場先輩も同調し、 「ちゃんと、小さいつに、聞こえる」  理子さんが呆れながら、 「結局ぅ、来栖先輩が脱穀という言葉を認識してぃなぃから、そう聞こえなぃのねぇん」  僕もさすがに溜息をつきながら、 「逆にダンコクという言葉を認識しているってどういうことですか! そんな言葉のほうが無いのに!」  そこに来栖先輩のデカい声が飛んでくる。 「ダンコクは普通に言うだろ!」  僕はすかさずツッコむ。 「ダンコクが一番言わないです! 言葉の中で!」  それに対して来栖先輩は何か大物のように、余裕たっぷりに、 「まあ意見って人それぞれだからなっ」  と。  いや、 「確かにそう言ってしまえば、そうですけども」  そして来栖先輩はニッとめちゃくちゃ良い笑顔をしてから、 「ラッシーもいろんな考え方があったほうがいいと言っていたし、俺は俺を貫く!」  僕はこの言い合いしていても得は無いだろうな、と思い、 「じゃあまあそれは分かったんで、顔ハメ看板にしっかりハマって下さい」  と言うと、 「よっしゃ! こんな感じかっ!」 「あっ、この絵は、臼の中のほうを見ている感じなので、右下を見る感じにして下さい!」 「右ってどっちだっけっ!」  という訳の分からない言葉が返ってきたので、とりあえず、 「来栖先輩から見て右です!」  と言うと、来栖先輩が慌てながら、 「そうじゃなくて右ってどっちだっけっ!」 「じゃあどっちでもいいんで、とりあえず顔をどっちかに寄せて下さい!」 「こうか!」 「あっ、それの逆です!」 「やった! うまくいったぞ!」  このやり取りを見ていた大場先輩が、 「イチロー、機転の、利かせ方が、早くて、巧い」  理子さんもうんうんと頷きながら、 「そうですよねぇん、私だったらその分からなくなったことに対して、長々と怒っちゃうねぇん」 「何気に、二択を、間違う、あたりも、腹立つし、な」 「やっぱり二択をしくじるんかぃって、感じですよねぇん」  そんな大場先輩と理子さんの会話に笑いを堪えそうにながらも、僕はデジタルカメラを構えて、 「じゃあ撮りますね! はい、キウイで撮りますね!」  と説明をすると、来栖先輩が大ツッコミのように、 「って! まだ撮らないんかい! 早く撮れ! 撮れ!」  それに大場先輩が、 「優しさが、裏目に、出る、パターン」  とツッコんだ。  そして、 「じゃあ撮ります! はい! キウイ!」  僕は来栖先輩の満面の笑みの写真が撮れた。  いやでも満面の笑みで脱穀されていく様子を見る女性って一体何なんだ。  そんなに米が楽しみなんだ、いや弥生時代における米、相当楽しみだろうけども。 「じゃあ次は私も撮ってほしいなぁん」  と理子さんが言ったので、僕は何だかどんどん楽しくなってきて、 「よしっ! 理子さんも撮ろう! 撮ろう!」  と言うと、理子さんが不思議そうな顔で、 「……何かイチローのテンション高ぃねぇんっ」  僕はちょっと考えてから、 「あっ、多分、来栖先輩をツッコんだ勢いが残っていて!」  と言うと、 「テンションの高いイチローも好きぃぃっ!」  そう言って抱きついてきた理子さん。  相変わらず行動がいちいち可愛い親戚の子供みたいだなぁ、とホッコリしていると周りを歩いている人たちが「あのカップル、ラブラブだね」と言っているのが聞こえた。  いや! カップルって! 僕と理子さんはただの親友だから!  というかそんなこと人に対して考えたこと無いよ!  実際理子さんも僕のことなんとも思っていないから、平気でこういう行動とれているわけだろうし!  でも何だか恥ずかしいなぁ、と思って、照れながら前髪を触っていると、理子さんが、 「本当にイチローは猫みたいで可愛いなぁん!」  と言って笑った。  いや可愛いのはどう考えても理子さんでしょ。  まあそれはそれとして、理子さんは顔ハメ看板にハマりにいった。  僕は指示を飛ばす。 「理子さん、もうちょっと下を見たほうが臼のほうになるよ」 「ううん、私はこの男性を見ていることにしたいのぉん」 「……どうでして?」 「私はこの男性に惚れている女性をやりたいのぉん、そうする場合は臼の中じゃなくて頑張って作業している男性を見るでしょぅん」  それに僕は驚きつつ、 「理子さん! すごい解釈だね! 確かにそう表現することもできるねっ! 一つの看板からいろんな楽しみ方を作れるね!」 「そうでしょぉん! そうでしょぉん! 撮ってぇん!」 「じゃあ……はい、キウイ」  理子さんは顔ハメ看板から出てきながら、 「私もやっぱり惚れている人ばかり見ちゃうからぁん!」  と言って僕の目をじっと見てきた。  何か僕の目に目ヤニでも付いていたかなぁ、と、軽く目をこすってから、四人で展示館の中へ入っていった。  弥生展示館は白鹿山から発掘された土器などが展示されていて、また時間があれば火起こし体験や勾玉作りができるらしい。  しかし今日、僕たちはいろんな顔ハメ看板を巡らないといけないので、それらをしている時間は残念ながら無い。  今、僕たちがすること。  それは、展示館の中にもあった顔ハメ看板にハマることだ。  白鹿山がある地区は牛の角突きと錦鯉が有名。  それらを合わせて、ミノタウロスのような牛が錦鯉を捕まえている顔ハメ看板だ。  穴は錦鯉の顔に穴が空いていた。  いや錦鯉の顔て。  絶対に人面魚になるんかい。  中に入ると、その顔ハメ看板を見ながらラッシーさんと菅沼先輩が会話をしていた。 「小生はこのムキムキな牛になりたかったぜ!」 「確かに捕まえられている錦鯉になりたいとは思わないからな」  そこに来栖先輩がバッと割って入った。 「でもこんなモノにもなれるのが顔ハメ看板の醍醐味なんだ!」  そう言いながらすぐに錦鯉の顔の穴に顔をハメ、捕まえられて、めちゃくちゃ驚いている顔をした。  僕はすかさず写真で撮り、完成した画像を来栖先輩に見せた。  ところで、 「理子さんはこれの顔ハメする?」 「牛に捕まえられる錦鯉はぃぃかなぁん、イチローに捕まえられるんだったらぃぃけどもぉん!」  そう言って僕に抱きついた理子さん。  いや! 「理子さんが僕を捕まえてるじゃん!」 「そうなっちゃいましたぁんっ」  と言って、てへへっと笑った理子さん。 「じゃあここはこれくらいにして次にいくぜ!」  ラッシーさんがその場を仕切り、僕たちは記念の勾玉のキーホルダーを買って、この弥生展示館をあとにした。

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