双子探偵ユリ・マリ
5話 第二の殺人事件

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「このあたしが腕によりを掛けて作ったんだからね。味わって食べなさいよ」  マリは両手を腰に当てながら、大威張りに胸を張っていた。  ハンバーグの見た目は至って普通だけど、問題は味の方だ。 「いただきます」  意を決してフォークを握って、ハンバーグを切る。  恐る恐る口元へ運んで食べる。肉の味が口に広がる。  うん、ハンバーグの味がする。 「どうなのよ?」  マリは腰を曲げながら、僕の顔を覗き込む。 「うん。おいしいよ」  僕は笑顔で頷く。  良かった。漫画みたいな、あり得ないくらい不味い料理じゃなくて。  油でべとべとになった口から安堵の溜め息が漏れそうになった。  咄嗟に息を止めて口を閉じる。 「ユリはどう?」 「おいしいよ。マリも上手いじゃない」 「うん。マリもいいお嫁さんになれるんじゃないかな」 「そ、そうよね。あたしの未来の旦那は幸せ者よね」  何故か、ちらちらと僕を見ている。  動揺の理由が分からず、二口目のハンバーグを咀嚼しながら首を傾げる。 「まあ、気が向いたらまた作ってあげるわ」  誉められて気を良くしたらしく、両手を腰に回しながら頷いている。  相変わらず、すぐ調子に乗る性格だ。  和やかな食卓の空気を一変させたのは、鳴り響く電話のベルだった。  僕らは事務室を振り返ってから、三人で顔を見合わせる。  互いの張り詰めた表情を見れば同じことを考えているのは一目瞭然だった。  僕らは一斉にフォークを皿に置いて事務室へ駆け込んだ。 「はい。白鳥ユリ・マリ探偵事務所ですけど」 「ユウキ君……」  受話器から響いてきたのは前回よりも重い海堂警部の声だった。  にわかに心拍数が上昇して呼吸が苦しくなる。 「まただよ。今度は永田が殺されたよ」 「二人目、ですか……」  受話器を左耳に押し当てたまま、溜め息をつきながらディスプレイを見つめる。  表示されている日付は1月15日。僅か二日後、第二の事件発生か。 「しかも遺体の状態が前回と酷似しているんだよ。見るも無惨な程、傷だらけでね。これは同一犯の可能性が高いね」 そうなると、やっぱりあの二人のどちらかが犯人なのか?   タカヒロさんとキョウさん。ふたりの顔が脳裏に浮かぶ。 「現場はどこですか?」 「今回も自宅だよ。またユリ君とマリ君を連れて来てくれるかい?」 「分かりました」 「ほんとに前と同じだね」 「これは前より酷いわよ」  庭に俯せの状態で横たわる遺体を見下ろしながら、ユリとマリが揃って渋面を作る。  体中に付いた無数の傷跡。  土にどっぷりと染み込んだ、どす黒い血。  僕は遺体の惨状に吐き気を催した。  顔を歪めながら、右手で口を覆う。 「頬に痣が付いてますね」 「何度も靴で踏みつけたのかもね」  激しい怒りと憎悪を込めて、血塗れの永田を踏みつける死神。  煙草の吸い殻を踏み消すように、ぐりぐりと靴を左右に揺らしながら。  そんな惨たらしい光景を想像して、体中を恐怖が駆け巡った。  これ以上は見ていられなくて目を逸らす。 「おっちゃん、目撃者はいないの?」 「現場検証が終わったばかりだから、これからだよ」 「なら、さっさと行きましょう。前みたいに死神を見た人がいるかもしれないわよ」  有力な目撃証言は三軒目の住宅で得ることが出来た。  40代くらいの男性は玄関先で興奮気味に語り出した。 「私、逃げていく死神を見たんですよ!」 「本当ですか? どこで目撃されたのですか?」 「コンビニで買い物をした帰りに、たまたま通りかかったんですよ。車で走っていたら、偶然に見かけて」 「正確な時間は分かりますか?」 「正確には分かりませんけど、大体8時頃でしたね」 「何か変わった所はありましたか?」 「そういえば、大きな鎌を持ってましたよ」 「鎌ですか。具体的にはどれくらいの大きさでした?」 「たぶん、これくらいだと思います」 40代くらいの男性は右手を頭上に掲げた。  左手をお腹にくっつけて、大きさを示す。 「凶器は鎌か」 「死神だから鎌ってわけね」  ユリは右手を顎に当てながら呟く。  マリは両手を腰に回しながら息を吐く。  鎌か。鎌で森嶋と永田を殺したのか。  あの傷だらけの遺体が目に浮かんで顔を顰める。 「あれ……?」  ユリは何故か素っ頓狂な声を上げた。  僕は何事かと思いながら、ユリの横顔に問い掛ける。 「ユリ、どうしたの?」 「ううん。何でもないよ」 ユリは無理に作ったような笑顔で首を横に振っていた。 どうしたんだろう?   何で、ユリは素っ頓狂な声を上げたんだろう?  キョウさんの態度は前回と同じように落ち着き払っていた。  向かいのソファーに体を沈めながら足首を組んでいる。 「警部さん、今回はどういったご用件ですか?」 「二人目の被害者が出てしまったんですよ。今度は永田が殺されました」 「そうですか。永田も……」  俯きながら、唇を噛み締める。  相変わらず演技なのか、自然な態度なのか判別できない。 「キョウさん、今回も現場から逃走した死神を目撃した方がいたんですよ。その目撃者が言うにはね、鎌を持っていたらしいんですよ」 「なるほど。死神だけに凶器は鎌という訳ですか。それで、僕の家に鎌を探しに来たと?」 「いえ、そういう訳では」 「建前は必要ないですよ。本音でおっしゃってくださいよ」  キョウさんは首を横に振りながら、海堂警部に向かって右手をかざす。  海堂警部は背中を曲げて、キョウさんの顔を覗き込む。 「では、伺いますがね。最近、鎌を購入されたことはありませんか?」 「買ってませんよ」 「誰かから譲り受けたこともありませんか?」 「貰ってませんよ」 「この家に元々、鎌は置いてありますか?」 「いいえ、ありませんよ」 「吉野家に鎌があるのを見たことはありませんか?」 「そんなに家の隅々まで把握している訳ではないですけどね。少なくとも、僕は見たことがありませんよ。でも、普通は部屋の中に隠したりはしないんじゃないですか? もし僕が犯人なら、どこか人目に付かないような場所に隠しますけどね」 「おっしゃる通りですな。決定的な証拠を家の中に隠しておく犯人なんて、私もお目にかかったことがありません」 「いいですよ。そんなに僕を疑ってらっしゃるなら、部屋の隅々まで探してくださいよ」 「では、お言葉に甘えて」 リビングや浴室や玄関を一通り探し終えると、僕らは台所へ踏み込んだ。僕は冷蔵庫を背にして立つ。 海堂警部がナイフや包丁を調べている最中、キョウさんとユリはテーブルの横で話し込んでいた。 「ユリさん、料理の方はどうなんですか?」 「一応、一通りは作れますよ」 「料理はユリさんがされてるんですか?」 「いえ、今はユウキ君が作ってくれてます」  ユリが僕へ視線を送る。キョウさんも僕へ顔を向ける。  どう反応していいのか分からず、僕は愛想笑いを返す。 「前はユリさんが作ってらしたんですか?」 「ユウキ君が助手になってからは全然、作ってなかったんですけどね。この前、久しぶりにオムライスを作ったんですよ」 「へえ、オムライスですか。それは食べてみたかったですね」 「サクラさんはお料理がお上手だったんですか?」 「結構、色々と作ってくれましたよ。いつも、そこの椅子で食べてましたね」  奥の椅子に右手をかざす。手前の椅子にキョウさんが座っていたらしい。 「もう二度と、サクラの手料理は食べられないですけどね……」  切なげにテーブルを見つめる横顔に、胸が締め付けられる。  そうか。大切な人を失うというのは、そういうことなんだ。  一階の捜索を終えた僕らは二階へ昇っていった。キョウさんが部屋のドアを開ける。 「こちらが寝室ですよ」  部屋の左側に真っ白なベッドが二つ並んでいる。  手前がサクラさんのベッドだったようだ。淡いピンクのカバーが掛けられた枕が乗っている。  キョウさんは今ここで独りで寝ているんだ。眠れぬ夜だって何度もあっただろう。 「サクラさん、クラシックが好きだったんですか?」  やるせない思いでベッドを眺めていた僕はユリの声に振り返る。  ユリは本棚の前に立って、ドアを背に立つキョウさんを振り返っていた。 「そうなんですよ」  キョウさんは懐かしむような笑顔で頷いて、本棚へ歩いていく。  ユリの隣に並んで一緒に本棚を見上げる。 「ショパンは特によく聴いてましたね。ピアノでもよく弾いてましたよ。最初に聴かせて貰ったのが別れの曲だったんですけどね。なかなか上手でしたよ」 「あの曲ですか」 「ユリさんもピアノを弾かれるんですか?」 「はい。学生の頃はたまに弾いてましたね」  ユリってピアノが弾けるんだ。それは初耳だ。ユリのピアノ、聴いてみたいな。 「ユリさんとサクラって、何となく雰囲気が似てるんですよね。ユリさんはケーキとか甘い物は好きですか?」 「好きですよ。特にケーキは」 「サクラもケーキが好きだったんですよ。夜、急に食べたくなる時があって。よくコンビニへ買いに行ってましたよ」 「分かります。私もたまにそういうことがあるので」  微笑を交わしながら話す二人に嫉妬を感じて胸が疼く。  何を考えているんだ、僕は。ユリは恋人でも何でもないのに。  それにしても、キョウさんのユリに対する態度は特別な感じを受ける。  もしかしたら、ユリにサクラさんを重ね合わせているのかもしれない。  ピアノとケーキという共通項もあるから。 「失礼しますよ」  談笑する二人に構わず、海堂警部は絨毯の上で膝を着く。  ベッドの下を覗き込んでから立ち上がり、今度は奥のベッドの下を覗く。 「こういう所なら鎌も隠せそうですけどね」  キョウさんはクローゼットを開けながら皮肉混じりに笑う。  ハンガーに掛けられたコートが何着かぶら下がっている。  白いコートはサクラさんが着ていた物だろう。 「見てください」 ハンガーを棒から外して引っ張り出し、中を空にして鎌など存在しないことを訴える。 「さあ、もう良いですよね」 キョウさんは全てのハンガーを掛け直すと、クローゼットの扉を閉めた。 「タンスも見せていただけますか?」 「ええ、もちろん」 タンスへ近づいていき一段目の引き出しを開ける。  ワンピースやTシャツが入っている。服の色は大半が白だ。 「服の下に隠してなんかいませんよ」  右から順番に捲る。下には茶色い板が見えるばかりで、キョウさんの言葉に嘘偽りがないことが分かる。  この服は全てサクラさんの遺品なんだ。持ち主が亡くなれば全ての物が遺品と化すんだ。  そんな当たり前の感想が浮かんできて、感傷的な気分が胸に広がる。 「サクラさん、白がお好きだったんですね」 「白は特に好きな色だと言ってましたよ。ユリさんも白、似合いそうですね」 「好きですよ。持ってる服の半分くらいは白ですね」 「そうなんですか。まあユリさんなら何を着ても似合うと思いますよ」 「ありがとうございます」  二人の話に耳を傾けながら僕はサクラさんの写真を思い浮かべていた。  そういえば、あの写真で着ていたワンピースの色も白だった。  キョウさんは六段全ての引き出しを開けて中を見せてくれた。  だけど、やっぱり鎌は隠されていなかった。  キョウさんが引き出しを閉めて立った時、海堂警部はカーテンに覆われた窓を眺めながら告げた。 「あとは外ですな。お車も見せてもらいますよ」 「ねえ、ユウキ」  家の外に出た直後、マリの囁き声が背後から聞こえた。  靴を止めて、入口の扉を振り返る。  マリはいつになく険しい顔をしていた。  僕の隣に並ぶと、右手で口を隠しながら耳打ちをした。 「ユリとキョウさん、何かいい感じよね?」 「うん。だよね」 「もしかしたら、ユリとサクラさんを重ねて見てるのかもしれないわね。似てるって言ってたし」 「うん。僕もそう思うよ」 「でも、あんまり仲良くならない方がいいと思うのよね。キョウさんだって、共犯かもしれないんだし」 「マリはタカヒロさんが死神で、キョウさんが共犯だと思ってるの?」 「まだ断言は出来ないけどね。とにかく、事件に関わってる可能性はあるわよ」 「でもさ、二人とも人を殺すようには見えないけど」  僕は前を歩くキョウさんの背中に視線を送る。  キョウさんとユリと海堂警部が白い車の前で足を止める。 「あんたね、見た目で犯人が分かるなら警察も探偵もいらないわよ」  そんな僕の言葉に対して、マリは呆れ顔でオーマイゴッドポーズを取る。  白い溜め息が顔の前で渦を巻いて消えていった。  僕らは話を切り上げて、三人の元へ追いついた。  エアコンで暖まっていた体が真冬の北風に晒されて冷えていく。 「キョウさん、車の鍵を貸していただけますか?」 「はい。どうぞ」  キョウさんは海堂警部の大きな手に鍵を置いた。  海堂警部は車にリモコンキーを向ける。ピッと音が鳴る。  海堂警部は運転席のドアを開けて車内へ体を押し込んだ。  海堂警部がキョウさんの車に乗り込んで調べる傍ら、二人は相変わらず楽しそうにお喋りをしていた。 「キョウさんのお車も白なんですね」 「そういえば、ユリさんのも白でしたよね」 「はい。メアリーです」 「メアリー? 車種の名前ですか?」 「いえ、私が付けた名前です」 「名前を付けているんですか?」 「やっぱり変ですかね?」 「いえ、可愛らしくていいと思いますよ」 「あれ? キョウさん、指輪はどうされたんですか?」  ユリの視線がキョウさんの左手へ注がれる。  確かに、左手の薬指には指輪が嵌められていなかった。 「たまに外すんですよ。ずっと付けてる人もいるみたいですけどね」 「そうなんですか」 「そういえば、ユリさんって独身ですか?」 「はい。私もマリも独身ですよ」 「ユリさんならきっと素敵な男性と巡り会えると思いますよ」 「そうですか? だといいんですけどね」  ユリの結婚相手か。ユリはどんな人と結婚するのだろう?  純白のウェディングドレス姿のユリ。その傍らに立つタキシード姿の僕。  不意にそんな妄想が浮かんでしまった。  また何を考えているんだ、僕は。  結婚どころか、付き合ってもいないのに。  恥ずかしい妄想の世界から帰還した頃、バタンという物音が響いた。 体を震わせて目を向けると、海堂警部がトランクの前に立っていた。  僕が妄想の世界へ旅立っている間に、車から出てきてトランクまで調べ終えたらしい。 「ねえ? 鎌も黒装束もドクロの仮面もなかったでしょう? 僕を調べたって何も出てきませんよ。もちろん、お義父さんだって無関係でしょうし」 「快くご協力いただいて助かりましたよ」 「いえ、僕に出来ることであれば何でも協力させていただきますよ」 「ありがとうございます。では、我々はこれで」 海堂警部が踵を返して、僕らが門外の道路に出た直後だった。 「泥棒!」 闇夜を切り裂く若い女性の悲鳴に、僕らは揃って振り返った。 若い女性が右手を伸ばしながら立ち尽くしている。  その数メートル先を男が走っていた。  暗くて色までは見えないけど、お腹の前にハンドバッグを抱えている。 「待て!」  僕らが呆気に取られる中、真っ先に駆け出したのはキョウさんだった。  引ったくり犯が振り返って距離を確認。  再び前を向いて走る。 二人の距離が一気に縮まっていく。 キョウさんの両手が犯人の腰へと伸びる。 背後からタックルを受けた犯人が倒れる。 犯人の手から落ちたハンドバッグがアスファルトに転がる。 キョウさんは犯人の背中に馬乗りになって見事に取り押さえた。 「離せ! 離せよ!」 僕らがようやく追いついた頃、犯人が体を捻って抵抗し始めた。  二人の姿が街灯の真下でスポットライトを浴びたように浮かび上がっていた。  キョウさんの肩越しに犯人の顔を覗き込んでみる。  アスファルトに押し当てられた顰め面にはまだ幼さが残っていた。十代の少年だろう。 「大人しくしろ。暴れると罪が増えるぞ」 海堂警部がドスのきいた声で警告する。 「馬鹿ね。すぐ傍に刑事のおっちゃんがいるのに」 マリが両手を腰に当てながら、小馬鹿にしたように鼻で笑う。 「刑事?」 少年が右目だけを開けて真上に立つマリを仰ぎ見る。 「そうだよ。このおじさんね、刑事さんなの」  ユリが腰の後ろで両手を組んで、微笑を浮かべながら少年を見下ろす。 「そうだったのか……」 まさか刑事だとは思ってなかったらしく、少年は溜め息混じりの苦笑を見せる。 「午後10時32分、窃盗の現行犯で逮捕する」 海堂警部は左腕に嵌めた腕時計へ目を遣って時刻を告げる。  少年の前に屈み込んで懐から手錠を出す。金属音が鳴って少年の腕に手錠が掛けられた。 「身体検査をさせて貰うからな」 革ジャンのポケットに手を入れて探り、大きく頷いてから立ち上がる。 「凶器は所持していないようだな」 「持ってないっすよ」  海堂警部は背広の上着のポケットから携帯電話を出した。  ボタンを押して左耳に当てる。 「私だ。窃盗犯を捕まえたんだよ。至急、応援に来てくれ。分かった。待ってるよ」 手短に用件を伝えて、携帯電話を折り畳んでポケットに戻す。  ハンドバッグを拾い上げると被害者の女性へ近づいていった。 「大丈夫ですか? お怪我はありませんかな?」 「ええ、大丈夫です」 「近頃、何かと物騒ですからな。くれぐれもお気を付けください」 「はい。どうも、ありがとうございます」  女性は差し出されたハンドバッグを受け取って頭を下げる。 「事情聴取がありますからね。悪いのですが、ここに残っていていただけますか?」 「はい。分かりました」  数分後、少年は駆けつけたパトカーに乗せられ連行されていった。  被害者の女性は事情聴取を受けた後に帰された。 「いやあ、キョウさん。お手柄でしたな」 「いえ、そんな」  海堂警部の賛辞を受けて、キョウさんは照れ臭そうに頭を掻く。  右手を下ろして、隣に顔を向ける。 「ユリさんも気を付けてくださいよ。引ったくりもそうですけど、世の中には女性にもっと卑劣なことをする男がいますからね」 「ユリなら銃でやっつけちゃうわよ。ねえ?」  マリはフレミングの法則のように、左手で銃を作ってユリにウインクを飛ばす。 「銃? ユリさん、銃が使えるんですか?」 「はい。今日は持ってきてないんですけど」 「意外ですね。ユリさんって、お淑やかなイメージがあるので」 「でも、キョウさんって足が速いんですね」 「こう見えても、運動は得意なんですよ。高校の頃、陸上部だったので」 「陸上部ですか。50メートル走のタイムって何秒でした?」 「50メートルは6秒6がベストでしたね」 「本当に速いんですね。運動会でもいつも一番だったんですか?」 「そうですね。大抵は一位でしたよ」 「全く衰えてないんですね」 「今でも欠かさずジョギングはやってるんですよ。何だか、走らないと落ち着かなくて」 「羨ましい限りですな。私は足が遅いですから」 「おっちゃん、ほんとに遅いもんね」  海堂警部は苦笑を浮かべながら、キョウさんの足を見下ろしていた。  マリが隣から冷やかすように笑いかける。 「ゴルフは得意なんだけどね。キョウさん、ゴルフはどうですか?」 「いえ、ゴルフは一度もやったことがないですね」  海堂警部の質問に対して、キョウさんは首を横に振った。 「そうですか。あれは足が遅くても出来ますからね。そういう意味では、私にとってはいいスポーツですよ」   海堂警部は両手を腰に後ろで組みながら笑っていた。  大きな肩が暗闇の中で揺れていた。  それにしても、本当に驚いた。キョウさんの足がこれ程までに速いとは。  僕は見事な脚力を披露した二本の足に羨望の眼差しを送っていた。

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