双子探偵ユリ・マリ
1話 ライトノベルのような展開だ

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 また落ちた。これで30社目だ。もう疲れた。  携帯で求人サイトを閲覧するのにも、履歴書を書くのにも。  電話を掛けるのにも、電話を待つのにも。全てに疲れた。  このまま永遠に就職できないのかな。どうしよう。  絶望に打ち拉がれながら、肩を落として自転車を漕ぐ。  真冬の北風が頬を切り裂く。茶色いコートを羽織った体が震える。  白い溜め息が渦を巻いて消えていく。寒い。早く帰って暖を取ろう。  帰宅を急ぐべく、背筋を伸ばして、ペダルを漕ぐ両足に力を込める。  前後のタイヤが音を立てて回る。  速度を上げた自転車が2階建ての建物の前を通り過ぎた、その時だった。  何となくその建物が気になったから、自転車を止めて道路に両足を下ろした。  白鳥ユリ・マリ探偵事務所。  白い看板が入口の右端に掲げられていた。  ここ、探偵事務所だったんだ。知らなかった。  買い物へ行く時に前を通ってはいたけど、気にも留めてなかったから。  ぼんやりと眺めていると、扉に貼られたビラに目が留まった。  黒いマジックで大きく書かれた文字。  助手募集! 白鳥ユリ・マリ探偵事務所。  ビラに書かれた文字はたったのそれだけ。  仕事の内容はおろか、正社員なのかアルバイトなのかすら書いてない。  これは求人広告としてどうかと思う。  呆れ顔で見ていたけど、次第に興味が湧いてきた。  いつの間にか、全身に漂っていた絶望感は消え失せていた。  何を隠そう、僕はミステリーマニアだ。  子供の頃からミステリーが好きで、飽きもせずに推理小説ばかり読んできた。  駄目で元々だ。帰ったら電話しよう。  マンションに帰り着くなり、僕は部屋で携帯電話を掛けた。  赤々と灯る電気ストーブの前で正座しながら、鳴り響くコール音に耳を澄ます。 「はい。白鳥ユリ・マリ探偵事務所です」  透き通った女性の声が電話から聞こえてきた。緊張の余り、携帯を握る左手に力が入る。 「あの、募集広告を見てお電話をさせていただいたのですが……」 「あっ、助手志望の方ですね。お名前を教えていただけますか?」 「ユウキです」 「ユウキさんですね。面接の日取りを決めたいのですが、いつ頃がよろしいですか?」 「いつでも大丈夫です」 「では、明日の午後1時はいかがですか?」 「はい。大丈夫です」 「では明日、履歴書持参で事務所までお越しいただけますか?」 「分かりました。よろしくお願いします」 「こちらこそ、よろしくお願いします」  携帯を畳んで、赤い絨毯の上に置く。  電話が終わるのを待っていたかのように、電気ストーブのスチームが音を立てた。  探偵の助手か。合格するといいな。たぶん落ちるだろうけどさ。  面接というのは何度受けても緊張する。  もちろん、受験やアルバイトも含めて面接は何度も受けてきた。  だけど、慣れるものでもないようだ。  その証拠に、僕はソファーの上で震えていた。  握り締めた拳は接着されたように膝の上で固定されている。  しかも、向かいのソファーに座るのは女の子ふたり。  女の子と喋るのは苦手だ。  それにしても、この子達が探偵というのはにわかに信じがたい。 「えっと、ユウキさんですね」  左側の子がテーブルの上の履歴書と僕の顔を見比べて聞く。  透き通った声には聞き覚えがあった。  そうだ。昨日、電話で話した女の人だ。 「はい」  思わず声が上ずり、膝の上で握り締めた拳に力が入る。 「私は白鳥ユリです。この子が双子の妹の白鳥マリ。ふたりでこの白鳥ユリ・マリ探偵事務所を運営しています」  ユリさんは御辞儀をしてから隣に座る子へ視線を送る。  左側のロングヘアの子が白鳥ユリさん。右側のセミロングの子がマリさんらしい。  ユリさんはお嬢様のような、お淑やかな雰囲気を醸し出している。  一方、マリさんは気の強そうな顔をしている。  双子か。どうりで顔が似ているはずだ。 「早速、質疑応答に移らせていただきますね。探偵の助手という、このお仕事を志望されたのはどういった動機からですか?」 「はい。僕は昔から推理小説が好きで探偵に憧れていました。だけど、推理力は無いので探偵は無理だと思いました。そこで当社の募集広告を見て、助手ならということで応募させていただきました」 「なるほど。そうですか」  二回三回と頷くユリさん。好印象を与えられたのだろうか。だといいけどさ。 「ご住所はマンションになってますが、独り暮らしですか?」 「はい。そうです」 「特技の欄にお料理とありますが、自炊されてるのですか?」 「そうですね。月に数回は外食にしますけど、ほぼ毎日作ってます」 「何が得意なの?」  マリさんが世間話のような軽い口調で質問してきた。  頭の後ろで両手を組みながら、ソファーの上でふんぞり返っている。  およそ面接官らしくない態度に戸惑いながらも、僕は平静を装って答える。 「そうですね。一応、何でも作れますけど……」 「なんでも?! やるじゃない!」  頭の後ろで組んでいた両手を膝の上に乗せて、跳び上がるように体を起こす。  食欲旺盛なのだろうか。すごい食いつきようだ。 「あっ、ユウキさん。もし採用ということになればここに引っ越していただいて、私達と一緒に住んでいただくことになるのですよ。その辺は大丈夫ですか?」  衝撃の事実を告げられて、僕は絶句した。  簡単に言うと住み込みで働くということか。  つまり、この子達と寝食を共にする訳だ。  まるで、ライトノベルのような展開だ。  いや、まだ採用されてないけどさ。 「無理、ですかね?」  首を擡げて僕の表情を伺うユリさん。滑らかな金髪がさらりと流れる。  女の子ふたりと一緒に住むのは恥ずかしいけど、そんなことも言ってられない。  就職難のこの時代、食べていかないと。どんな仕事でも、ないよりマシだ。  怪盗になってシルクハットをかぶるくらいなら、探偵の助手になる方が断然いい。 「いえ、問題ありません。大丈夫です」 「そうですか。あと、お給料は25日締めで月末に手渡しでお渡しします。では、ユウキさんの方から何かご質問はありますか?」 「えっと、探偵の助手というのは具体的にどういったことをするのですか?」 「お仕事はお料理を作っていただいたり、お洗濯とかお掃除とかですね」  どんな仕事かと思えば家事全般か。  探偵の助手というより家政婦だ。  だから、さっき料理のことを聞いてきたのか。 「あと、事件の記録をして貰うのもいいかもね。ワトソンみたいにさ」  マリさんがいかにも今、思いついたように手を叩く。実際、思いつきだろう。 「そんな所ですけど、問題はありませんか?」 「はい。家事は全般的に得意なので大丈夫です」  僕は自信に満ちた声を発しながら、大きく頷いてみせる。 「いいよね?」 「いいんじゃない?」 よく似た顔を突き合わせて、笑みを交わすユリさんとマリさん。  もしかして、と期待に胸が膨らむ。 「よーし!」  ユリさんとマリさんの顔が素早く僕へ向けられた。  二本の腕が同時に振り上げられる。  ユリさんは左腕を、マリさんは右腕を。 「採用決定!」  ユリさんとマリさんは僕を指差しながら、声を揃えて叫んだのだった。  まるでライトノベルのような展開だ、本当に。

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