・ ・【国師通り】 ・ 車窓から見える風景は徐々に活気を帯びていく。 山から海に行けば行くほど、建物は増えていく。 やっぱり人は坂の無い場所に住もうとしていくんだなぁ、と思っていると、突然街並みの雰囲気が変化する。 都会的な建物から、一気に和風なイメージへ。 カラーも茶色っぽい色ばかりで、江戸時代のイメージ。 車から降りて、皆で見渡している時に大場先輩が喋り出した。 「ここは、江戸時代の、宿場町の、趣を、残した、国師通り、という、場所だ」 こうやって、街並みの雰囲気を残すって大変だと思う。 住民の人たちの意志が結託していないと、できないだろう。 趣が残されていることを感謝しつつ、早速顔ハメ看板を探した。 「というかそんな場所にも顔ハメ看板があるんだな」 菅沼先輩が”確かに”というようなことを言う。 それに大場先輩が答える。 「ここ、似潟県は、顔ハメ看板を、作る、会社も、あって、他県から、比べて、比較的、顔ハメ看板が、多いんだ」 そうだったのか、なんとなく普通に顔ハメ看板が観光地に行ったら必ずあるから考えたことも無いけども、僕たちが住んでいる県って、そもそも顔ハメ看板が多いんだ。 理子さんは左上のほうを見ながら、何かを思い出すように、 「確かにぃ隣県のぉ長山県に行った時ぃ、顔ハメ看板が少なかったような気がするぅん」 来栖先輩は拳を握りながら、 「県ごとにそういう特色もあるんだな! 初めて知ったぞ!」 と嬉しそうにしたが、大場先輩は冷めた感じに、 「いや、来栖には、前にも、この話を、したはずだ」 と言い放つと、来栖先輩は妙にしみじみと、 「じゃあその時は知れなかったんだなぁ」 いや聞いたのに知れなかったって何なんだ。 脳まで届かなかったみたいに言われても。 ラッシーさんが言う。 「いいぜ! いいぜ! とにかく顔ハメ看板を探すぜ!」 菅沼先輩はまだ一人でふらりと動きながら、 「じゃあボクはこの風景の写真とか撮ってくるから。一人で歩いていくから」 それに対して来栖先輩が、 「おい! 菅沼! たまには一緒に歩こうぜ!」 「いや、こういう風景は写真と網膜に焼き付けて、画の勉強にあてたいんだ」 菅沼先輩はメガネを上げながらそう言った。 というか真面目だなぁ、ストイックというか。 こういう人に僕は憧れるかもしれない。 いやまあ僕たちの顔ハメ看板探しも勉強なんだけども、いまいち締まらないんだよなぁ。 モノがモノだけに、仕方ないのかもしれないけども。 実写のハエトリソウに三つ穴が空いている看板で喜々として遊ぶって、やっぱり勉強感は出ないなぁ。 大場先輩は頷きながら、 「じゃあ、菅沼は、別行動で。こっちは、こっちで、勉強、しとく」 「おぅ、まあオマエらの勉強は何だか滑稽だがな」 そう言って菅沼先輩は別の方向へ歩いていった。 やっぱり滑稽だと思われていた。 いやまあ張本人でもある僕も滑稽だと思っていたから、いいけども。 そう言われた僕たち、大場先輩・理子さん・来栖先輩が、それぞれ、 「まあ、滑稽、だよな」 「馬鹿馬鹿しさがぃぃのぉん!」 「……! 馬鹿馬鹿しさ! あぁっ! それが顔ハメ看板のいいところだぜ!」 いや結果、全員滑稽だと思っていたんだ。 と思ったところで来栖先輩が、 「いやでもコッケイって、ニワトリのことか?」 いや一人だけ滑稽という言葉の意味を分かっていなかった。 来栖先輩は勝手に続ける。 「何か良い卵産みそうだな! あっ! 良い作品を産み出すって意味か! なるほど!」 勝手に納得した……でもまあここはあえていいかと思い、ツッコまなかったら全員ツッコまず歩き出した。 それはそれでもう正解の対応なんだっ。 道沿いを歩いていくと、見つけた。 「あっ、ただ、看板、じゃ、無いな……」 大場先輩が指差した顔ハメ看板は確かにもう看板では無かった。 甲冑そのものだった。 板や縄、鎖などで空中に固定された兜と、甲冑だった。 来栖先輩はハイテンションで、 「この兜と鎧の間から顔を出すわけだなぁっ!」 僕は少々戸惑いながら、 「もう看板じゃないですけども、これも顔ハメ看板って言うんですかっ?」 来栖先輩は自信満々に、 「顔を出すところがあれば、何でも顔ハメ看板なんだぞっ」 「すごいですね! もう定義が揺らいじゃいますよ!」 「とぃうか定義が緩ぃねぇん」 しかしラッシーさんは嬉しそうだ。 「いいぜ! いいぜ! 定義なんてもう無いと一緒だぜ!」 さらに大場先輩が補足説明を入れる。 「段ボールから、顔を出す、紙芝居型の、顔ハメ看板も、あるぞ」 なんて多種多様なんだ顔ハメ看板。 というか紙芝居型の顔ハメ看板って良いなぁ。 今度練習で作ろうっと。 「じゃあここはこの中で一番勇ましい俺が撮られよう!」 来栖先輩がウキウキで顔を出した。 まあ確かに何もしなければ一番勇ましく、凛々しいけども、そんなウキウキしていたら全く勇ましくない。 一応、撮られる瞬間はいつもの無表情フェイスになったけども、その前後が勇ましくなさすぎる。 今は理子さんがデジタルカメラを持っていて、 「撮りましたぁん! 来栖先輩ぃ!」 その勢いに乗って来栖先輩が、 「よしっ! じゃあ菅沼のところに行って風景に写り込んでやるか!」 「いや多分邪魔になりますから! というかそもそも菅沼先輩は僕たちが風景に写り込まないように別行動しているわけですから!」 「なるほど! そういうことか! 途中までなら一緒にいればいいのに、と思っていたら!」 ラッシーさんも僕の話に同調しながら、 「そうだぜ! その通りだぜ! 最初の弥生展示館の時に周りをうろついたら、どっか行けと言われたぜ! ヨーチンは恥ずかしがり屋だなと思ったら、どうやら違ったぜ!」 「というわけで僕たちは、菅沼先輩のことは気にせず、顔ハメ看板をくまなく探しましょう」 大場先輩も頷きながら、 「それぞれ、やることが、ある、という、こと、だな」 そして僕たちは顔ハメ看板を探し回った結果、もう一つ発見したのであった。 理子さんはその顔ハメ看板を嬉しそうに指差しながら、 「これこれぇん! こういうの待ってたぁん! イチローと一緒に撮るぅん!」 二人で撮る顔ハメ看板。 一緒に撮る、と言って喜んでくれて、何だかすごく嬉しい。 いや何だか、じゃない。 理由は分かっている。 こういうので一緒に撮るとか言われたことが今までの人生で無かったからだ。 やっぱり僕と理子さんは親友なんだということを改めて噛みしめる。 というかこうやって普通に”親友なんだ”と心の中でも言えることが本当に嬉しい。 来栖先輩が描いてある文字を読む。 「狐の嫁入り行列って何だっ?」 大場先輩が答える。 「風習の、一つだ。狐の、嫁入り、という、祭り、用に、作られた、顔ハメ看板、だな」 ラッシーさんが理子さんからデジタルカメラを受け取り、 「いいぜ! いいぜ! 早速撮るぜ!」 理子さんは嬉しそうに僕の手を握ったので、 「こういう時、エスコートしないといけないのは、もしかすると僕のほうかな」 と、少しボソッと思ったことをそのまま口にすると、 「うぅん! 私が全部導ぃてあげるから大丈夫なのぉん!」 と言ってニッコリ笑った。 「確かに僕はこういうことは疎いからなぁ、よく分かんないんだよねっ」 すると理子さんは 「じゃぁ私の言う通りにすればぁ、大丈夫だからねぇん」 と寄り添うように優しく微笑んだ。 何故だか分からないけども、その瞳がまるで親友に向けられたモノではないように感じてしまった。 いや僕と理子さんは親友のはずなのに、もっと遠くというか、いやむしろもっと近いような、不思議な感覚だった。 僕たちは顔ハメをして、ラッシーさんが写真を撮ってくれて、じゃあこの一帯はもう探しつくしたといった感じになり、大場先輩が、 「じゃあ、そろそろ、菅沼を、見つけて、次の場所へ、行くか」 と言って、来た道を帰ろうとすると、そこに菅沼先輩が立っていた。 「結構たっぷり探していたみたいだな。ボクのほうはもう終わったぞ」 そう言いながらメガネを上げた菅沼先輩は、狐の嫁入り行列の顔ハメ看板のほうをちらりと見て、 「多分イチローと理子で、撮ったんだな」 「はぃ! そうなんですぅん! 分かりますかぁん!」 とニコニコする理子さんに対して、菅沼先輩は妙に真面目な感じで、 「あぁ、だいたい分かる。理子、ボクは応援しているからな」 と言うと、理子さんは菅沼先輩の手を握り、 「ありがとうございますぅん! 分かってくれているんですねぇん!」 「いやだから応援しているんだから、ボクにくっついてくるな。そっちにいけ」 「そうですよねぇん! すぃませんっ!」 と言って離れた。 応援って一体何をどう応援しているんだろうと思ったけども、考えても分からないことは分からないので、考えることは止めた。 というか多分、僕と理子さんの親友関係が続きます様に、とか、そういうことかな。 そう考えると、そんなことまで気に掛けてくれている菅沼先輩は本当に優しいなぁ。 そして僕たちはまた車の中に入って、海岸沿いへ走り出した。
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