メルヘン・ヴェルト ~世界に童話を~
第05話「スゥさんって『賢人』やん?」

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石見がらみ、ここにいな」 「うん。  糸掛いとかけ、気をつけて」 「ああ」  ダッシュで戻ってきたオレたち。慎重に稲に隠れて家の様子を窺う。目では勿論、気配も。こう言った技術は魔法に起因しない。ただ鍛えられた感覚を研ぎ澄ませているだけだ。  よこしまなモノは感じない……な。  オレは陰から出て家の周りを歩いてみた。 「あ」  なんと、家のそばにある栗の木の枝に女の子が引っ掛かっているではないか。黒い長髪に白いセーター。黒いロングスカート。肌は白いが白人程ではないからアジア人だろうか。ここ日本だし日本人かな。歳の頃は石見と同じかちょっと上のオレくらい。見た覚えのない女の子。だけどこの子。 「準魔法士だね」 「うぉう⁉」  いつの間にかそばにいた石見。気配を断って近づかないでいただきたい。不意に顔を見ちゃうと照れるじゃないか。  いやそれは良いんだ。  石見のような魔法士には『なんとなく』同類がわかる。第六感と言うモノだろう。  魔法壁に弾かれたと言う事は気絶する前はなにか邪な感情を持っていたと言う事で、念には念を入れてオレは銃をいつでも撃てるようにセッティング。 「ねぇ、キミ」  呼びかけてみるけれど女の子はピクリとも動かない。  ……まさか魔法壁に当たったせいで死んだとか……えらいこっちゃ。  オレは木を登って女の子が引っ掛かっている枝に飛び移る。とりあえず降ろそうと思ったのだ。  女の子はくの字になって引っかかっているからちょっとずらせば落ちてしまうだろう。オレは充分に気をつけながら女の子を担いで――胸が顔に当たった。途端『カッ!』と見開かれる女の子の目。で、だ。女の子、落ちた。落ちちゃったよ。幸い高さはそれ程ないから傷は残ったりしない……はず。多分。そうだと良いな。 「いった―――――――――――――――――――い!」  あ、良かった死んでなかった。 「ちょっとなにするんよそこの男!」  ……いや、男だけどなんか嫌な呼ばれ方だなぁ……。 「見てみい腕擦りむいたで!」 「まず降ろしてあげた事に礼を言ったらどうなのかな?」  オレは枝からぴょんと飛び降りる。 「魔法士なら浮かせられるやん!」 「オレ、準魔法士ね」  石見なら勿論それは可能であった。でもやらなかったのはムダに魔力を使いたくなかったからだろう。 「キミが味方か敵か解らないからね」  と、石見。オレの思った通りの理由だった。  下手に消耗して肝心な時に魔法を使えなかったら洒落にならない。 「……あんたがスゥ――さんであってるん?」  女の子は石見の言葉を理解してくれたようで、味方だよ、なにも隠し持ってないよと両手をあげる。 「ううん」 「違うな」 「スゥさんは家の中だよ」  ごくごくごくごくごくごくごくごく  いきなり現れた女の子は出されたコーヒーを――リンゴジュースはオレたちが全部飲んでしまった――あり得ない速度で一気飲み。  コーヒーって一気飲みには向かない飲み物だと思うんだけど……。 「ぷはぁ! 苦かった!」 「角砂糖十個も入れたのに⁉」  そのサマをおっかなびっくり見ていた石見も目をみはる。 「おかわりお願いします!」 「しかもまた飲むんだ!」 「おやおや。気に入ってくれてなによりだわ」  カップを持ってスゥさんはキッチンへ。  その間にオレは女の子の持っていた荷物を検査。小さなショルダーバッグだけれど匂いを嗅ぐに……これは魔法の鞄だな。 「なぁ、キミ」 「古栞こおり」 「ん? 氷?」  欲しいのかい? 氷だけ欲しがるとは珍しい。 「ちゃうわい。  古栞。もみじ 古栞こおり。うちの名前や。  キミってのは紳士的やけどちゃんと名前で呼んだ方が女は喜ぶで」 「……まさか子供に女を説かれるとは思わなんだ」 「糸掛は幾つなん?」 「十七」 「二個上ってだけやん!」  あ、石見より下だった。 「二個でも上は上。敬ってくれて良いんだぜい」 「いや、うち年上でも中身で判断すっから。  糸掛は今のとこ保留やな」  ……まあ良いけど。正当な評価をして頭を下げてくれるのを期待しよう。 「で、あんさんは?」 「十六だよ」 「うちんが若いわ」  ピキっと石見の血管が鳴った気がした。気のせいだと良い。  一方でフフンと胸を張る古栞。うん、胸がない。平原のようだ。 「わたしはスゥよ。真木まぎ スゥ。八十ね」 「石見に、糸掛に、スゥさん。うん覚えた。  改めて自己紹介しますん。  椛 古栞、十五。  準魔法士。マジックショップやっとります」 「ああ、それで」  オレは例の鞄に指を這わせる。この鞄は魔法の鞄。どうも空間歪曲魔法が使われているっぽい。きっとマジックアイテムがいっぱい入れられているのだろう。 「――で、古栞はここになにをしに? 商売かい?」  しかし普通のマジックショップなら石見の魔法壁には弾かれないだろう。まだ敵意を出す必要は感じないけど果たして敵か味方か。古栞の方も敵意出していないし会話で様子を探ろう。  オレは鞄から離れて石見の横、ソファに腰を下ろす。 「んでもう一回言うけど、古栞はなんでここにいんの? 商売?」  さっきオレがした質問を改めてする石見。古栞を警戒しつつもなるべく柔和に。その頃にはスゥさんもコーヒーを淹れてソファに落ち着いていた。 「ちょいとスゥさんに診て欲しいモノがあるんや」 「わたしに? 魔法石まほうせきかしら?」 「んにゃ。スゥさんって『賢人』やん?」 「そう呼ばれる場面もあるわねぇ。歳の甲よ」  魔法士になった時期は他の人と差がないが、歳を召している分知識がある。  先人の知恵知識、大事。 「スゥさんの知恵知識でこれどうにか出来ん?」 「――って、こら」  おもむろに服を捲る古栞。健康的なお臍が見えてオレは思わず目を外す。 「なんや? 年上なのにウブやなぁ」 「ほっといてくれ」 「ぷくく。  で、お腹お腹」  石見がぎょっと目を剥いた。スゥさんはまじまじと見始めて微笑みを引っ込める。 「なにこれ? ねえ糸掛も見て」  そ~と様子を窺うオレ。……直視出来ない。ウブですがなにか? 「さっさと見る」 「はい……って、種……か?」  石見に強引に顔をねじられて見たお腹。  そこには、なにか茶色く丸っこいモノが埋められていた。 「スゥさん、なにか解る?」 「……ええ」  石見に問われて改めて古栞のお腹を見るスゥさん。  オレは自分でも赤くなっているのが解るくらいに熱を頬に伴っていた。けれどそんな気持ちは続くスゥさんの言葉であっさりと吹き飛んだ。 「呪いね」  の―― 「寄生した宿主をゆっくり殺す呪いの種よ」 「げ」  びしりと突き付けられた現実に、古栞は頬をひくつかせる。 「取ってあげるからじっとしていて」  手を持ち上げて種に触れるスゥさん。途端黒いモヤが吹き上がる。 「死ねラン」  軽い、水風船が割れる時に似た音を出して種が霧散する。 「これで良し」 「いやいやいやいや良くないやん! うち殺されかけたん⁉ 誰に⁉ なんでや⁉」 「さあ?」 「さあって!」 「そう言われても本当に解らないわ。現状では。  出ておいでラン」  スゥさんのそばに折り紙で作った紙飛行機が降りて来る。壁にある棚に飾られていたモノの一つだ。 「追ってラン」  それは窓から外に出て行くと空に舞い上がって消えていって。 「これで魔法を逆流して種を打った子のところに行くはずだから。軽く警告文も添えたから、もう変な事はしないでしょう。  それでも心配なら古栞のマジックアイテムでも追跡・撃退すると良いわ」 「……ううんやめとく。うちじゃ敵いそうもないし」 「そうね、それが懸命ね」  呪いと言うモノは格下相手にこそ満足の行く効果を発揮する。今のどう考えても種の方が古栞を上回っていた。 「それじゃ古栞、糸掛と石見を呪いを受けた場所に連れて行ってあげて」 「「「え? なんで?」」」  三人の声がハモッてしまった。恥ずかし。 「勿論、犯人を捕まえる為よ」

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