Head or Tail ~Akashic Tennis Players~
第23話 ダブルス・アソート

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リーグ1位抜けを果たしたATCアリテニチームは1位抜け同士の対決、つまり決勝戦へとコマを進めた。決勝戦のみ、セミアド方式から通常の1セットマッチで行われる。 <ポイントが並んだ時にサーバーが有利なノーアドじゃねェってことは、実力差がきっちり出やすいってこった。あのM字ハゲが態度に見合う実力かどうか、楽しみだなァ?> アドは好き放題言っている。しかしリーダーの鈴奈は一番厄介と思われる東雲挑夢しののめいどむがミックスで出てくるのであれば、ダブルス3本をストレートで取れる確率が大きいとの見立てだ。にししと悪い顔で笑みを浮かべ、早くも勝利を確信している。 マサキ・デカリョウを倒したペアは、イベントの時に聖が一緒に練習した中学生のスゲ・ヤベだ。彼らがATCアリテニ最強の男子ペアを倒せたのは、言うまでもなくただの偶然である。大金星を上げて大喜びの2人が次に対戦するのは、奏芽・文学ペアだ。この2人は選手育成クラスでは無いものの、テニスを学ぶ環境としては日本最高峰のATCアリテニで日々研鑽を積んでいる。先ほどのような偶然が無い限り、スゲ・ヤベが勝つのは至難と言えるだろう。 女ダブについてはもっと安牌である。相手の女子中学生ペアはリーグ戦では1勝も挙げていないうえ、相手はATCアリテニ最強の女子ペアである桐澤姉妹。男ダブと合わせてこの2本を取れる公算が極めて高い。 警戒すべき相手の挑夢はミックスだが、相手をするのはシングルスで優秀な戦績を納めている能条蓮司と雪咲雅だ。しかもこの2人はミックスの正規ペア。いくら才能に溢れる挑夢といえども、この2人を易々と敗れるペアはそういない。ATCアリテニチームは仮にここを落としたとしても、男子シングルスを担当するのは期待のルーキーである聖、というわけだ。 「え、鈴奈先輩は?」 「あたしバンビに勝つ自信無いし。捨て駒ちゃん」 「捨て駒って、鈴奈先輩でもあの子には勝てないんですか?」 「そりゃ勝つ気でやるけど、あれ規格外なんだよネ。ナツメもやられたし」 あっけらかんと言ってのける鈴奈。年下、それも中学生のバンビの実力が自分を上回っているという事実を既に受け入れている。確かに先ほど目の当たりにしたバンビのプレーは驚異的だった。野性味溢れるというか型にハマらない天才肌といった感じで、彼女のポテンシャルの高さは底知れない。それにアド曰く、ハルナ並みの才能だとも言うのだから、鈴奈の評価にも納得は行く。 ただ、聖は鈴奈がもっと負けず嫌いで、自分の方が強いんだと誇示するものだと思っていた。自分と相手の実力差を冷静に分析し、チームの勝率を上げる為なら自分が捨て駒になることも厭わない彼女の振る舞いは意外に想えた。或いはもしかすると、女子シングルスでは相当な実力を持つナツメを倒したバンビに対し、実は対抗心を燃やしていたのかもしれない。チームの勝率を上げつつ、自身の対抗心も満たせる欲張りセットな布陣を敷いたとも考えられる。いずれにせよ、大局的にも局所的にもこの采配は妥当に思えた。 「ふっふーん、ATCアリテニの真の実力、お見せしよ~じゃん」 小さくも大きい我らがリーダー鈴奈が、不敵に微笑んだ。 ★ 男子ダブルスを担当する不破奏芽と沼沖文学は、正規ペアではない。何度か組んだことはあるものの、奏芽の方がシングルス中心で選手活動をしている関係でダブルスの試合は殆ど出場していないからだ。一方、ブンも基本的にはシングルスをメインに出場しているが、こちらはダブルスの試合にもシングルスと同程度の頻度で出場している。個人の戦績で見れば奏芽の方に軍配は上がるのだが、種目を選ばず安定したプレースメントを発揮出来るのはブンの方だ。 「さて、どーすっか。ブン、オマエあいつ等とは知り合いだろ?」 肩を回しながら、大声にならないように語りかける奏芽。綺麗なアッシュグレーに染め上げた髪が、陽の光で銀色に見える。無地で真っ黒なノースリーブからは鍛えられた二の腕が伸び、首からかけたシンプルなシルバーリングが胸元で光る。持っているのがラケットではなくギターなら、そのままステージで演奏していそうな風貌だ。 「知り合いっつーか、中学ん時の後輩。2個下だな」 問いかけに答えるブンは、少しサイズの大きいブラックカラーのドライTシャツで、大きく“BONCHI TECHNO”とロゴが入っている。天パの髪がフワフワ揺れて、どこか呑気そうな印象を与える。 「実力のほどは?」 「フツー。ただ意味わかんねー作戦を仕掛けて、笑わせにくるぜ」 「ねらい目は?」 「スゲの方。あのボウズ頭な。あいつの方がミス多い」 「んじゃ、スゲー狙ってやるか」 「ヤベー目に遭ってもらいましょ」 2人は方針を決めると、拳を突き合わせた。 一方、対するスゲとヤベの方はというと。 「スゲ君、どーする?」 まるでプロ選手が試合中にペアと言葉を交わすように、口元を手で隠しながらヤベがコソコソと話しかけた。黒縁の眼鏡はゴーグルみたいな形で、横分けの髪をポマードで撫でつけている。着ているのが普通のテニスウェアで妙なちぐはぐ感が出ているのだが、彼にワイシャツを着せて蝶ネクタイとサスペンダーを身に付けさせれば、一昔前のお笑い芸人に見えるくらい似合うことだろう。 「ブンちゃんか。そうだな……プランCで行こう」 ボウズ頭のスゲは、有名スポーツブランドのウェアに身を包みキメている。だがその様子は“馬子にも衣裳”ということわざを考えた人が「そんなこともなかったかな」と考えを改めるのではないかというほど似合っていない。 「Cだって!?しかし、それは恐ろしく危険な……!」 「ヤベ君、相手は格上だよ。リスクを負わないと勝てないよ!」 「骨を切らせて命を絶つ、だね、スゲ君!」 「僕たちは今日、あのデカ・マサを倒したんだ。自信もって行こう!」 「オレ達は!」 「スゲー!」 「ヤベー!」 2人の間ではお約束になっているやり取りを交わし、士気を高める。気合いだけは、今日の参加者の中で最も入っているといっても過言ではなかった。あくまで気合いだけに限ったことではあるが。 ★ ATCアリテニチームの女ダブ担当、桐澤姉妹は相手の中学生女子を見て何やら話し込んでいた。先日イベントの時に着ていたメイド服をテニス用に改造したような、ややコスプレ感のあるウェアに身を包んでいる。見分け方としては、サイドテールを右に結んで黒いリボンが姉の雪乃、左に結んで白いリボンが雪菜だそうだ。 「めっちゃ可愛いね」 「あの子、緊張が顔に出ててやばい。抱きしめたい」 「ブルーのウェアの子、佇まいが上品だね~」 「九頭竜くずりゅう鏡花きょうかちゃんだって。ホラ、不動産会社の」 「あそこのお嬢さんか~、ATCアリテニ入れば良いのに~」 「で、ペアの赤いウェアの子が五味彩葉ごみさいはちゃん」 「純朴そ~~~。あぁいう妹欲しい~!」 「あたしは?純朴そうじゃない?」 「キナはあたしに似て、誰よりも可愛いよ」 「へへっ☆」 言うまでもないが、2人は一卵性双生児で外見は全く同じである。 そして、双子から熱い視線を受けている女子中学生二人はというと。 「なんだか、見られてるね」 桐澤姉妹の視線を感じながら、九頭竜鏡花くずりゅうきょうかはペアに話しかける。淡いブルーのウェアには、ところどころにフリルが付いており可愛らしいデザインだ。軽くウェーブのかかった豊かな髪を同じく淡いブルーのリボンで括っている。目鼻立ちもくっきりしていて日本人離れした顔付きの鏡花は、スポーツよりもクラシック音楽の方が似合う上品そうな雰囲気を漂わせている。 「フン、何あれ笑っちゃって、見下してんの?」 一方、髪をツインテールにした少し気の強そうな表情を浮かべているのは五味彩葉ごみさいはである。赤で統一したウェアは彼女の浮かべている表情と相まっていかにもスポーツ少女然とした雰囲気をかもし出している。鏡花とは対照的に素朴で日本人らしい顔付きだが、元来の明るい性格が窺える快活そうな容貌だ。 「そんな雰囲気じゃあ無さそうだけど」 「いい、鏡花?あたしら今日は一勝もしてないんだよ。このまま負けたら、たまたま・・・・、反則技で勝ち星拾ったバカ2人にあーだーこーだ言われるんだからねっ。相手がATCアリテニの格上でも、絶対あきらめちゃダメだよ!」 たまたま・・・・という表現に少々驚いた鏡花だったが、彩葉がそういう意味で言っているわけではないと悟ると少し顔を赤らめ、話を逸らしてみる。 「でも勝てるかなぁ。桐澤さん達はプロ目指してるんだよ~?」 「勝てるかどうかじゃないの。勝つ気でやるの!コーチだって言ってたでしょ?ダブルスは頭を使った方が勝つんだから。ちゃんと作戦を考えて実行すれば大丈夫!」 鏡花の様子に気付かなかった彩葉は、鼻息を荒くしながら檄を飛ばす。あのバカコンビに先を越されたことが悔しくてならないと言った様子で、今の彼女は相手が誰であろうと決して怯まないだろう。 「うん、そうだね彩葉さいはちゃん。よろしくね」 なんとしても1勝を挙げたいと意気込む彩葉を見ていたら、鏡花は自分も頑張ろうという気になってきた。2人はハイタッチして、互いに臨戦態勢に入った。 ★ 「蓮司と組むの、ちょっとご無沙汰だね?」 白を基調としたウェアに身を包んだミヤビが、様子を伺うように話しかける。今日はサンバイザーを着け、髪を括ってポニーテールにしている。艶やかに揺れる黒髪は文字通り馬の尻尾のようで、五月晴れの日差しを受けてきらきらしている。 蓮司は仏頂面のまま「別に」とだけ相槌を打つ。どうやらシングルスでない事に対して不満があるようだ。それでいて、恐らく多分、ミヤビと一緒に試合出来るのが嬉しいのを悟られまいと敢えてぶっきらぼうな態度を取っているのだろう。ミヤビには蓮司のそういう心境が手に取る様に分かった。 「まぁホラ、相手にとって不足無しでしょ。女の子の方はちょっと分からないけど」 本当は蓮司の様子を見てあれこれ揶揄からかってやりたいミヤビだが、試合前なのでそこはぐっと堪えて我慢する。まずは蓮司の意識を試合に集中させてやり、チームに1勝を貢献するのが最優先事項だ。相手が油断ならない相手である以上、万全を尽くさなければならない。 「挑夢のペア、月詠夜明つくよみよあけだっけ」 ミヤビの意図を知ってか知らずか、蓮司は対戦相手に関する情報を確認する。 「そう、ユーマ先輩が教えてくれた、囲碁のプロ棋士・・・・・・・」 眼鏡をかけ、真新しい紺色のウェアに身を包んだ大人しそうな印象の少女。挑夢のペアである女子中学生は、史上最年少で囲碁の女流の棋士となったことで有名な少女だった。当時ニュースにもなっていて聞いたことはあったが、縁のない世界なのでユーマから名前を聞くまで2人とも思い出せなかった。 「そもそも、なんで囲碁のプロがテニスしてんの?」 「私に聞かれても。体力づくりとかじゃない?」 月詠夜明の職業を知った時はかなり驚いた。勿論、テニスにおいて脅威ということはない。「有名人が対戦相手」ということに対する驚きはあるものの、勝敗に影響するとは到底思えない。 「色白で可愛いなぁ。顔小さいし、すっごい知的なカンジ」 「それは囲碁のプロだって前情報があるから、そう思うだけじゃね?」 「蓮司、あぁいう子どう思う?」 「はぁ?!どうもこうも無い、狙うならあの子だろ」 「狙う?好みなの?」 「いや、だから!崩すなら女子からって意味に決まってるだろ!」 ついうっかり悪い癖が出てしまうミヤビ。蓮司には悪いが、ちょっとイジってスッキリしないと試合に集中出来そうになかった。そう自分に言い訳して一人嬉しそうな顔でニヤつくミヤビ。蓮司は一層憮然とした顔になる。ミヤビはいつも自分を揶揄からかってくる。そしてそれをあまり嫌だと思わない自分に、一番腹が立つ。 諸々の雑念を吹き飛ばすように、大きく鼻を鳴らして蓮司が呟いた。 「見てろ、ソッコーで終わらせてやる」 傍から見ればなんとも甘酸っぱい雰囲気をかもし出している2人とは対照的に、どこかぎこちない空気でそれぞれ準備をしているのが元ATCアリテニ所属の東雲挑夢しののめいどむと、現役女流棋士の月詠夜明つくよみよあけの2人だった。 「よしっと」 靴ひもを固く結び、肩を回しながら試合への集中力を高めている挑夢。テニスボールカラーのウェアにシンプルな黒いハーフパンツ姿でいかにもスポーツマンといった雰囲気だ。成長期真っ盛りで日に日に身長も伸びている。少年から男の身体へと進化し続ける挑夢は、狩りを覚え始めた若獅子のような獰猛さと若々しさに漲っている。 他方、ペアである夜明は縁のない眼鏡の奥に気弱そうな表情を浮かべていた。真新しい紺色のウェアは彼女の名前を示すようで、アクセントに入れられた金色のラインは月灯りを思わせる。スコートの丈はこれまで彼女が着たことのある服の中で最も丈が短く、なんだか下着姿でうろついているみたいで落ち着かない。日増しに成長を続ける胸をキツめのスポブラで固めているせいなのか、それとも緊張から来るものなのか、今日はずっと息苦しさを感じている。 「ツク、オマエはさっきと同じように、あんまチョロチョロしねーで来たボールだけ返せばいいから。後はオレがやる。まさかあの2人を同人相手に出来るとは思ってなかったなぁ。2人とも超つえ~し、ツイてるぜ」 好戦的な笑みを浮かべる挑夢。 最初の試合と同じように、自分一人であのペアを倒すつもりのようだ。 「で、でも……コーチはダブルスをしなさいって、その」 「はァ?いーんだよそんなの。オマエは邪魔しなきゃいーの」 「でも」 「逆にあぶねーんだって。あの2人ガチで強いんだからこっちもマジでやらねーと。そのためにはオマエにチョロチョロ動かれるとやり辛いし、相手も絶対オマエ狙ってくるぜ。オマエ鈍いんだからヘタに動くとメガネ割られるよ?」 思わず眼鏡を守る様に手で覆う夜明。言葉は悪いが、挑夢は本気で夜明に怪我をさせない為の戦い方として“ヘタに動くな”、と言っているのだ。知り合って間もないとはいえ、挑夢の性格は充分把握しているから、夜明は彼の意図を承知している。しかし、2人が組んでいるのはお互いがお互いの欠点を埋め合う為・・・・・・・・であるとコーチは言っていた。 ――勝敗は関係ありません。大切なのは君達2人が成長することです 夜明はコーチの言葉を思い出す。しかし挑夢はそんなことなどとうに忘れ、いかに成長した自分の実力を見せつけ勝つことだけにとらわれているようだった。なんとなくその気持ちも分かるし、挑夢に比べたら遥かにテニスがヘタな自分が意見するのも気が引けてしまう。だが。 (もっとちゃんと、自分の意見を言えなきゃいけないのに……) 最も協力し合うべきペアに言いたいことを伝えられないまま、夜明は口をつぐんでしまった。 こうして、各自それぞれの思いを胸に、ミックス団体戦決勝が始まった。 続く

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