結晶樹断章
断章1 埋め火の魔女(結晶樹世界観の根幹、はじまりの零)

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 「すべてを視る者」――金の瞳の観測者は語られざる物語の頁を捲る。  これは「月語りの魔女」にのみ託された、世界の贄と、彼を愛した少女の反逆のはじまりの物語。  すべての系譜の零、真の始まり――  「断章 埋め火の魔女」  ──  これは世界に捧げられた贄と、それを愛した少女の反逆。  あなたが「魔女」であるならばこの物語を託しましょう。  この物語が世界を越えて語り継がれるのなら私こそが【はじまりの魔女】。  ──  雨が降っていた。  この地方に雨が降ることは珍しいから、神子の奇跡だと、捧げられる神子を悲しんでいるのだと人々は口にした。  真っ白なローブ。顔を隠す仮面。それらが持つ本当の意味を人々は知らない。  全身を覆い隠すローブは実験と暴行の跡を隠す為。  顔を隠すのは神子の正体を隠し、印象を残さないようにするため。  声が出せない魔術を仕込んだ首輪と痛覚を無くす薬を飲ませて、神子は世界へ捧げられた。  最期の時、砕けた仮面の下で彼は私に向けて微笑んだ。  儀式が終わるとすぐに地が揺れた。海は愚かな世界を飲み込み尽くした。  慌てふためく人々を宙に浮かんで冷たい目で見ていた。  変わり果てた愛しい人の唇にそっとキスを落とす。 「ここから私たちは世界に反逆するの」  八つ裂きにされた体を界砂に戻る前にかき集め、変わった砂を小瓶に詰める。  人々も神殿の人たちも逃げるのに必死で少女のことなど気にもとめない。 「どこに逃げても無駄なのに、ねえ?」  小瓶を握りしめて彼女は嗤う。 「ああ、話せないのは不便だわ。でもあなたも少しは気分がいいでしょう?」  答えるように界砂が金色の光を放った。 「管理者に見つかる前にひとつになりましょう。そしてこの光が私とあなたの子どもに宿った時……はじまるわ」  少女は界砂を飲み干して、世界の贄とひとつになる。  この瞬間に【魔女】は生まれた。 「この世界はもう終わる。だって世界の贄を──あなたを殺してしまったから。だから別の世界で私たちは時を待つ」  管理者は間違いなくまた新たな金の瞳を作り出すだろう。  金の瞳は世界の贄になるだけの命。  その生に意味はない。  管理者は世界の崩壊を早めるために、罠を仕掛けて人々が贄を殺すように仕向ける。  そのために、世界を覆う【金の神子教】まで作り出した。  少女の中で【彼】が呟く。  ──そう、俺も本来は。自分の使命に疑問を持たず、ただ命と心と体を捧げるはずだった。神子の力を与えるための【儀式】と称された行為も人々のためと言われたから受け入れていた──  神子の傷の治りは早い。  だから体を傷つけて血を流されても、特に何も思わなかった。  俺の血で人々が助かるならいいと思った。  だが、俺は君に出会った。  ──金の瞳。そう呼ばれる俺のような世界の贄は、人間ではない。  だからこそ生まれた時にはなんの感情も持たないのだけど、それでは金の瞳が世界のために身を捧げるという感情を全く持たなくなる。  そのために管理者は性格のプログラミングとともに人間の感情を利用する。  金の瞳は【自己犠牲】の数値が極端に高くなるように【心晶術式】を改竄される。  その上で管理者に選ばれた金の神子教の幹部は神子に身体的、精神的な苦痛を与えて逆らえない存在だと認識させる。その上で【世界崩壊】の力が目覚め、瞳が金色に染まるまで、人間の異性と交流させる。つまりは【恋心】を利用するのだ。  この事実は彼女が探り当てたものだった。  俺は初めて「怒り」を覚えた。  自分の運命ではなく、彼女への恋心を利用しようとする管理者たちに。  幸い、神殿に管理者に関する記述は多くあったが、文献を紐解いていくと彼らに対抗するには長い時間と強力な力が必要なことを知った。 「だったら、私を使えばいいわ」 「使う……?」  神殿の裏庭、月の光に照らされた花の中で彼女は笑った。 「私、女で人間だもの」 「?」  意味がわからず首を傾げた俺に、 「……あなたの血と力を継ぐ一族を作ればいいの。神殿とは別に金の瞳を守るための組織を。そしてその一族がやがて金の瞳を持つことができたら影武者になれるでしょ?」  彼女はそう言って口づけを落とした。 「あなたと会える最期の時に私を愛しいあなたに捧げる。本当はあなたを助けられたらいいのに……」  ぽろぽろと溢れる涙を指で拭った。 「俺は人じゃないのに、選んでくれるの?」 「選ぶわ。何度だってあなたを選ぶ。あなたを──金の瞳を救えるまでずっと」 ──  閉ざされた世界。  【魔女】が作り出したいばらの城。 「ああ、ついに。ついに生まれた──」  培養槽の中で眠るのは金色の瞳を持つ漆黒と、真紅の髪の── 「君の計画はとても危ういものだけど、私個人としては──協力したくてね。……あの子を。クリュウをあんな形で奪われた以上、黙ってはおけない」  魔女は笑う。 「あなた、管理者側の匂いがするわ。でも、あなたの悲しみは本物。人間を愛しているのも本当。だから真紅の髪の子は貴方に預けましょう」 「どうも。でもそちらの子はどうするんだい?そして君は」  彼女は少し悲しそうに微笑んだ。 「この子はここに置いていくわ。いずれ誰かが見つけるでしょう。私は3つ目の……【宝石の王】とともに世界を渡ります。いずれ、【金の瞳】と【愚者なる金】、【宝石の王】はどこかの世界で巡り合うでしょう」  魔女が去り、いばらの城の結界は解かれた。  あるエリアのある存在が漆黒の髪の子どもを見つけるのはまた別の物語。 「……綺麗な色の髪だ。行こうか。君の生まれるべき世界へ」  金色の髪の存在は、真紅の髪の子を連れて消えた。 ── 或る世界のはじまりの魔女は、月語りの魔女に最後に告げる。  ──私の愛は重すぎた。  ──私の愛は激しすぎて。  ──私の憎しみは深すぎた。  私のようになってはいけない。  多くの運命を歪める【魔女】にはなってはならない。  だけど私に後悔はない。  この想いは全て、【埋め火】となって世界で燻り続ける。 ──いつか、歪んだ因果を焼き尽くして、あのひとの──【金の瞳】の魂の最果てが幸せであることだけを願い続ける──  深い青に燃えるような赤の一筋が入ったかけらが砕け散る。  月語りの魔女はそっと祈る。  優しさ故に狂った【埋め火の魔女】とその愛したひとの魂がいつか救われる未来が来ることを──

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