結晶樹断章
Missing Piece「或る物語」(改竄蒼)

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 これは時の狭間の断章。  語られざる物語の一頁。  やがて紡がれる『真珠』と『石妖』その『異聞』、やがては『塔』へと繋がる物語。 ──  認めたくなかった。目の前に広がる光景を決して認めたくはなかった。  眠るように目を閉じたダークブラウンの髪の青年と、彼を守るように手を繋いだまま眠る3人の男女。  親友を、否それ以上に大切な存在を救うためにふたつの魂をその身に宿した青年と彼に抱きかかえられたまま眠る黒髪の青年の「抜け殻」。  暴走していた筈のふたつの界軸石は柔らかな光をどこか悲しげに放っている。 「こんな……」  声を必死で押し殺そうとする。唇は乾いて、真っ青で震えている。 「こんな終わり方……絶対に認めないわ!」  永遠という鎖に縛られてまで私は願った。  遠い昔に精霊界でマナの扉を開いた罰として「転生の魂」となった私の「ともだち」。  彼らは生まれ変わってもなお、その力のために戦うことを強いられ、残酷な最期をとげた。  けれど、今回やっと前世の縛鎖を解いて、これから幸せになるはずだったのに。  かつて前世で互いに愛し合いながらも、共に散った恋人達。  手を離しては繋ぎ、これからやっと幸せになるはずだったのに。  目を閉じたふたりは堅く手を繋ぎ、そして見えない目の色はお互いの半分を分けあったものだと私は知っている。  だから。  私はその歌を謳う。それは禁忌の謳。  世界の「観測者」たる私が決して謳ってはならない謳だ。 「……禁忌歌Gnos fo Tirps Ecifircas……」 <I An Epoh……>  大きく息を吸い込んで謳いだす。この歌は一度謳うと取り消すことはできない。  謳い手を贄とし、例外なく死をもたらす歌。  ごめんなさい。私はきっと世界の「観測者」としては失格です。  世界を崩壊させる界軸石の暴走をわずか6人の犠牲で鎮められたならば、きっとそれは正しいことなのでしょう。  だけど、転生する度に彼らをずっと、永遠という鎖に縛られてまで見守り続けた私にとっては「間違い」だから。    私の体を贄として、貴方達に未来を遺します。  かつて貴方達がそうしたように―― 「我が力、魂の欠片を貴方達に託します。大丈夫……私は【世界】となるだけ……だから……」  歌が終わり、七色の光が私の体から飛び出していくのが分かった。世界が少しずつ暗闇へ沈んでいく。 「……どうか……」 ――  この日。西暦にして2011年7月。  キュアノエイデスからひとりの女性が姿を消した。  パワーストーンショップの店主にして優しき世界の「観測者」。人としての名前は「石守依音」。 ―― 「う……あ、あれ俺は……生きて……?」  界軸石の前で気を失っていた青年が目を覚ました。彼以外の3人はまだ目を覚ましそうな様子は無い。 「友希!」「梨華!」「梓!」  慌てた様子で彼は他の3人に呼びかけるが、返事は無い。 「……俺ひとりだけ生き残ったのか?そんなの最悪じゃねーかよ……」  そう言って彼が溜め息をついた時── 「くーすー……」  3人から聞こえて来たのは規則正しい寝息だった。寝息をたてているということはとりあえずは生きているということになる。 「……って寝てるだけかよ!?よ、良かったけど……どうしよう」  さすがに彼ひとりで3人を抱えて運ぶのは無理だ。目覚めたものの彼自身もかなり衰弱していた。 「あ、いたいた!湖都ーこっち!」 「この声、まりもか?」 「久しぶりだね、圭」  そう声がして活発そうな少女が姿を現す。続いて色素の薄い青年と黒髪の青年、みつあみの少女。 「石素がおかしくなったのを感じたから駆けつけたんだ。まりもと俺は気には敏感だから」 「圭、かなり顔色が悪いな。今からまりもと湖都の力で休める場所まで飛ばすから、着いたらまずは休めよ」  圭は小さく頷く。 「ありがとう。海」 「じゃあ、飛ばすからね!それっ!」  白い光がスパークして、彼らの姿はその場から消えた。 ── 「う……」  一方もうひとつの界軸石の前では青年がひとりその目を開いた。 「……あれ、生きてるのか……俺。陽?」 <大丈夫だ。体は失ったけど……なんとかお前の中で生きてるよ>  頭の中に直接響く声。それは紛れも無く彼の大切な人のものだった。 「……とりあえずここを離れるか。よいしょ」  青年はそういうと目を閉じたままの黒髪の青年の体を自らにおぶせた。 <……重いか?> 「いや、軽い。でもちゃんと温かいよ」  青年はそう言って改めて実感する。  確かに陽は体を失ってしまった。だけども彼はまだ確かに「生きている」のだと。 (だったら、俺のやるべきことはただひとつだ)  今は柔らかい光を放つ界軸石を振り返って彼は決意を口にする。 「陽、絶対に俺はお前を元に戻すから。何年かかっても、どんな手を使っても、だから──」 <雫> 「……お前もどうか俺の事、信じて欲しい。そして絶対にそれまでいなくなるなよ」 <ああ。約束するよ> ── 「とりあえずみんな無事ってことで、いいのかな……」  京都、糺の森近くにある天然石専門店「幸石堂」。今はCLOSEの札がかけられた店内に6人は集まっていた。  あの後まりも達はこの場所に転移し、圭が頼んで雫たちも同じ場所に送ってもらった。その夜全員が無事意識を取り戻し、今に至る。 「……俺らはあの時に一度『死んだ』。依音さんが禁忌歌の力を使ったから、こうしてここにいる……」  友希はそういうと悲しそうに睫毛を伏せた。 「……依音さんは俺に全ての記憶を託した。だから俺たちが今どういう状態なのかは俺が話すよ……簡単に言うと、今の俺達は6つに分けられた輪龍の力をそれぞれ宿している。これはまあいいとして問題は──」  友希はそう言うと、言葉を切った。 「……界軸石の鎮めは成功したけれど、その代償が残ってる。俺たち6人は『時狂い』になった。つまりはもう時は動かない」 「それはつまり、あたし達は不老不死になったってこと?」 「うーん、不死かまではわからないけど。とりあえず不老の方は間違いないんじゃないかな。時は動かないらしいから」 「マジかよ」  この言葉に雫は思わずそう漏らす。 「不謹慎かもしれないけど、俺は時狂いになったのが4人でよかったと思ってる。だってひとりだけじゃ……辛いだろ」  圭の言葉に友希は頷く。 「そうだね。俺も正直、ひとりだけじゃなくて良かったって思ってる……あの時界軸石の鎮めはひとりでって決めてたのに、矛盾するけど」 「私は、時狂いにはなったけど4人でこうしてまた話せるの、嬉しいの。もちろん、雫と陽も……いなくならなくて良かった」 <そうだな。俺も体は眠ったままだけど……正直あの時にもう終わりだと思ってたから、こうして話せるのは嬉しい。ちゃんと見えてるし、聞こえてる。雫の体を通してだけどな> 「それはそうと」  雫はそう言うとおもむろに立ち上がる。 「問題はこれからどうするかだな。依音さんの声は俺にも聞こえた。気になる事を言ってたよな」 「ああ、『界の壁が薄くなって鏡界から魔が押し寄せる……』。金環食が引き金になるんだよね」 「京都の泉神社の古い言い伝えなんだよね。  きんのわ ゆらゆら うつしよゆらゆら おいでやおいで もんをくぐってこちらのほうへ」 <この時代に俺と友希、ふたりの輪結主<サークリア>が生まれたのは世界の意志らしい。危機が迫れば世界は敢えてバランスを崩す。この場合の世界は恐らく依音さんの──輪龍の意志だったと思うが> 「ってことはつまり、これから能力者がたくさん生まれてくる可能性は高いってことよね」  梓の呟きに友希は頷く。 「だけど、能力者っていうのは異端視されがちだ。だから、俺たちがやらなきゃ。彼らを守っていかないといけない」  彼はそう言うと立ち上がり、決意を告げた。 「俺は依音さんの遺志を継ぐ。そして能力者を見守り、異界からの危機に立ち向かう組織、『リア・クロス』を今ここで設立する」 「……ばーか。俺「たち」だろ」 「私も力になるよ」 「あたしももちろん協力するわ」 「陽も俺も賛成。俺らは能力者だ。だからこそやらなきゃいけないと思うぜ」 「……ありがとう。正直俺に何ができるかわからないけど、でもみんなが助けてくれるならきっと大丈夫!」  友希はそう言うととびきりの笑顔を見せたのだった。  こうして西暦2011年夏。『リア・クロス』は静かに産声を上げた。

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