双子探偵ユリ・マリ
8話 三つの疑問

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 海堂警部は警視庁の射撃訓練場で的の前に立って銃を向けていた。  マリが手を振りながら大声で呼びかける。 「おーい、おっちゃーん」 「おおっ、来てたのかい」  海堂警部がホルダーに銃を仕舞って振り返る。  さっきまでの険しい顔が一転して、穏和な笑顔へ変わる。 「何も動きはない?」 「そうだね。特に何も無いね」 「キョウさんの両親はどうなの?」 「もちろん当たってみたよ。だけど、遠方に住んでいてアリバイもあってね。だから、事件に関与している可能性は低いと思うよ」 「友達とか会社の人達は?」 「片っ端から聞いてみたよ。けれど、こちらも成果は無かったよ」 「第三者の方はどうなってんの?」 「そっちの線も何人か調べてみたけどね。今の所、確たる証拠は掴めてないよ」  第二の事件から数日が経過したというのに、目立った進展は無しか。  やっぱり、タカヒロさんが犯人なのか?   そうは思いたくないけど、今の段階ではその可能性が高い。 「そうだ。おっちゃん、撃たせてくれる?」 「ああ、構わないよ」  海堂警部は、あっさりと頷く。  いいんだ。けっこう緩いんだな。いいのかな、こんなんで。 「ユリ、ベレッタ貸して」  マリはユリに向かって右手を差し出す。 「うん。いいよ」  ユリが左腰に装着したホルダーからベレッタを抜いて手渡す。 「よーし」  マリは舌なめずりをしながら的の前に立つ。  両腕を伸ばして的に銃を向ける。  数秒の間隔を置いて、五発の銃弾を撃ち込んだ。  耳が痛い。これが本物の銃声か。やっぱり、ばきゅーんじゃなくて、ぱーんなんだ。 「ああ、一発しか当たらなかったわ」  悔しそうに顔を歪めながら舌打ちする。  真ん中を捉えたのは一発だけだったらしい。 「ねえ、ユリも撃たせて貰えば?」 「警部さん、いいんですか?」 「ああ、もちろん」  ユリが振り返って確認を取ると、海堂警部は快く首を縦に振った。  いつもこんな感じなのかな。  いくら事件解決に協力してもらっているからって、本当にこれでいいのかな。 「では、お言葉に甘えて」  マリからベレッタを受け取ると、ユリは的の前に仁王立ちした。  真っ直ぐに両腕を伸ばして的に銃を向ける。  柔らかな微笑が消え失せ、凛々しい狙撃手の顔へと変貌を遂げる。  次の瞬間、立て続けに五発の銃声が耳を突き刺した。  僕の耳鳴りが悪化した。聴覚テストでもないのに、きーんと音が鳴っている。  左利きのガンウーマンは銃口に息を吹きかけて硝煙を消した。 「すごいわね」 「さすがだね」  マリと海堂警部の口から感嘆の声が漏れる。  僕はというと、呆気に取られて言葉も出ないでいた。  これが左利きのガンウーマンの実力か。 「全部、真ん中だったんじゃない?」 「ううん。一発外しちゃった」 「相変わらずユリ君の腕前は一級品だね。うちの連中よりも上手いよ」 「さすが左利きのガンウーマンよね」 「どういたしまして」  ユリが笑顔で返礼をして、ベレッタをホルダーに収めた直後だった。  携帯電話の着信音が鳴った。  振り返ると、海堂警部がズボンのポケットに右手を突っ込んでいた。 「ん? 電話か」  スマホを出して左耳に当てる。  誰からだろう? 警官の人かな? 「もしもし、私だ。なーに?!」  海堂警部の表情は一瞬にして険しくなった。  スマホを切ると、僕らを振り返った。  「警部さん?」 「おっちゃん、まさか……」  海堂警部が何を言おうとしているのか、ユリもマリも感じ取っているらしい。  僕はユリとマリの後ろで生唾を飲み込む。 「ああ……」  海堂警部が重々しく頷く。  そして、声を絞り出すようにして、三人目の被害者の名を告げた。 「舟木も殺されたよ……」  二度あることは三度あるということわざの通り、今回も現場に手掛かりはなかった。  だけど、聞き込みによって有力な目撃証言を得る事ができた。 海堂警部は玄関先で警察手帳を開くなり、目撃者の女性に質問を投げかけた。 「どういう状況で目撃されたんですか?」 「コンビニで買い物した帰り道です。隣なので自転車で通りかかったんですよ」 「何時頃でしたか?」 「えっと、7時半でしたね」 「何か特徴はありましたか?」 「そういえば、背が高かったですよ」 「この子より高かった?」 マリが僕を指差しながら尋ねる。 「高かったですよ」  女性は迷う事なく頷いた。 「このおっちゃんよりは?」 僕の次は海堂警部を指差す。 「さあ、同じくらいか高いか。はっきりとは分かりませんけど」  女性はさっきとは違って、今度は自信なさげに首を傾げる。 「そうよね。一目見ただけで何センチかなんて分かんないわよね」  マリは腕組みをしながら足元に視線を落とす。 「何か目安があればいいんだけどね」  ユリは小首を傾げながら、左手の人差し指を顎の下に当てる。 「そういえば、あの塀よりも高かったですよ」  女性は徐に右腕を挙げた。  後方にそびえ立つ自宅のブロック塀を指差している。  僕らは振り返って闇に埋もれた塀へ視線を送る。  ユリが左手をかざして確認を取る。 「あの前にいたんですか?」 「そうです。頭が少し突き出てましたよ」 「普通に立っていたんですね? 背伸びしたり、台か何かの上に乗っていた訳じゃないんですね?」 「はい。こうやって普通に立ってましたけど」 女性は自分の足下を見下ろしてから再び顔を上げる。 「あの、メジャーってお持ちですか? あの塀の高さを測りたいんですけど」 「ありますよ。持ってきますね」  女性は踵を返して家へ駆け込んでいった。  それから、一分も経たないうちに戻ってきた。  右手に円形の物体を握っている。 「どうぞ」 「ありがとうございます」 ユリはお礼を言って受け取り、丸い入れ物の中からメジャーを引っ張り出す。 「マリ、ちょっと下押さえてて」 「うん」  マリは腰を屈めると、右手の親指でメジャーの先端を地面に押しつけた。  ユリが真っ直ぐにメジャーを伸ばして塀の頂に目盛りを合わせる。 「ユウちゃん、照らしてくれる?」 「ああ、うん」  ユリの頼みを受けて、僕はポケットから携帯を出した。  ユリが押さえている部分に近づけて照らす。 「ユウちゃん、いくつ?」 「えっと、175センチだよ」 「175……?」 「ねえ、マリ。これってさ……」 「妙よね……」  ユリはメジャーの先端を押し当てたままマリを見下ろす。  マリは両手の親指でメジャーを押さえたままユリを見上げる。  二人とも奇妙な顔で見つめ合っている。  何が妙なんだろう?   何か合点のいかないことがあるのかな?  ユリとマリが何を考えているのか、僕なりに推理してみた。  右手をフレミングの法則のような形にして、顎に当てながら俯く。  答えはすぐに見つかった。  謎は全て解けました。  そう、ユリとマリは…… 「ねえ、ユリとマリってさ。塀の高さマニアなんでしょ?」 「えっ?」 「はっ?」  ユリはきょとん。マリは僕を睨んでいた。  どうして睨まれなければいけないのだろう。僕は普通の質問をしただけなのに。 「うーん、塀の高さマニアってわけじゃないんだけどね……」 「うん。塀の高さマニアじゃないけど、ちょっとね……」  ユリは右手の人差し指を顎に当てながら首を傾げていた。  マリは目を瞑りながら溜め息をついていた。  どうやら、的外れな質問をしてしまったらしい。  肩身が狭いけど、しょうがない。どうせ、僕はワトソン役だ。  口を開けば頓珍漢な推理しか出てこないだろう。  でも、何気ない一言がヒントになることが推理小説ではよくある。  だから、思いついたら何でも言ってみよう。  僕だって、少しくらいは役に立ちたいんだ。 「警部さん……」  扉の隙間から顔を覗かせた瞬間、カズミさんは切羽詰まった声で海堂警部を呼んだ。  僕らの来訪に驚いているというより、何か言いたげに唇を震わせている。 「どうされたんですか?」 「昨日から主人が帰ってこないんですよ」 「帰ってこない? どういうことですか?」  カズミさんの口から衝撃発言が飛び出したものだから、海堂警部はかっと目を見開いた。  一歩前へ、大きく踏み出す。  僕とユリとマリも後ろで一斉に息を呑む。 「私、昨日の昼に買い物へ出掛けたんです。それで帰ってきたらいなくて」 「家を出たのは何時頃ですか?」 「確か、11時くらいですね」 「ご帰宅されたのは?」 「12時前後だったと思います」 「それで、ご帰宅されたら姿が見当たらなかったと?」 「最初はもちろんどこかに出掛けたのだろうと思ったんです。でも、夜になっても帰ってこないのでキョウさんに連絡を取ったんです。でも、家にも来てないし電話もない。何も知らないと言ってたんです」 「他にどこか電話は掛けられたんですか?」 「会社の皆さんにも連絡を取って聞いてみましたよ。けれど、家にも来てなければ電話も掛かってきてないと。口を揃えて、そうおっしゃるんですよ」 「ここの家にもタカヒロさんから一切、電話は掛かってきてないんですね?」 「ええ、何の音沙汰もありません」 「何か、なくなっている物はありませんか?」  「そういえば、黒いニットキャップがありませんでした。以前、ユリさんが見てらした物です」 「第一の事件の時ですね」 「そうです。テーブルの上に置いてあったじゃないですか」  ユリとカズミさんの話を聞いて、僕の記憶も蘇った。  黒がお好きなんですかと、ユリがタカヒロさんに質問をしていたことを思い出した。 「もしタカヒロさんから連絡があれば、すぐに知らせてください。お願いしますよ?」 「はい。分かりました」  海堂警部が念を押すと、カズミさんは小さく頷いた。  カズミさんの顔は酷く強張っていた。  僕らは吉野家の門前で輪になって、タカヒロさんの失踪について話し合っていた。  白いカーテンから漏れる二階の窓明かりを見上げながら、海堂警部が呟く。 「捜査の手が伸びていると思って、それで逃げたのかもしれないね」 「それかさ、あいつらが殺したんじゃないの? やられる前にやってやるって思ったのかもしれないわよ」  マリは顔を歪めながら声を落とす。 「おいおい、マリ君。縁起でもないことを」  マリの物騒な予想に対して、海堂警部は苦笑している。  だけど、なきにしもあらずと考えているような顔だ。 「もしかしたら、近所の人達が何か知ってるかもしれないわよ。聞き込みしてみない?」 「そうだね。行こうか」  幸運なことに、僕らは一軒目で早くも有益な目撃証言を得ることができた。  僕らはサラリーマン風の男性と玄関先で立ち話をしていた。 「吉野さんのことですがね。何か変わった様子は無かったですか?」 「変わった様子というか、怒鳴り声なら聞きましたよ。庭で車を弄ってたら聞こえてきたんですよ。何か、言い争うような声が」 「それはいつの話ですか?」 「昨日ですよ。たぶん昼の12時頃ですね」 「相手は何歳くらいだと思われますか?」 「若い男の声でしたよ。10代か20代の」 「それで、その後はどうなったんですか?」 「いえ、その後は知りません。家に入ったので」 「男の姿は見てないんですね?」 「見てませんね。声だけです」 「他にタカヒロさんのことで、何かご存知だったら教えていただけますか?」 「どうでもいい話ですけど、庭でゴルフの素振りをしてる所を見たんですよ。ドライバーを持ってやってましたよ」 「日付と時間は覚えてらっしゃいますか?」 「15日の昼頃でしたね。肩を押さえて踞ってましたよ」 「肩を? どっちの肩ですか?」 「右ですよ。素振りをした後、こうやって押さえて痛がってましたよ」  男性は左手で自分の右肩を押さえながら再現してみせる。 「その時、タカヒロさんと話はされたんですか?」 「いえ、会話はしてません。遠くから見てただけです」 「15日の昼頃。ユリ、てことはさ……」 「うん。そういうことだよね……」  隣を振り返ると、ユリとマリは唖然とした顔で見合っていた。  そういうことって、どういうことだろう?   タカヒロさんは誰と何を言い争っていたのだろう?  そして、今どこにいるのだろう?  三つの疑問が頭の中で、いつまでも回り続けていた。

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